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粗毛火焔草



日曜日。
仕事は休みだが生活習慣というのは中々抜けず、いつも通りの時間に起き朝食を摂り、今日は何しようと部屋の掃除をはじめる。
たまには家でゴロゴロ過ごすのも良いかもしれないと思い始めた時、玄関のチャイムが鳴った。
それにゆっくりとした足取りでドア越しから「どちら様でしょうか?」と声をかける。
すると可愛らしい声が返ってきて私は慌ててドアを開けた。

「名前!遊びに行くアルよ!」







「はじめまして。
神楽ちゃんや新ちゃんからお話はお伺いしてます。
志村妙です」

「はじめまして苗字名前です。
あの、志村って事は…つまり」

「ええ、姉です」

突然やって来た神楽ちゃんに連れられてやって来た町中で待ち合わせていたのは志村さんのお姉さん。
声を聞く限りとても上品な方で思わず聞き惚れてしまうぐらいの綺麗な声だ。
志村さんにお姉さんがいたなんて初耳だ。


「はじめまして、柳生九兵衛です。
僕もお妙ちゃんから名前さんの事は伺ってます」

「あっご丁寧にどうもありがとうございます…。えっと、柳生っていうと…あの…剣の…?」

「ああ、知ってくれていたのか。
名前さんの言う通り、僕は柳生家の生まれだ」


お姉さんのお隣にさらにもう一人。
とんでもない方がいて私は思わず恐縮してしまう。
柳生家といえば将軍家御用達のお家。
神楽ちゃんもお姉さんも凄い方とお知り合いなのだ。
それにしても声を聞く限り女性の方だ。
低めで厳しそうだけど可愛らしい声。
きっと剣の腕も凄いのだろう。
すると神楽ちゃんが満足した声で私と二人を会わせたかったと可愛らしい事を言うので思わずそれに御礼を言う。

「名前さん、ここら辺りは来るの初めて?」

「一回ぐらいは来たことがあると思います…確か…ここってお洒落なお店が多かったですよね」

「そうなんです。
近々皆で海に行くのだけどせっかくだし貴女も誘ってみてはどうかと思って。
ここには水着を買いに来たんですよ」

「う、海…!」

自分には一生縁がないものだと思っていたそれに思わず驚愕の声が出る。
その声にお姉さんがクスリと笑った声が聞こえた。
自分がいっても迷惑になるだけではないだろうかと思っていると神楽ちゃんがそれを察して「大丈夫アルよ」と声をかけてくれた。
この目になってから海やプールは行ったことが無い。水といえばお風呂ぐらいなものだ。
しかし、もしかしたら、人生に一度くらいは溺れるとかそういうことがあるかもしれない。
それを見越して練習しておくのも一つの手だろう。
がんばります、と返事をすれば「何を頑張るアルか?」と純粋な質問が返ってきた。

すると手を誘導され、肌触りの良い着物が手に触れる。
お姉さんが自分の腕を掴ませているのだと分かり御礼を言った。

「これくらい良いんですよ。
さあ、水着選びに行きましょ!
名前さんのは私と神楽ちゃんと九ちゃんが選りすぐりのを選びますね」

「ぼ、僕はそういうのは分からないから、お妙ちゃんと神楽ちゃんに任せる」

「きゃっほーい!」

三人人に連れられ店の中に入る音がした。
お洒落とは無縁な人生なのでお洒落なお店に入るというだけで緊張してしまう。
二人が楽しそうに水着を選んでいる声が聞こえる。
水着売り場は独特な匂いがするなあと思いながら周りの情報を少しでも得ようと顔を動かす。
すると一瞬だけ嗅いだことのある匂いがした。
この匂いなんだったかと思い出していればお姉さんが声をかけてくる。

「名前さんにはコレなんてどうかしら?」

「!え、あの、どんなのでしょう?」

「あっそうよねごめんなさい!
これは白いフリルが付いたビキニなんだけど一回試着してみましょう!」

お姉さんに連れられ試着室に入る。
水着の試着なんてした事がなくてカーテン越しにどうしたら良いか伺えば逐一丁寧に教えてくれる。
それの通りに手探りで試着してみる。
自分の姿が見えないのでどういう状態か分からない。
なるべく太らないように手で触って確認して気をつけてきてはいるのだが体型とか本当に大丈夫なのだろうか?
外から神楽ちゃんが声をかけてくる。
それに返事をすればシャッとカーテンが開けられた。
慌てて着物で体を隠すが、神楽ちゃんが見えないと言ってそれを剥ぎ取る。
神楽ちゃんは力が強い。

「名前良く似合ってるネ!」

「流石は妙ちゃんだ。良いセンスをしてる」

「とっても素敵じゃない!
じゃあ次こっち!あっ神楽ちゃんも九ちゃんもコレ着てみて?」

「かわいいネ!着てくるアル!」

カーテンを再び閉められる。
これはもう着るしかない流れに受け取った水着を手触りで確認する。
ワンピースタイプのものだが背中がばっくり開いている。
コレを着なければいけない羞恥に真っ赤になりながら試着をする。
また声がかかり返事をすればカーテンが開けられた。

「あっ!私と九兵衛と名前の水着そっくりアル!」

「お揃いみたいにしてみたの。
三人ともとても素敵よ」

「そうですねお妙さん!三人ともとても可愛いですが俺としてはお妙さんの水着も是非拝見したいですな!」

する筈のない声に私は固まる。
この声はたしか、近藤さんでは?
私が思わず「え、いま、近藤さんの声が聞こえたんですけど」と言えば、シャッとカーテンが閉まる音。
そして「テメェがいるから試着出来んのだろうがぁぁあ!!」と誰かわからない声と打撃音が聞こえた。
試着室内でびくりと身体を跳ねさせたが何かあったのかと慌ててカーテンを開ける。
二人に声をかけたらお姉さんが返事をしてくれた。

「あの、大丈夫ですか?怪我とかしてませんか?」

「ええ、平気よ。ゴリラの駆除には慣れてるの」

「ご、ゴリラ?ゴリラがいたんですか?」

「名前知らないアルか?姉御の周りにはいつもゴリラがいるネ。駆除が大変ヨ」



ゴリラってそんなそこら辺にいる動物だったのだろうか。
「あんなゴリラに見られた」と少し泣きそうな声を出している九兵衛さんをお姉さんが励ましている。
どうしたのだろうと思いながら三人が無事だったことに一安心する。
先程近藤さんの声が聞こえたのだが一体どういう事なのだろう。
当たり前のように会話に入ってきていたが最初からいたのなら声をかけてくれるだろうし。
首を傾げていると「そんなことより今は水着ね」と優しい声で新しい水着を渡され試着室に押し込まれた。
新しい水着はどうやら紐タイプのものらしい。
恥ずかしい。







「姉御水着買ってくれてありがとネ!」

「良いのよ神楽ちゃん」

「あの、志村さんのお姉さん、水着選んでくれてありがとうございます。大事に着ますね」

「やだ志村さんのお姉さんだなんて。お妙で良いですよ。
水着の事だって気にしないでください。
それにしても女の子を着せ替えするのってやっぱりいつまでたっても楽しいものだわ」

「妙ちゃん…僕にはやっぱりこの水着は似合わないんじゃ…」

「そんなことないわ九ちゃん、とっても素敵だったわよ!」


喫茶店にて、カランと神楽ちゃんの頼んだクリームソーダが音を鳴らした。

あれからお妙さんも色々水着の試着をしていた。私は見えないので何も言えなかったのだが、神楽ちゃんと九兵衛さん、お妙さんの声を聞くだけでとても楽しかった。
女の子とはじめて買い物に来た。
こんな心踊るものだとは思ってもみなかった。
喫茶店に移動して今も三人が楽しそうに話しをしている。
こんな事自分の人生で起きるとは思ってもみなかった。

「名前は凄いアルよ、色んなものの匂いとか音とか直ぐに分かるネ」

「新ちゃんからも聞いたけどそんなに細かく分かるものなの?」

「僕も気になるな。それが出来るのなら剣術にも取り入れられそうだ」

「!、結構分かりますよ」

試しに何かの匂いでも嗅ぎ分けようかと顔を動かす。
ぴくりと嗅いだことのある匂いがして止まる。
水着売り場の時も同じ匂いがした。
どこで嗅いだかゆっくりと記憶を辿る。
病室が浮かぶ。
はた、と一つ思いあたった人物。


「………近藤さん?」


私の呼び声にガタガタッと何かが外れるような音と何か大きなモノが直ぐ近くに落ちた。
それにびくりと身体を跳ねさせる。
お妙さんがガタリと椅子を引いて立ち上がる音が聞こえた。


「新ちゃんと神楽ちゃんの言った通りだわ。
名前さんの鼻は凄いわね、こんなゴリラの居場所まで突き止めちゃうんですもの」

「お妙さん!俺はいつだって貴女の側にぐほご!!!」


打撃音と破壊音。
近藤さんの声が音と共に段々離れていく。
ガタリと再びお妙さんが椅子に座りなおす音が聞こえた。
どうやら水着売り場でのあの声と打撃音もお妙さんのものだったようだ。
予想以上にお強い方らしい。
慎ましく綺麗な声からこの勇ましさ。
ギャップが凄い。
というか何故近藤さんが?ていうか何故殴る必要が?
水着売り場にも居たという事になるが、何故?
私の疑問が顔に出ていたのか神楽ちゃんから近藤さんがお妙さんのストーカーをしている事を聞く。

「えっ、えっ!?警察の方ですよね!?」

「ええそうね、名前さんの仰る通り警察ね」

「そ、そんな…他の警察の方々は知ってるんですか?」

「知ってるアル」

秩序を守る警察とは。
理解出来なくて思わず頭をかかえる。
「名前さんの反応新鮮だわ」「私達慣れてしまってるアルからな」と声が聞こえるが普通に考えておかしいと思う。
あまりにも日常的な事すぎて麻痺してしまっているのだろうか。
お妙さんに精神的には大丈夫なのかと聞いてみる。するとクスリと笑う声が聞こえた。

「名前さんは優しいのね。
ありがとう、大丈夫よ。
来ても殴れば良いだけだもの」

優しい声でそう言い切られると、何も言えなくなってしまう。というかそんな綺麗な声で殴ると平然に言われると混乱する。
なにかあれば相談にのる、とだけ伝えるとまた再び御礼を言われた。
すると神楽ちゃんが私の着物を引っ張る。

「名前、スタンプカード出すヨロシ」

神楽ちゃんの言う通りスタンプカードを出してそれを渡す。
お妙さんがそれは何かと質問し、神楽ちゃんが簡潔に答えた。
カチとボールペンの芯を出した音。
ぐりぐりと名前を記入する音も聞こえる。

「"友達と出かける"…よし、名前書けたアル!」

「銀時の名前まであるな」

「他には…"相談相手を作る"、"一人で歩ける範囲を広げる"…。
あ、見て見て"恋人を作る"まであるわ」

「そ、そんなものもあるんですか!?」

予想外のモノに私は思わず大声を出す。
そんな内容絶対達成出来る筈がないと思わず手で顔を覆った。
お妙さんがクスクス笑いながらカチリとボールペンを鳴らす。
その音に手を外せば、カリカリと何かを記入する音。

「じゃあ私は"相談相手を作る"にしますね」

お妙さんの声に私は思わず変な声が出る。
再びカチリと音がしてスタンプカードがゆっくり手に触れた。
それを受け取り、お妙さんの方を向く。
まさか出会って初日で書いてもらえるとは思っておらず、嬉しくて頭が付いていかない。

「だって名前さん、私にも何かあれば相談にのるって言ってくださったじゃない。
だから私も、色々と名前さんの相談を聞かせてくださいね」

嬉しくて涙が出そうになった。
まさか出会って初日でこんな欄に名前を書いてくださるなんて思ってもみなかった。
私の言葉はその場しのぎのモノだって捉えられるのが普通だと思うのに、それを真剣に受け取ってくださったのか。

本当に優しい。
心も身体も強くて凛々しい人だ。
いいな、私もこんな風になりたい。
人の助けを借りないと生きられない私が目標とする人物像だと感じた。
こんな風にお淑やかで強い人になれるように頑張ろう。
涙目で御礼を言えば「こんな事で泣かなくても」と困ったように笑う声が聞こえた。

「今日はスタンプカード2つも埋まったアルな、順調ネ」

「はい、本当にありがとうございます」

スタンプカードを優しく撫でて、大事に鞄にしまった。



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