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風鈴草




ここ最近、警察が多い。
パトカーの音と血の匂い。

仕事終わり、遠巻きから警察の音を立ち止まって聞く。
近くには野次馬もいるのだろう。
ザワザワと騒がしい。
人攫いという単語が聞こえた。

関わらずにいるのが吉だ。
平凡に日々を過ごす事が一番だ。
ここから早く立ち去ろう。

「おいアレだよアレ!近くに行ってみよーぜ」

誰かは知らない声が突然後ろからして私の身体に当たる。
後ろに注意を配ってなかったからか咄嗟に避けれず転けてしまう。
すみませんと言いながら駆けていく声。

しまった。コケてしまった。
いや大丈夫、落ち着いて、冷静になってあの野次馬の音を聞けば自分が何方を向いていたか分かる筈。

コケた際に離してしまった杖を手探りで探しだし、荷物は落ちていないかと手探りで探す。
早くここから離れたい。
離れたい。










「山崎の野郎、俺等が来る前に野次馬散らしとけって言ったのに全然減ってねーじゃねえか」

「まあ今話題の人攫いの現場なんで。
散らしてもゴキブリみたいにまた集まってくるのがオチでさァ」

野次馬でパトカーが近くに寄せられず渋々降りて徒歩で土方と沖田の二人が近付く。
野次馬をかき分けて現場に行こうとした瞬間、沖田がくるりと方向転換してあらぬ方向へ歩いて行った。
それに気づいた土方が引き止めるが沖田はシカトして歩き続ける。
別の道でも見つけたのか、と沖田の向かう先を細目で見ればそこには座り込んでいる一人の女が見えた。
被害者関係者だろうか、と野次馬を掻き退けるのをやめて沖田の後を土方がついていく。
段々近付くにつれてその女が誰か分かった土方は一つ溜息をついた。
沖田はしゃがみ込んでその女をジッと見つめている。
助けてやらねーのかよ、と土方が心の中でつっこんだ。

「あ、あの、誰かそこにいますか?」

「いやすぜ」

「!、沖田さんですか、良かった…」

土方が二人に近付き、タバコに火をつけると座り込んだ女がそれに気付き「土方さんもいらっしゃるんですね」と顔を向ける。
沖田が何をしているのかと聞けば、彼女がこの状況になった経緯を話す。
コケるだけでその場が分からなくなるなんて厄介なものだ、と土方は煙を吐いた。
沖田が唯一落ちていたポイントカードらしきものを拾って彼女に渡す。
彼女はそれを受け取り「!、よ、よかった…気付かないところでした」と涙目になった。
そのポイントカードがそんなに大事なものなのだろうかと疑問に思いながら、土方は彼女に立てるかどうかを聞く。
彼女は頷いてゆっくり立ち上がった。

「音に敏感な姉さんが誰かとぶつかるなんて、よっぽどあの人攫いの現場にいる野次馬に気が削がれてたんですかィ?」

「!……はい、そうですね」

「まあ、心配せずともアンタにゃ関係のねえ話だ」

「…はい」

先程から土方と沖田が彼女に違和感を感じる。
目が虚だ。顔も少し青い。
転けた際に何処か打ったのか、それともこの暑い中暫く転けていたせいなのか。
沖田が気分でも悪いのか、と声をかけた。
彼女は力無く笑って首を横に振り、二人に頭を下げてその場を後にする。

「姉さんアレ途中で倒れるんじゃないですかィ?」

「…さあな」

土方は何かが引っかかっている。
苗字名前。目の見えない女。人攫い。
沖田に先に現場に行くように伝えてその女の後を追う。
沖田はそれを見つめた後、野次馬を見つめ、そして土方の後を追った。
追いついた沖田を土方がひと睨みして先に行く彼女に追いつく。
いつもなら直ぐに気付きそうなものを、暫く歩いてから二人に気付き驚いたように立ち止まった。
それに二人も立ち止まる。

「あの、現場に行かなくても?」

「部下が先に調べてる」

「俺はあの野次馬の中進むの面倒なんでコッチに来やした」

「テメーはさっさと現場に行け」

土方と沖田の言葉に女が首をかしげる。
先程より顔色が幾分か良くなったようだ。
土方は煙を吐く。
自分の勘でしかないが、何か引っかかる。
目の前の女の顔を見つめる。
そしてフイに「人攫い」の単語を口にした。
すると彼女が少し身体を跳ねさせて顔を青ざめさせる。
この反応、この反応に引っかかる。
下手にカマをかけるより、単刀直入に聞いた方が良いと土方は察した。


「今、人攫いが数件起きてる。
被害者は全員子持ちの夫婦で、その子供は姿を消してる。
…アンタ、それについて何か知ってんじゃねえのか?」

「いえ、知りません」


少し震えた声のそれに土方は確信する。
コイツは何かを知っている。
なんて分かりやすい。
もう数回聞いてみるかと口を開けた瞬間、彼女が頭を下げて歩きだした。
いつもより少し早い足どりだが、土方は容易に追いつき「待て、まだ聞きたい事がある」と彼女の目の前に躍り出る。
そして吸っていたタバコを地面に落とした。
目の前の彼女はボロボロ泣いていて、前に現れた土方に驚いた顔を見せた。
そして慌てて涙を拭う。


「あーあ土方さん、なに泣かせてんですかィ」

「いや、俺はただ純粋に聞きたくてだな!?」

「すみません、あのほんと何も知らないんです、これは目にゴミが入っちゃって」

「姉さん、そんな嘘つかなくていいんですぜ。
素直に言ったら良いんでさァ、土方に酷いことされたって」

「有る事無い事でっち上げようとしてんじゃねーか!!」


沖田が苗字の隣に立ち、イジメだと言わんばかりに指をさした。
苗字はそれに涙を拭きながら苦笑する。
土方は突然泣かれ驚きはしたが気を取り直して再びタバコに火をつけた。
とにかく、苗字は何かを知っている。
それがどんなものにせよ聞いておくに越した事はない。
しかし目の前の女はどうやら喋れる状況ではないのがわかる。
何か知っているのは分かったが、このままでは何も口にしないだろう。
犯罪者なら拷問すれば早いのだが、目の前の女はただの一般市民。
下手な真似は出来ない。

「姉さん、今日のところは帰りやしょうや。
土方を訴える件については後日相談にのるんで」

「なんで訴えられなきゃいけねーんだ」

二人のやり取りに苗字は苦笑し、頭を下げてその場を後にした。
カツカツと杖を鳴らしゆっくりと歩いて行く。
その後ろ姿を見送って土方は溜息をついた。
本当は色々聞きたかったが、今日は帰して正解だろうとタバコを吸った。
沖田は彼女を見送り、くるりと野次馬の方へ足を向ける。土方もそれに続いた。







公園に辿り着く。
家まで後少しだ。
でも気持ちが悪い。
公園で少し休もうとベンチに座り込んだ。

手が震える。
手を祈るように組んで深呼吸をする。
平凡に過ごすんだ。
面倒ごとには巻き込まれない、平和な毎日を過ごすんだ。

「苗字さんじゃないですか」

深呼吸をしていると突然かかる声。
この声が誰か分かり顔をあげる。
志村さんだ。
ゆっくりと此方に近付く音が聞こえる。
慌てて志村さんに頭を下げた。

「仕事帰りですか?お疲れ様です」

「志村さんもお仕事帰りですか?」

「いやいや僕はちょっとコンサートに行ってまして」

それはとても良い事だ。
趣味に浸る時間はとても幸せな気持ちになれるはずだ。コンサート良いですねと声をかければ嬉しそうに笑う声。
ゆっくりと私の隣に座る音が聞こえた。
そちらに顔を向けると志村さんが私には趣味とか無いのかと質問した。
それに少し考えて、自分には趣味が無い事に気づく。
毎日を何事もなく過ごす事に一生懸命だった。

「毎日を過ごすのに必死で…趣味なんて考えた事なかったです」

「なるほど、苗字さんには何か好きなものとかは無いんですか?」

「……そうですね…料理…は作ってて楽しいです。見た目はどうなってるかは分からないんですけど」

「じゃあそれを趣味にしたら良いじゃないですか」

明るい声でそう言われ私は思わず変な声が出る。
志村さんが自分の好きなものを語り始めた。
アイドルのお通さんが好きで好きになったキッカケや色々。お通さんが居てくれたから毎日が楽しくなった事。
好きなものを趣味にするだけで日々が色付くと。
言われてみれば、それは私の描く平凡な日々に繋がるやもしれない。
今みたいに何か落ち込むような事があれば趣味に没頭して少し気分が晴れたりするかもしれない。

「料理が趣味って言っても良いんでしょうか?」

「当たり前ですよ!義務とかじゃなくて好きでずっと続けてるならそれはもう趣味です!」

志村さんの言葉に思わず笑顔になる。
そして御礼を言えば志村さんが「いやいや」と謙遜した。
そしていつのまにか相談にのって貰ってしまった形になり申し訳ない気持ちになる。
それについて謝罪すれば、志村さんがクスリと笑った。

「姉上から聞きました。ポイントカード」

「!えっと…?」

何故今ポイントカードの話が出るのか分からず首を傾げた。
確かにお妙さんにはポイントカードに名前を書いていただいた。
それが今の謝罪とどういう関係があるのだろうか。

「僕だって"志村"ですよ!
相談相手は姉上だけじゃないですからね」

その言葉に私は目を見開く。
落ち込んでいた気持ちが段々と救われていく。
何て有り難い事なのだろうと持っていた杖を強く握る。
そして満面の笑顔で志村さんに御礼を言った。




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