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薄紅葵



「情けないねえこの男は」
「ほんとアル!あれくらいの荷物で腰やってんじゃねーヨ!」
「うるせーよ!!テメーのせいだろうが怪力娘!!!大体冷蔵庫投げて寄越すってなに!?馬鹿なの!?」

大江戸かぶき町。
その町にある二階建ての建物。
一階には昔ながらの飲み屋、二階には万事屋銀ちゃんと書かれた看板。
その居間にあるソファで腰をさらけ出しうつ伏せに横たわる万事屋の主人、坂田銀時。
それを見つめる、社員であり同じくここに住む神楽。
そしてこの建物の持ち主であるお登勢。
銀時が腰を痛めた経緯はこうだ。
一階で飲み屋を経営しているお登勢が「新しい冷蔵庫を運んでほしい」と言いにきた。
最初こそ業者に頼めと断った銀時だったが、数ヶ月滞納している家賃を引き合いに出されそれを渋々引き受けた。
重いものを運ぶのだから。
戦闘民族夜兎である怪力娘を連れて行こうと神楽に声をかけたのはいいのだが、神楽の荷物運びがかなり雑だった。
トラックで運ばれた冷蔵庫を取って来いと銀時が指示出しをしたまでは良いのだが、何故が神楽が野球ボールの如く冷蔵庫を投げて寄越した。
あまりのスピードと新しい冷蔵庫ということもあり、避けきれずそれを受け止めたは良いが見事に腰を痛め、今に至る。
因みに冷蔵庫は無事だった。

「まったく、僕が来るまで待ってくれたら良かったのに」

ドサっと机に買ってきた湿布を置いてそれを銀時の腰に貼る、ここの社員である志村新八。
「ちべたっ」と言う銀時の声を無視して痛みを訴える場所にどんどん貼る。
腰が湿布で真っ白になった。

「それにしても腰を痛めてかれこれ四日ですね、結構酷くやっちゃってるんじゃないですか?もう病院行きましょうよ銀さん」
「うるせーよ、ここまで来たら意地でも病院行ってやんねー」
「どんな意地はってんですか。癖になっちゃいますよ!」

新八の言葉を無視した銀時がかなりぎこちない動きで起き上がり「あだだ」と言いながら服を着直す。
そしてフラフラと立ち上がり寝室へ向かい、予め敷いてあった布団へとスローモーションで倒れ込んだ。
タバコをふかしながらそれを見つめるお登勢が見兼ねたように一つため息をついた。

「仕方ないねえ…病院行きたくないってんなら按摩師でも鍼師でも頼んでやろうかい?」
「あっ是非お願いしますお登勢さん」

倒れ込んだ銀時の側に神楽が近寄って覗き込んでいる。
お登勢の言葉に銀時は何も言わない。
新八とお登勢が寝室を覗き込みながらどうするか倒れこむ銀時に話しかける。
銀時はゆっくり顔だけを二人に向けようとしたが、それさえも痛いらしく直ぐに諦めてうつ伏せの姿勢に戻った。

「按摩ってローション使うやつだよね?」
「そんなワケねーだろうが!!なにちゃっかり願望言ってんだアンタ!!!」

新八のツッコミに銀時が気怠そうに頭をかき、暫く考えた後「勝手にしろババア」と呟いて布団に身を預けた。
お登勢はまた一つ溜息をついて自分の店へと戻っていく。
新八はお登勢を見送った後、再び部屋に戻る。
痛みで少し不機嫌な銀時は近くでちょっかいを出してくる神楽にシッシッと手で牽制していた。それを見た新八は部屋の掃除でもしようと箒を取りに行った。


それから一時間半。
新八の掃除も丁度終わった時、玄関の扉を叩く音とごめんくださいの声。
お登勢が呼んでくれた人だと悟った新八は慌てたように玄関へ迎えにいく。
「はい!おまたせしました!」と笑顔で扉を開けるとそこには施術着に身を包んだ女性。
まさか女性が来るとは思ってなかった新八は一瞬変な声が出る。
そこに佇む女性はゆっくり頭を下げた。

「お電話をいただきました、按摩師の苗字名前です。坂田さんのご自宅で間違いないですか?」
「えっ!?あっ!?は、はい!!わざわざすみません!!志村新八です!」
「志村…?すみません!私家間違えて…!」
「ああっごめんなさい!違うんです!ここで間違いないです!僕ここの社員で!」

テンパって自分の自己紹介をしてしまった新八は誤解を解いて慌てて玄関に招き入れる。
新八はそこである事に気づく。

彼女の手には杖。

カツカツと杖を前にやり、まるで足元を確かめるような足つきで歩く彼女を見て新八が悟る。

(この人、目が)

気付いたらそこからは早かった。
新八は彼女に肩に捕まるかと声をかける。
それに彼女は反応し「ありがとうございます、お言葉に甘えても良いですか?」と困ったように笑った。
新八は彼女の手を自分の肩に導き、玄関の段差や入口の僅かな凹凸を伝えながら居間へと案内していく。居間のソファには神楽が居て、二人の状況に首を傾げた。

「新八ィ、誰アルか?何で肩かしてるネ?ソイツ怪我してるアルか?」

「違うよ神楽ちゃん。彼女…えっと苗字さんはお登勢さんが呼んでくれた按摩師さんで」

「!!
銀ちゃん!!サーターアンダギー!!サーターアンダギーきたヨ!!」

「どんな聞き間違い!!?」

按摩師の声を聞いた神楽が飛び跳ねるように寝室の扉を開け銀時に駆け寄った。
どうやら神楽もそれなりに責任を感じていたらしい。それをみて新八は困ったように笑った。
それを聞いていた隣にいる苗字もクスクスと笑う。
「騒がしくてすみません」と謝れば、彼女は首を横に振り、ゆっくり肩から手を離した。
神楽が開け放った寝室の方へ杖をつきながら進んでいく。新八は何故方向が分かるのだろうと思ったが、神楽が騒がしくしている音を辿っているのだとすぐに分かった。
彼女はうつ伏せで横たわる銀時へとゆっくり近づく。
杖が布団に当たったのを確認し、ゆっくりとその場に座って布団を手探りで確かめながら銀時の隣に座った。

「はじめまして、按摩師の苗字名前です」

「えっ!?女の声!?ババアまじでそっちの子呼んでくれたの!?」

「銀さんはちょっと黙っててください。
すみません、実はこの人腰を痛めてしまって」

新八が苗字の隣に座り、痛めた場所を言う。
隣でそれを聞いた彼女は新八の方へ少し顔を向け「分かりました、では取り掛かりますね」と笑った。
朗らかに笑う人だと新八は思わずつられて笑う。彼女は杖を置いて銀時に近寄り膝を身体に少し当てる。するとソッと背中に手を置いた。
自分が患者のどの位置にいるのか膝で確認し、そして手を置いたのだと新八は感心する。
彼女はそのまま腰へと手を当てマッサージをはじめた。
銀時は顔を後ろに向ける事もままならないためなすがままである。
神楽はそんな銀時の目の前に座り、マッサージをする彼女をジッと見ていた。
すると彼女がふと呟く。

「…凄いですね、鍛え抜かれた筋肉です。色んな経験を積んできたんですねきっと」

「按摩師さんてのはそんな事まで分かんの?
こりゃ心まで読まれる日も近ぇな」

「そんなことないですよ。
でもこの筋肉のおかげで腰の痛みだけですんでるみたいですね」

彼女の言葉に銀時の返事が返ってこない。
それにマッサージを続ける彼女がクスリと笑った。
神楽がジッと銀時を見つめ「銀ちゃん寝ちゃったアル」と呟いた。
新八もそれを聞いて顔を覗き込む。
涎まで垂らして爆睡している。

「腰が痛くてあまり寝られない日が続いたんじゃないかと思います。
ゆっくり寝かせてあげてください」

彼女の言葉に神楽が頷いて寝室を後にした。
それに続いて新八も立ち上がる「あとはお願いします」と言えば、彼女はまた朗らかに笑った。
万事屋に似つかわしくない穏やかな空気が流れる。
女性が男性のマッサージをするのはきっと大変だろうと新八は終わった時のためにお茶でも用意しようと棚を漁る。
神楽はソファに座った状態で寝室の方をジッと見ていた。

「神楽ちゃん、銀さんなら大丈夫だよ」

「別に心配なんてしてないネ」

新八の言葉に神楽は寝室からプイッと身体を背けた。

それにまた新八は笑った。







寝室の襖が開く。

あれから小一時間たって彼女はゆっくりと出てきた。
新八は慌てて声をかけ肩をかしてやれば「ありがとうございます」と彼女は笑った。
そのままソファへと案内して座ってもらい、予め用意していた少しだけ冷やしたお茶を彼女の前に置く。
ついでに新八は自分のも机に置いた。
その音に気付いたのか彼女が「お茶まで用意してくださって、ありがとうございます」と申し訳なさそうに頭を下げた。
彼女が少しだけ汗をかいていることに気づいた新八はお茶を冷やしておいてよかったとホッとする。

神楽はゆっくりと寝室へ足へ運び銀時の顔を覗き込んでいる。
置いてもらったお茶の場所を確かめ、ゆっくりと持ち口に運ぶ彼女が飲み終わるのを待って新八は次の言葉を口にした。

「あの、銀さん、どうでしたか?」

「そうですね…触った感じだと腰を痛めてから少し時間がたってるなと感じたので、今回のマッサージで結構良くなるかと思います。明日は念の為安静にしておいてくださいね」

「本当ですか!ありがとうございます!」

新八の嬉しそうな声に彼女が朗らかに笑う。
彼女の言葉に一安心した新八が自分の持っていた湯のみをうっかり倒す。
それに少しだけ身体を跳ねさせた彼女に謝罪を入れながら慌てて溢したお茶を拭き取っていく。その間にも彼女は新八をジッと見つめている。
普段女性からそんなに見つめられる事が無い新八はそれにだんだんと恥ずかしくなる。

(なんでこんなに見つめてくるのこの人!恥ずかしいんだけど!)

新八が心の中でツッコめば、ふと彼女が口を開いた。

「腕、痛いんですか?」

「えっ?」

まさかの問いかけに新八は素っ頓狂な声を出す。
無理もない、聞かれた質問はまさにその通りなのだ。
新八は今少し腕を痛めている。
朝の自宅での自主稽古。
素振りの回数をいつもより増やしてしまったからか少しだけ筋が引きつったように痛い。
何故それに気付いたのかは分からないが、彼女はそれを見事に当てた。
質問にいつまでも答えないからか「す、すみません、勘違いでしたね」と彼女から謝罪が入る。それに慌てて言われた通りだと新八がフォローを入れた。
「じゃあ、痛い方の手をかしていただいてもいいですか?」と彼女は手を差し出す。
新八がそれに恐る恐る答えれば、ムニムニと新八の腕を触り始めた。
むず痒いそれに顔が少し引きつってしまう。
ある程度触れば、今度はぐりぐりとマッサージを始めた。

(うわっすごい!とても気持ちいい!)

始まったマッサージの心地よさに思わず目を剥く。
これは銀さんも寝てしまうのも無理はないと寝室で寝続ける万事屋のトップの背中をチラ見した。
暫くその心地よさに身を委ねていれば、ふと手が離れマッサージが終わる。

「!!すごい!痛くない!」

新八が自分の腕を動かして驚きの声をあげた。
それを聞いて嬉しそうに笑う目の前の彼女に御礼を言えば「筋が少し張ってましたよ、無理はしないでくださいね」と言葉をくれる。
それに返事をして改めて御礼を言えば「いえいえ」と彼女が朗らかに笑った。
それに新八も思わず笑い、彼女にお金を渡そうとする。
すると彼女が「お登勢さんから頂いておりますので、志村さんのはサービスです」とやんわり断った。
お登勢の粋な計らいと彼女の商売上手な言葉に新八は笑う。
彼女はお茶を全て飲みきり、杖を持って立ち上がる。
新八は慌てて声をかけ再び肩をかした。
彼女はそれにお礼を言って、玄関で靴を履く。
そして頭を下げた。

「本日はありがとうございました。
またいつでもお呼びください」

顔をあげて笑う彼女に新八もお礼を言えば、ゆっくりと玄関の扉を閉めた。
階段危ないのではないかと、新八は気付き慌てて玄関を開ける。
彼女は手すりにつかまりながら杖で足場を確認し、ゆっくりと階段を降りていた。
玄関を開ける音に気付いたのか、新八に顔を向けまた朗らかに笑った。

「大丈夫ですよ、ありがとうございます」

そしてまた前を向きゆっくりと降りていく。
そう言われては新八も何も出来ない。
せめて自分に出来るのは転けないように見守る事だと、彼女が下に降りるまでそれをジッと見つめる事にした。

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