×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

提灯百合





「名前様ですね。
はじめまして、たまと申します」

「はじめ、まして」

病室に現れた神楽ちゃんの後に現れたお登勢さんと、たまさんという方。
お登勢さんにお見舞いの品の御礼を言った後、たまさんに自己紹介をされた。
そのたまさんに私は首を傾げた。
神楽ちゃんが「分かるアルか?」とウキウキした声でベッドに腰掛ける。
分かるか、と聞かれて私が感じていることを言っても良いのかと少し躊躇う。
するとお登勢さんが「良いからまあ言ってみな」と言葉を発した。
それに勇気を出すことにする。

「なんか、たまさん、足音が金属音なんですが何か付けていらっしゃるんですか?」

「素晴らしい耳です名前様。
しかし少し惜しいですね。
足には何も付けておりません」

「す、すみません、もう少し耳を治してから出直してきます」

「承知いたしました。お待ちしております」

「次回に持ち越してどうすんだい」

慌てて頭を下げればたまさんからも頭を下げる音が聞こえた。
お登勢さんの即時のツッコミにたまさんの音を探る。
僅かな機械音が聞こえる。足音も金属音がする。やはり何か付けているとしか思えない。
うーんと悩んでいると、お登勢さんがクスリと笑った。

「まあ良いさ、たまの足音が分かるくらいに耳も回復してるみたいだからねぇ」

「名前順調アルな!退院するのも間近ネ」

二人の言葉に首をかしげる。
たまさんの事が何も分かっていないのだが、良いのだろうか。
そうするとたまさんが此方に近づく音が聞こえる。たまさんの匂いがした。これはオイル。工場で働いてる方だったりするのだろうか。
たまさんは、「失礼します」と一言入れて私の手を握る。
私はそれにハッとした。

「ぎ、義手だったのですね」

「いえ違います。絡繰です」

自分の見当違いの回答にたまさんが即答した。
その答えに私は暫く固まる。
からくり?からくりってあのからくり?
たしかに以前お掃除用の人型からくりが流行ったらしいが、こんなにすらすらと会話できるとは思っていなかった。
たまさんの手を触る。
ちゃんと指5本あるが人の質感のそれではない手。

「名前様、しっかりしてください。
ずっと口が開いていらっしゃいます。」

「!ご、ごめんなさい!ビックリしてしまって」

たまさんの呼びかけに意識を戻す。
口が開いてたようだ、恥ずかしい。
神楽ちゃんが面白そうに笑うのが聞こえる。
たまさんが私から手を離した。
からくりなら機械音も金属音もオイルの匂いも全て納得出来る。
最近の技術はすごいと改めて感じる。
たまさんはどういうからくりなのか聞けば、基本はお掃除ロボが元になっているとの事だ。
それに感心していれば、お登勢さんが口を開いた。

「実はね、アンタの事話したらこれからの生活で手伝える事があれば手伝いたいって言って聞かなくてね」

「人を助けるは絡繰の本懐。
特に名前様は絡繰の手も借りたい場面が多い筈」

「い、いやいや!たまさんもお仕事があるのでは?」

慌てて遠慮すれば、たまさんは首を横に振る。
どうやらたまさんはお登勢さんの所で働いているらしく、お店は夜からの営業のため昼間は比較的に掃除など雑務を見つけこなしているのだそうだ。その雑務が大変なのではと思う。
たまさんは遠慮する私の目の前まで再び足を運んでくる。
そして私の名前を呼んだ。
声の位置が違う。
私と同じ目線にしゃがんでくれているらしい。

「貴女様の見る世界はきっと私達より狭いけれど私達より広い部分がある。
絡繰として、名前様の世界を共に見せていただきたいのです、手を貸すという形で」

ここまで言われて断るなんて出来ようか。
それに私はお願いしますと言うしか出来ない。
こうなったらせめてお金を払うしかないと思い交渉してみるが、たまさんは「これは私のためでもありますので」と言ってきっぱり断った。
ならばお登勢さんにと、お金を払う交渉をすれば「そんな野暮なこと言うんじゃないよ」と怒られた。
お言葉に甘えよう。ここまでいってもらってるのにこれ以上引き下がるのは失礼な気がする。
お金は無理だが何か別の形で御礼をしていこう。
ずっと見ていた神楽ちゃんが口を開いた。

「たまも名前に色々な匂いや音を教えて貰うと良いネ!とても楽しいヨ!」

「それは絡繰の私にも無い機能です。
ゴミの分別はすれど、匂いなどは分別したことがありません。
今度私にも教えていただけますか?」

「た、大したものじゃ、ないんですけど」

たまさんはとても真っ直ぐにモノを言う人だ。
絡繰が故のそれなのだろうか。
でもたまさんの喋り方は感情がこもっていて、親しみを感じる。
とても素敵だ。
するとお登勢さんが手伝う日とか決めなくても良いのか?と聞いてくる。
それもそうだ、お手伝いしてもらうなら色々決めなければ。

「じゃあアンタ等二人で話しておきな。
その間、アタシと神楽は下のコンビニにでも行ってくるとしようか」

「!、やったアル!!なんか奢ってほしいネ!!」

お登勢さんと神楽ちゃんが仲よさそうに病室から出て行くのを見届ける。
たまさんと二人きりになれば、では早速と言わんばかりにたまさんが話を切り出した。
とりあえずたまさんに手伝ってもらうのは退院してからという事になった。
病院でジッとしている生活ばかりなので、退院したての時は少し苦労してしまいそうだからだ。曜日も決めるべきかと悩んでいれば、ふいにたまさんが私の名前を呼ぶ。
それに反応すれば、たまさんが私の顔に手を添えた。
そして顔に手を添えたまま数分待つ。
そのまま待っていればたまさんが口を開いた。

「名前様、この目はいつから?」

「え、寺子屋行ってた時だから…10もいってない…ですかね…だとしたら十数年前…?」

たまさんが、なるほどと言って手を顔に添えたまま動かない。
どうしようかと何かアクションを起こすべきかともじもじしていれば、少しジッとしていてくれとの事。
その言葉に私はジッとする。
なにかしているのだろうか。
しかし顔に当たる手以外はほかに感触はない。
たまさんから機械音が聞こえる。
しばらく待っていればたまさんの手がスッと離れた。


「名前様、貴女様の目の事でお伝えしたいことが」


たまさんが改まって私に言う。
それに頷いてたまさんの次の言葉を待つ。
次に出てきた言葉は我が耳を疑うものだった。


「貴女様の目ですが、恐らく天人の手によって手が加えられています」

「…!」


思わず聞き返す。それにたまさんは丁寧に同じ言葉を繰り返した。
たまさんの言葉を頭の中で繰り返す。
どうしようと、考える。
たまさんは私に「大丈夫ですか?」と声をかけた。
どう整理したら良いか分からなくてジッとしていればたまさんが私の背中を撫でる。

「申し訳ありません。
もう少し小出しで情報をお伝えすべきでしたね」

それに首を横に振る。
深呼吸をして、たまさんにどう言う事か聞いてみる。
たまさんから機械音がした、どうやらまた私の目を見ているらしい。

「名前様の生体反応が目だけ異常な数値を出しており、ほんの僅かではありますが微弱な電波を発しています。
そこから恐らく目の視神経あたりに何か絡繰が組み込まれていると結論付けました」

実際自分には絡繰の音は聞こえないし、目に違和感もない。
しかし、たまさんがここまで言い切るということはやはり彼女にはソレが見えているのか。
目を手で覆う。
僅かに感じていた光が消える。
機械音がするかと思い集中して聞いてみるがやはり何も聞こえない。
人のようなのに、やはりたまさんは絡繰なのだと改めて認識する。

「…あのたまさん、一つお聞きしてもいいですか?」

「はいなんでしょう」

「この絡繰が、私の視力を奪っていると、たまさんは考えていますか?」

「まだ確信は出来ませんが、可能性はあるかと」

「マジアルか!!!??」


神楽ちゃんの声が響く。
たまさんの話に夢中で他の音に気を配っていなかったため帰って来ていたのに気付かなかった。
ゴトゴトと何かが落ちる音がして神楽ちゃんがベッドに近づいた。
お登勢さんが神楽に注意しながら落としたものを拾う音が聞こえる。
神楽ちゃんであろう手が私の顔を両手で挟む。
口が窄められてうまく喋れない。

「んんんん見えないアル…!」

「当たり前だろ、神楽。
たまも言ってたじゃないかその絡繰があるとしても視神経の方だ。
アタシ等からじゃ見えるワケないさ」

お登勢さんのその言葉に神楽ちゃんがパッと手を離した。
神楽ちゃんって力凄いよなぁと改めて思いながら頬を自分で揉む。
神楽ちゃんがベッドから降りて病室の入り口の方へ駆け出していく。
何処へ行くのかとお登勢さんが聞けば神楽は「絡繰と言ったら源外の爺さんネ!!」と言って扉を開け放った。たまさんが咄嗟に止めたが、それが勢いよく閉まる音がしてパタパタと足音が消えていくのを耳にする。
神楽ちゃんが言った相手の事が良く分からず、首を傾げていればたまさんが、源外さんの事を説明してくれた。
そんな凄い絡繰技師がいるとは知らず感心してしまう。
そしてお登勢さんが一つ溜息をついた。

「神楽も馬鹿だねぇ。
今日の面会時間もうすぐ終わるってのに」

「あっ!そ、そうですね」

「仕方がないさ、連れて来ても入れないって分かったら直ぐ帰るだろうよ。
じゃあアタシ等もそろそろ帰るとするかい。
苗字、ひとまず目の事はまた後だ。
先ずはしっかり怪我を治すことだね」

お登勢さんの言葉がけに笑って御礼を言えば、小さく笑ってお登勢さんが歩いていく音がする。
たまさんも私に一言挨拶をしてお登勢さんの後に付いて行った。
個室の扉が閉まった音がする。

そして一つ溜息をついた。

この目にある絡繰さえ無くなれば、私の目は視えるようになる。
そう、視えるように。
もしも、もし、目が視えるようになったら見たいものがたくさんある。
空の青さをもう一度見たいし、かぶき町の町並みを見ながら歩きたい。
万事屋さん達の顔が見たいし、お登勢さんやたまさんの顔も見たい。
警察の方にもちゃんと顔を見て挨拶したい。
そして、店長の顔をしっかり見て、沢山御礼をいって、そして。

「お父さんお母さん」

もう顔が思い出せない。
家にある唯一の写真。
声も匂いも、何も思い出せない。
ただ一つ約束だけを思い出す。
手を組んで祈る。

僅かに感じる光に顔を向ける。
今日の空はどんな色なのだろう。




top