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牛の舌



「うん、少しずつですが耳も良くなってきていますね」

「!良かったアル!」


個室で医師が彼女の反応を見ながら、隣に座っていた神楽にそう告げる。
神楽の言葉が少し聞こえるのか苗字が神楽に向かって微笑みかけた。
続いて看護師が火傷に貼っていたガーゼを剥がす。ピリリとした痛みが走った。

「火傷も良くなってきていますね、痕はちゃんと消えますよ」

「当たり前ネ、女の身体に痕なんて残ったら一大事ヨ」

「ごもっともです、ではまた後で」

そう言ってガーゼを貼り替えて医師と看護師が病室を出ていった。
衣服を直す苗字に神楽がジッと見つめる。
小さく彼女の名前を呼んでみた。
反応はない。
ほんの少し声を大きくして呼んでみた。
これも反応はない。
いつもの声量で呼んでみた。
彼女は此方を向いた。
「呼びましたか?」と笑顔を神楽に向ける。
いつもの苗字の耳なら小さく呼んだ段階で気付く。まだもう少し療養が必要だ。
神楽は「なんでもないアル」と言って足をぶらぶらさせた。

「ごめんなさい神楽ちゃん、毎日のようにお見舞いにきてくれて…大変じゃないですか?」

「ぜーんぜん。
仕事の依頼も無いし、毎日暑いからクーラーがない万事屋より、むしろ病院で名前と話していた方が一石二鳥ネ」

「この暑いのにクーラー無しはちょっと大変ですね」


沖田達がきてから数日。
神楽がここ最近毎日のように病院に顔を出すようになった。
最初こそ掌の会話で意思疎通が大変だったが、段々耳も良くなって来ており、普通の声量なら聞き取れるまでに回復した。
ただまだ騒がしすぎる所に行くと、耳鳴りが酷くなるので無理は出来ない。
神楽から万事屋の愚痴を聞いていれば、扉がコンコンと音を立てた。
それに神楽が返事をした事で苗字が誰か来たことを悟る。
扉が開けばそこには車椅子に乗った店長。
そしてそれを押す新八、その後ろにいる銀時。


「名前!店長来たアルよ!」

「!店長!お久しぶりです、お元気ですか?体調は崩してませんか?」

「おう、元気だとも。
お前さんも耳がちったぁ良くなってるみてぇだな。良かった良かった」

店長が苗字に近付き、その姿を見て目を細める。
苗字は手探りで車椅子に乗った店長の手を触り、色々と確かめる。
そして少しだけ目つきを鋭くした。

「腕が細くなってます。ご飯ちゃんと食べてますか?」

「良くわかるもんだな!心配しなくても食べてらぁ、腕が細くなってんのは客足が減ったからさ」

カラカラと笑う店長に苗字が苦笑する。
その様子を見ていた新八が「そうだ」と手元から紙袋を取り出した。
そしてそれをベッドに置く。

「お見舞い中々来れなくてすみません、これ、お登勢さんと僕たちからです」

「!、そんな気を遣わせてしまってすみません…ありがとうございます…」

「いやいや、御礼を言うならお登勢さんに。
僕たち、殆どお金出してませんから…」

苦笑しながらそう言う新八に苗字が「それでも嬉しいです、ありがとうございます」と言えば新八は気恥ずかしそうに更に笑う。
座る場所が無い銀時が苗字の足元あたり、ベッドの空いてるところにドカリと座り込んだ。
ベッドの揺れに少し身体を跳ねさせ、誰かが座ったのだと分かり苗字は周りを見渡す。

「椅子、椅子が確か室内にまだあるはずです」

「あーいいいい。ここで良い。丁度クーラー当たるし」

銀時が涼みながらそう言えば、「それなら良いんですが」と彼女は見渡すのをやめた。
新八はその室内にある椅子を拝借してゆっくり座る。
そして視界の先にある杖とスマホがテレビの横に置いてあるのに気付く。

「あっ良かった、杖とスマホ戻ってきたんですね」

「!、はい、アレから直ぐに真選組の方が持って来てくださいました」

「アイツ等ちゃんと謝ったアルか?特にあの腐れドS」

「腐れドS…?」

「たしかにそうですね。あの人が謝るって想像できないです」

苗字が誰のことか考える。
タバコの匂いの人は何回も謝ってくれたので、恐らくあの沢山質問をしてきた人の事だろうと結論に至る。
「不器用でしたけど謝ってはくれましたよ」と言えば神楽が「騙されてるアルそれ絶対嘘ネ」と即答した。
店長が苗字を呼んだ。
それに「本当に謝ってくれました」と笑顔で返事が返り、店長は溜め息をつく。

「しかたねえ、んじゃあ訴えるのはナシにしてやるか」

「何言ってるアルか!訴えてケツ毛まで搾り取ってやったら良いアル」

「そーそー、貰えれるモンは全部奪えば良いじゃねーか」

「銀さんそれただの山賊です」

苗字は全員の声を聞き、嬉しそうに笑う。
やはり聞こえなかった数日間、何も出来ず動けず辛かったがこうやって周りの音が聞こえるようになって、改めて喜びを感じる。
人の声が聞こえ心が落ち着く。
なんて幸せなことか。
その顔を見た銀時が、からかうような表情になる。

「おーおー嬉しそうな顔しちゃってまあ。
そんなに俺達の声が聞きたかった?」

「はい、とても」

「いやもう純粋すぎて逆に俺が恥ずかしいんですけど。からかおうとしてすみませんでした」

それに店長がカラカラと笑う。
銀時の事は気にせず、神楽がお見舞いの品を取り出し苗字に食べて良いか聞き始めた。彼女はそれに頷けば神楽は遠慮なく包装を破る。
中味は焼き菓子で、銀時もそれを強請った。
新八が一応注意するが二人は気にせずそれを頬張る。
すると、病室の扉がコンコンとノックされ再び医師が入ってきた。
「すみません、彼女の身内の方はいらっしゃいますか?」との言葉に、一応店長が車椅子を動かし始める。
新八がそれを見て直ぐに補助に入り、車椅子を押してやる。
そのまま医師の元へと向かった。
病室から出て、廊下で話す事になる。
新八は自分は居ても良いのかと少しソワソワし始めた。

「彼女の耳は大分良くなってきています。
ただ一つ、気になる事がありまして…彼女目が弱いとの事ですが、それの原因は?」

「…事故だ。それで両親も死んでる」

「どのような事故で?」

「知らねぇよ!あの子にトラウマほじくり返せってぇのか」

「ああいえ、ご存知ないのなら結構です、失礼しました」

口調が強くなった店長に医師が慌てたように直ぐに引き下がった。
新八は気まずそうにそれを見つめる。
店長が「坊主、すまねぇな、戻してくれ」と一言告げると、新八は黙ってそれに従い個室へと戻った。
部屋に戻れば、お菓子を食べ寛いでいる銀時とベッドに座る彼女の隣に神楽も座っている。
彼女が弄るスマホを見つめているようだ。
銀時は座っていた姿勢から仰向けに寝転がっていた。
流石にだらしないと思った新八が注意すれば銀時は生返事を返す。
溜め息をついた新八の後苗字が「皆さん汗かいてましたし、涼しい場所に移動したらダラけちゃいますよね」と呟いた。
それに銀時が起き上がる。

「…もしかして、匂う?俺臭い?」

「?坂田さん臭くないですよ?」

「銀ちゃんは臭いアル。えんがちょきーった」

「今お前に聞いてませーん!!
ちょっと名前ちゃん!いいから今の俺の匂い言ってみ、ほら近くで嗅いで良いから!」

銀時が少し焦ったように自分の匂いを嗅いで、苗字に近寄った。
新八がそれを苦笑しながら見つめ、それもそうか、と一人納得する。
彼女は目が見えない分ほかの部分が敏感になっているから鼻も良いのだった。
神楽も色々な匂いを教えてもらっていると言っていた。
自分も臭くないか、と新八もすんすんと嗅ぐが全然分からない。
苗字は近くに寄ってきた、銀時の方へ顔を寄せる。胸辺りに鼻を寄せた。
そしてゆっくりと離れる。

「えっと、前も言ったと思うんですけど、男の人の匂いの中に甘い匂いが混じってる感じです。今はそこに汗が混じってる感じです」

「やべーよそれ絶対臭いじゃん」

「いや、あの本当全然不愉快な匂いじゃないんですよ坂田さん気にしすぎです」

「私は不愉快ネ」

銀時が頭をかかえる近くでフォローを入れるがすかさず神楽のストレートがはいる。
「か、神楽ちゃん」と苗字が珍しく慌てた。

「うるせーよ、人間生きてりゃ何れ男も女も加齢臭という名の不愉快な匂いを出すんだよ。
大体お前が臭くても俺には味方がいるからね。臭くないって言ってくれるプロフェッショナルがいるからね」

「加齢臭はどうあがいても加齢臭アル。それ認めてる段階で銀ちゃんは世間一般で臭い人間ヨ。
プロフェッショナルも銀ちゃんに気を遣ってるだけアル」

「まず苗字さん匂いのプロフェッショナルじゃないでしょーが!銀さんの変な匂いを嗅がせないでください!」

「変な匂いってなに?お前普段からそう思ってたの?
もう今日から肌千切れるぐらい洗ってやるわ」

ぎゃーぎゃーと言い争いを続ける万事屋の目の前でどうしようかと困ったように苗字は笑う。実際問題本当に匂いは気になっていないのだが、これから言うのは控えようと心に決める。
自分が感じているからと無意識のうちに言い過ぎていた。
しかし実際問題、銀時の匂いで救われた事があるのも事実だ。

「あの、坂田さん」

「あん?」

「初めて警察の方が来た時見えないし聞こえないし匂いも知らない人だったのでとても怖くて。
でもそこに坂田さんが来てくれて、その匂いに凄い安心出来たから、そのままでいてくれたらなぁと」

銀時がそれを聞いて何も言わずに苗字を見る。
そしてそのまま、頭をポリポリとかく。
「へいへい」と一言そう言えば目の前の彼女が嬉しそうに笑った。
新八が少し驚いた顔で苗字と銀時を交互に見る。
するとずっと静観してい店長がべしんと銀時の頭をしばいた。

「いてーな、何すんだクソジジイ」

「うるせー腹立ったんだよクソパーマ」

神楽がお菓子をまた一つあけてそれを口に入れる。
新八も一つお菓子を頂戴してそれを食べながら
、銀時の反応に少し違和感を感じ少し考える。
ああこの人照れてるんだ、と新八は悟った。



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