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空木



「おはよーございまーす」

朝。
今日も暑くなるなぁと独り言。
出勤する人や寺子屋に行く子供。
夜中に開いていた店を畳む人。
その人達を横目にして万事屋に向かう。
いつものように階段をのぼって、扉をあけて挨拶をした。
銀さんや神楽ちゃんは苗字さんに失礼な事をしていないだろうか。
そんな事思いながら居間に向かう。
ソファでさっちゃんさんが倒れていた。

「…………」

もう既に失礼な人が乱入していたことに頭を抱え、さして珍しい光景でもないそれにノーリアクションで周りを見渡す。
机には綺麗に畳まれた甚兵衛。
銀さんのだ。何故ここに?
こんな綺麗に畳むなんて銀さんらしくない。

すると、トイレから誰かが出てきた。
そちらを向けばそこには身支度を整えた苗字さん。
流石だ。ちゃんとした大人は違う。
そこでハッと気づく。
あの綺麗に畳まれた甚兵衛は銀さんが苗字さんに貸してあげていたのだ。
手を洗うため台所に向かう苗字さんに挨拶をしようと、近寄っていく。

「おはようございます、苗字さん」

「!、おはようございます、志村さん。
昨日は何もなく帰れましたか?」

「はい、おかげさまで。
いつもより気をつけて帰りましたから大丈夫でしたよ」

そう言えば良かったと笑う苗字さん。
ああ、普通だ。普通の人だ。
なんて有り難い存在なんだろう。
穏やかな会話に感謝しながら朝ごはんを作る事を伝えれば「手伝います」と言ってくれる。
苗字さんなら目が弱いとはいえ指示出ししたら大丈夫だろうな、とは思ったがお客さんだしゆっくりしてもらおう。
居間で待っていてくださいと伝えれば彼女は少し申し訳なさそうに笑って「じゃあお二人を起こしてきます」とその場を後にしてくれた。

寝室から少し大きめの声で「神楽ちゃん、坂田さん、朝ですよ」と声をかける声が聞こえた。
どうやら昨日は神楽ちゃんも寝室で一緒に寝たようだ。
さあ、朝食を作るとしよう。








「目が悪い女は私一人で十分だと思うけど?なんなの?アナタ、後から出てきていけしゃあしゃあと銀さんと絡んで更にはお泊まり?
私なんてね銀さんとお泊まり何回もしてるんだから。いつもいつも銀さんは無防備な姿を私に曝け出してくれてるの。アナタに入り込む余地なんてないの。お分り?」

「ストーカーが妄言吐いてるアル」


朝ごはんを作って居間に持っていけば、起きたさっちゃんさんがソファに座る苗字さんに向かって何か説教をしていた。
どんな面さげて説教してるんだ。
神楽ちゃんが苗字さんの隣に座り、銀さんは着替えていつもの社長椅子に面倒臭そうに座っている。
朝ごはんを机に置いてさっちゃんさんに帰って貰おうと声をかけたが「黙りなさいよ眼鏡!今女同士の話をしてんのよ!」と何故か怒鳴られた。
キレそうなんですけど。

「ていうかアンタ何か言いなさいよ!!何でずっとだんまり!?何でずっと私を見てるの!?逆にこわいわよ!なんとか言いなさいよ!」

「あ、ごめんなさい、ほんとに坂田さんの事お好きなんだなぁと」

「何で関心してるのかしらこの女!?
なんとか言えとは言ったけど感想なんて求めてないのよ私は!一方的に話してる私が馬鹿馬鹿しくなるから何か言い返せって言ってんのよ!」

「えっと、その、ストーカーは良くないと思います」

苗字さんのど正論にさっちゃんさんは顔を引きつらせながらその場に立つ。
苗字さんは真剣な表情でさっちゃんさんの方を見つめている。
銀さんと神楽ちゃんはご飯を食べはじめた。
なんでこの状況で食べれるんだアンタ等。

「上等じゃない、アナタも引き下がるつもりは無いっていうことね!いいわ!じゃあ銀さんに決めてもらいましょう!私とアナタ!どっちが良い女か!」

「えっあの何故そんな流れになるんですか?」

「うるさいわねやるって言ったらやるのよ!空気読みなさいよ!
ねえ銀さん!私とこの女どっちが良い女かしら?まあ銀さんに相応しいのは私だけど?胸だって顔だって私の方が上だけど?女の魅力としてどっちが上かしら?」

「神楽、醤油取って」

「ほら見なさいよ!私の方が可愛くって最高の女ですって!」

「アンタの脳内変換どうなってんだ!色々捻じ曲げすぎなんですけど!」


思わずツッコミを入れたが、
さっちゃんさんは銀さんに擦り寄りこれ見よがしに見せつけている。
しかし目の弱い苗字さんはそれが見えてないからか普通な顔でそこにいる。
リアクションがないのをみてさっちゃんさんが更にイラッと顔を引きつらせた。
「シカトするなんていい度胸してんじゃない」と声を少し低くして睨みを効かせる。
もしかしてさっちゃんさん、苗字さんが目が弱いのは知ってるが殆ど目が見えていないのはわかっていないのでは。
それを伝えるとさっちゃんさんが怒りの顔を納め顔を少し青ざめさせ口を抑える。

「そんな…!目の悪さで負けてるじゃないの…!!!」

「そこ!!??そこ競い合うとこなの!!?」

「眼鏡を外すと何も見えないドMドジっ娘さっちゃんのキャラが薄くなるじゃない!!
眼鏡かけたら私は視えるもの!!銀さんのありとあらゆる所まで見えちゃうんだもの!!!」

「そんじゃあお前も名前とお揃いな」

「あ"ーーーーーーーーっ!!!!!」

ど下ネタばかりのさっちゃんさんの目に向かって銀さんが目潰しを決めた。
痛みで悶えるさっちゃんさんをそのまま玄関まで引きずって外へ追い出す。
ソファで何が起きたか全くわかっていない苗字さんは僕に変な音がしたが何が起きたのかと聞いてきたが「色んな所が悪いので病院に行きました」と言っておいた。
そんな事より、ご飯を食べてもらおうと苗字さんにご飯を渡せば「!、ありがとうございます」と御礼を言ってくれる。
ああいう馬鹿の後にこういう普通の人がいるだけで心が癒される。

全員でご飯を食べて、食器を片付けていれば苗字さんが手伝ってくれる。
舌を鳴らしながら慎重に歩いて食器を持って来てくれた事に僕は御礼と謝罪を言った。
それに首を横に振る彼女は再び舌を鳴らしながらゆっくりと居間に戻っていく。
何処かにぶつかっていないかと様子を見ていれば、無事にソファまで辿り着いていた。
神楽ちゃんが「ゴールネ!」と言って出迎えている。

「昨日から色々とお世話になりました、そろそろ仕事に向かいますね」

「此処から行けるアルか?」

「はい、一度来たことがあるので地図は頭にありますよ」

そう笑顔で言って手探りで荷物と杖を持った苗字さんが微笑んだ。
僕達に改めてお辞儀をして御礼を言った彼女は杖を鳴らしながら玄関へ向かう。
三人とも見送るためそれに付いていく。

「また今度御礼をさせてください」

「おー、また飯でも奢ってくれや。
今度は高級レストランな」

「はい、頑張ってご馳走します。皆さん本当にありがとうございました」

銀さんの言葉に笑顔で頷いた彼女が玄関からゆっくり出て行った。
彼女は僕達が店長さんから依頼されている事を知らない。
お金など払わずとも面倒見れるときは見ると僕と神楽ちゃんが言ったのだが、それはそれこれはこれとのことだそうだ。
銀さんは何も言わなかった。

お金での繋がりである事に何処と無く罪悪感を感じてしまうのは何故だろう。
でも、何か対価が無いと苗字さんは僕達に頼ってこなくなる気もする。
いつも彼女は何か僕達が手伝うと御礼をしてくるが、彼女にとって自分自身はそういう存在なのだと言っているのと同義だ。

少しだけ寂しい気持ちになった。

銀さんは居間に戻り、いつもの着流しを着て「パチンコ行ってくる」と告げて出て行った。







「店長、おはようございます」

「おう、おはよう」

店に来て店長に挨拶をする苗字。
いつものように裏に行き、制服に着替えて表に出ていく。
今日はお客さんの予約が数件入っていると教えて貰う。
それに頷き、仕事がんばろうと彼女が意気込んだ。
ふと、あの時の事を伝えておこうと苗字がゆっくり口を開く。
それに店長は目を見開いた。

「…外してねえな?触ってもいねえな?」

「はい、とりあえず確認をしただけです」

店長がそれを聞いて安心したように椅子に深く腰掛ける。
そして溜息をついた。
その音に苗字が声をかけるが、店長はきにするなと発する。
少し制しておくべきか、と考える。

「お前さんの目の絡繰について、知られたくなかったんだがな」

彼女の目にある絡繰。
それがあるのを二人は知っていた。
そしてそれが視力を奪っている原因であることも既に知っていた。
この絡繰は外しても、触っても駄目なもの。
彼女は見えないままでい続けなくてはいけない。
店長の言葉に苗字は困ったように笑う。

「はい、ほんと、そうですね」

小さく呟いた。
平和で平凡な日々を過ごす。
それが彼女の目標だ。



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