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加密列



「頼まぁ」

「こいつぁ珍しい、お登勢んとこの万事屋じゃねえか
腰はどうだい?」

「おー夜の方もバッチリよ」

「嘘つけ、てんでご無沙汰のくせによ」

「なんで俺の夜事情知ってんだクソジジイ」


銀時がやって来たるは按摩店。
少し古びたビルの中にあるそこは
一週間前に自分を治してくれた按摩師が働く店だ。
来たのは良いがカウンターには白い鬚が生えた頭がつるてんの店長がそこに座るだけだった。

あれから腰の調子は頗る良い。
むしろ以前より軽いぐらいで、夜の方も以前より頑張れると銀時は一人思っていた。
まあ本当にここ数年ご無沙汰なので発揮される機会は無いわけだが。

今日やってきたのは特に理由こそ無いが、自分を治してくれた人を一目ぐらいは見ておこうという気まぐれからだ。
あと、神楽があれから「苗字が」とうるさいので、どうやらちょくちょく会いに行っているらしい。
更には新八も神楽と彼女の話を聞いて笑っているものだから、銀時は一人置いてけぼりをくらっている。

(違うからね、別にこれは一人だけ話題に乗れなくて寂しいからとかそういうんじゃないからね)

自分に言い聞かせながら按摩店にやって来たは良いが、どうやら目的である彼女は不在らしい。
一気に肩の力が抜けた銀時は、じゃあここに用はないとその場を立ち去ろうとする。

「なんだい万事屋、苗字ちゃんに会いに来たのかい?」

「ま、まあ一応治してくれた相手にお礼を言うのは人として当たり前の事だからな」

「家賃を払うっていう人として当たり前の事をしてから出直してきな」

「うるせーよテメーは人として当たり前に頭に生えてるモンどこに落としてきたよ」

銀時の反応にケタケタと笑う店長に舌打ちをして立ち去ろうとすれば、「じゃあついでに一つ頼まれてくれ」と引き止められる。
それに足を止めて振り向き、溜息をつきながら店長に近寄る。
カウンターの下から何かを取り出し、それを置いた。
良く見ればそれは杖だった。
瞬時に誰のものか悟った銀時はそれを手に取る。

「実はよぉ、今あの子お使いに行ってくれてるんだが、間違えて古い方の杖持って行っちまったみたいでな。
古い方の杖なんだが一回折れちまってテープだけで補強してる奴なんだわ。
だから少し強い力入れちまうとポッキリいっちまう」

「おいおいとんだサザエさんだな。
つーかジイさん俺が来るより前に気付いたんだろーが。
アンタがさっさと行って届けてやりゃあ良かったじゃねーか」

「そうしてやりたいのは山々だが、今から予約入ってて店を離れらんねぇんだ。
それに、ある程度の事は一人で出来るぜあの子は。
目が弱いからって守られる立場になるような子じゃあねえよ」


「まあ、それでも心配っちゃあ心配でな」とケタケタ笑う店長は不思議と親のような暖かい目をしている。
手に持った杖を一瞥して、銀時はそれを引き受ける。
彼女の行きそうな店の場所を粗方聞いた銀時は、依頼料は帰ってきたら貰うとだけ伝える。
すると店長はニカッと笑って手をヒラヒラと振って見送った。

古いビルの階段を降りて、いつものように颯爽と町を歩く。
聞いておいた店は三店舗。
ここから一番近いところへ足を運ぶ。
薬局の店内を探すが、彼女らしき姿は見当たらない。
というか、彼女の姿を見たこともない銀時が探すのはかなり難しい。
銀時も今更ながらそれに気付き、一つ溜息をついた。
(まあでも)
一つ、わかっている事はある。
彼女は目が弱くて壊れた杖を持っているということ。
なら"杖を持っている若い娘"か、"杖が折れて立ち往生している若い娘"を探せば良い。

一店舗目の薬局には居なかったので二店舗目に向かう。
道中、周りの人にも目を配りつつ目的の店へ辿り着いた。店内に入り、ざっと見回るが此処にも見当たらない。

(もしかして入れ違いになって既に帰ってんじゃねーの?)

だとしたら骨折り損だと思いながら、店の出口に向かって歩く。
すると店員の話し声が聞こえた。

「さっきの女性大丈夫かな、杖ポッキリいっちゃってたけど」

「目見えないっぽかったよねぇ
タクシー呼ぼうかって聞いたんだけど一人で大丈夫って言ってそのまま行っちゃった…」

それを聞いた銀時は、二人の店員に事情を聞く。
どうやら杖を持って会計をしていた彼女がお釣りを受け取る際に、杖をレジのカウンターと自分に挟め、そこに変に力が入ってポッキリと折れてしまったらしい。
後は二人が話していた通り、彼女は物にぶつかりながらそのまま店を出ていったのだそうだ。
だとしたらそこまで足取りは早くない。
むしろ人より遅いだろう。
銀時は二人に礼を言って店を出て行く。
大人しくタクシーを呼んで貰えば良いものを何故そうしなかったのかは分からないが、とりあえずそれらしき女性を探す。

(あれか)

暫く歩き、目の前に見えた。
コンビニのガラス張りの所を歩く女性。
ガラス張りの部分を触りつつ、足元を確かめるようにソロソロと歩いている。
まさかの"杖を持っている若い娘"でも"杖が折れて立ち往生している若い娘"でもなく"杖無しで帰ろうとする若い娘"だった事に一つ溜息をついた。
その女性にゆっくりと近づく。
なるべく驚かせないように後ろからでは無く、横に移動した。
横顔は真剣そのもので、真っ直ぐに前を見据えている。普通の娘だ。
なんと話しかけようか考えていれば
彼女から舌を弾くような音がした。
その瞬間、びくりと身体を跳ねさせて警戒するように此方に身体を向けた。
その突然の反応に銀時も「うおっ!?」と驚いた。

「えっ!?なに!?もしかして俺なんかした!?触った!?無意識に触っちゃった!?すみません!!」

「すっすみません!!どちら様でしょうか!?」

「此方こそすみません!坂田です!坂田銀時です!触ってません!」


銀時の言葉に目の前の彼女がハッとする。
そして安心したように笑った。
どうやら触ってはいなかったようで銀時も安心し肩の力を抜いた。
目の前の彼女はゆっくりと頭を下げて「お久しぶりです。あれから腰の調子はいかがでしょうか?」と笑顔を銀時に向ける。
それに「おかげさまで絶好調よ」と返せば彼女は安心したように笑った。
なるほど目の前の娘が苗字か、と銀時はやっと見ることが出来た相手をまじまじと見つめる。
自分の周りにいるゴリラ女共とは明らかに違う女性。
さっちゃんも目は悪いがドM根性逞しく殺しても死ななそうだ。しかし、彼女は直ぐにぽっくり逝ってしまいそうだ。そんな印象を受ける。
相手の目が弱いと言えどまじまじ見るのもソコソコに。銀時は頼まれていた杖を彼女の手に当てる。
彼女はぴくりと反応して杖を辿々しく握り、それが何かを確かめている。
そして嬉しそうに顔を綻ばせた。

「あ、ありがとうございます!これ私の杖です!」

「そーだろうな、店に忘れてたぜ」

「やっぱり前のと間違えてたんですね…すみません坂田さん、ご迷惑をおかけしました」

「まあ気にすんなよ。
お宅の店長からの依頼とはいえ、人として当たり前の事をしただけだからね」


何回も頭を下げる彼女の首がもげやしないかとそんな事を思いながら手をヒラヒラとさせる。
彼女は何かお礼をと買い物袋をガサゴソと漁り、袋の中で何か確かめている。
もらえるモンはもらおうと、なにが出てくるか見つめていれば彼女からビスケットの箱が差し出された。

「すみません…今お礼として渡せるものこれぐらいしかなくって。
ビスケットはお好きですか?」

「おー好き好き、甘いモンならなんでも好きよ俺。
まあこの後お宅のジジイからも報酬貰うけどな」

そう言えば面白そうに笑う目の前の女性。
後はこのお嬢さんを送り届けるだけだと銀時はビスケットを開け一つ口に入れる。
彼女が「では行きましょう」と声をかけ杖でカンと地面を弾いて鳴らす。
ガラス伝いで歩く時より早いその足取り、それでも自分よりは幾分か遅いそれに合わせ銀時は横に並んで一緒に歩く。
会話が無いのも気まずいからと、銀時が少し疑問に思っていた事を口に出した。


「そういやぁ、どうして杖無しで帰ろうとした?
冒険心もいきすぎると身を滅ぼすの知ってる?」

「ああ、えっと、実は今練習してることがあって。
せっかくだからソレをしながら帰ろうと」


練習。
それに銀時は思考を巡らす。
そういえば彼女が舌を鳴らした瞬間、自分の存在に気付いた事を思い出す。
もしかしてソレかと思い「舌を鳴らすやつか?」と問えば彼女は頷いた。

エコーロケーションというらしい。
彼女が説明してくれた。
簡単に言えば舌を鳴らし、その音の反響音で周りの景色を見ることが出来る技法。
それを練習しながら帰っていたとのことだ。

なるほどソナーみたいなもんか、と一人納得する。
「ある程度の事は一人で出来るぜあの子は。
目が弱いからって守られる立場になるような子じゃあねえよ」と店長が言っていたのを思い出した。
存外、失敗を前向きに捉える根性のある娘らしい。
このかぶき町でやっていけてるのも頷ける。

真っ直ぐの道を進む、すると彼女の目の前に電信柱が迫ってきた。
それに銀時が声をかける。

「前方に電信柱発見〜
避けねえとぶつかるぞ」

「電信柱…どれくらいの距離ですか?」

「えっ!?距離!?えっと後二メートル?いや一メートル!?
いやいやいや待て待て待て!!なんで進んでんだ!?止まれ止まれ!ぶつかんぞオイ!?」

善意で電信柱の事を伝えたは良いが、正確な距離を伝えきれずアタフタしている間にも目が弱い彼女はどんどん進む。
最初から此方で引き寄せて避けさせても良かったのだが、相手は目が弱い。
突然触って驚かせてもいけないと思い声をかけたのが逆に裏目に出てしまった。
もう仕方ないと電信柱と彼女が目と鼻の先になった瞬間、銀時が手を伸ばす。
彼女は銀時が触れる前に立ち止まった。
勢い余った銀時は「ぶべらっ」と電信柱に顔をぶつける。
血が出る鼻を抑えながら彼女を見れば杖でカンカンと電信柱を叩いていた。

「ほんとだ、電信柱ですね。
知らせてくれてありがとうございます」

「い、いやいや、人として当たり前のことしただけだから」


そういえば、お登勢が見えないわけではないと言っていたのを思い出す。
どうやらある程度の距離になればそこに何があるかは分かるのは事実なようだ。
とは言ってもそのある程度の距離が電信柱と鼻がくっつきそうな位置なのだが。
こりゃ杖が無いと本当に危ないと銀時は冷や汗をかく。

やっと店に到着し、道中彼女の歩きにハラハラと心休まる事なかった銀時は疲れたように溜息をついた。
先に階段をのぼるように伝えれば、彼女は杖を階段に当て段差を確かめながらのぼっていく。
彼女自身慣れているとはいえ、此方からしたら少しハラハラする。いつでも落ちてきて良いように下で構えながら彼女の後を付いていく。

「おー苗字ちゃん帰ったか
悪いな万事屋」

「お宅の従業員さんチャレンジ精神豊富なのは良いけど見ててハラハラするわ
二度と杖忘れさせんなよクソジジイ」

「やっぱり自力で帰ろうとしてたか!」

銀時の言葉に店長がカラカラと笑う。
笑い事じゃねーよ、と店に備え付けられている長椅子にドカリと座った。
その音に気付いたのか彼女は銀時に小さく頭を下げてカンカンと杖を鳴らしながら買い物袋を裏へと持っていく。
心労で予想以上に大変だったこの依頼の報酬は弾んでもらわないといけないと銀時は長椅子にだらし無く座って身体を休める。

「ったくよぉ、次からはジイさんが迎えに行くかあの娘の家族に頼めよ。
俺ァあのハラハラ感もう味わいたくねーわ」

「そいつぁ無理な相談だ。
俺は足が悪ぃから逆に気をつかわせちまうし、あの子にゃ家族はいねーからな」

その言葉に銀時は「あっそ」と一言。
コレを聞かされたのが本人からでないのが少し有り難い。
銀時は椅子から立ち上がって店長に報酬を寄越せと催促した。
催促された店長はカウンターから何かを取り出してソレを置いた。
銀時は出てきたソレをじっと見つめる。

「何これ」

「TEN◯A」

目の前にある新品のソレを銀時は地面に叩きつけた。
店長の「アーーッ!」という声が響く。

「ふざけんなよクソジジイ。
良い歳して何持ってんだ。
老いてなお盛んなのはテメーの沸いた頭だけで良いんだよ」

「俺ァ万事屋がご無沙汰だっつーから、あの子に買ってもらった新品をお前にやろうとしてんだぞ」

「無垢な女にどんなセクハラかましてんだ!!!!テメーの性事情をお使いさせてんじゃねぇ!!」


銀時のツッコミを一通り楽しんだ店長は「まあ冗談として」と取り出したものを元の場所に戻した。
本当にあんなお使いさせてたら警察に突き出すところだったと銀時がイライラしていれば、店長が改めて別の何かを取り出した。
それは手作りの券だった。
汚い字で「無料券」と六枚ほど連なった紙。
銀時は何も言わず怪訝な顔でそれを受け取った。
そのまま店長を見れば歯をむき出しでニカッと笑う。
先程のよりマシな報酬を銀時は溜息をついて懐に入れた。


「またちょくちょく来てやってくれ。
あの子も俺以外の知り合いが居た方が良いんでな」

「ジジイが死んだら顔出しには来てやるよ」

ひらひらと手を振って背中を向けて歩く。
カンと後ろから音がした。
先程まで聞いていたそれに銀時はゆっくり振り向けば、そこには送り届けた彼女。
自分にまた何か御礼をと思ったようで、手にはお菓子が入った袋がそこにあった。
「坂田さん?あれ?店長、坂田さんもう帰られたんですか?」とキョロキョロしている彼女。
そして彼女の持つお菓子の袋を指差してにかっと笑う店長。
その店長にイラッとして再び背中を向けて歩く。


懐の無料券がカサリと鳴った。



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