百合
「は?スマホと杖?」
真選組屯所。
縁側。
沖田はアイマスクをして寝ている所を土方に起こされる。
悪態をつきながら起き上がり、目の前に突き付けられた杖とスマホが入った紙袋。
そして冒頭の台詞。
土方はタバコをふかし「お前が持っていけ」と一言告げる。
一応誰に持って行くかは分かってはいる。
それに「チャイナ娘の友達らしいんで手酷く扱うかもしれやせんけど、それでも良けりゃ」と伝えれば、土方の眉間に筋がはいる。
「それをさせねぇために俺も行くんだよ。
渡すのはテメーでやれ」
「なんでィ。土方付きかよ。つまんねぇ」
「誰のせいで土方付きになってると思ってんだ。
一つ言っとくが、総悟。お前が一言謝らねぇと向こうの店長は訴えるの一点張りだ。
近藤さんと真選組のために一言詫びいれろ」
「土方さんが俺の分まで詫びりゃ良いじゃないですかィ」
「もう詫びてんだよ俺は。
ほら、さっさと準備しろ」
沖田は渋々立ち上がり、アイマスクを懐にしまう。紙袋と杖を片手に持って前を歩く土方に付いていく。
そして片方の手で刀を抜き、土方に振り抜いた。「っぶね!」の声が屯所に響いた。
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大江戸病院。
個室前。
スマホと杖を片手に持った沖田が個室をノックして開けた。後ろには土方。
個室に入れば、紙袋の中からタオルを出している彼女。
やはり入ってきたのには気付いていないらしい。
沖田が近寄ってタオルの枚数を確認している彼女の顔を覗き込む。
「おい、総悟」
「いや、改めて本当に見えてねぇのか確認したくなったんで」
土方が沖田に近付いて襟を引っ張る。
すると苗字の手が止まり、顔を上げた。
目を数回瞬きして空を見ている。
「…タバコとマヨネーズの匂いが…あの、警察の方いますか?」
「コイツはたまげた、犬並の鼻してらァ」
「……そんな匂うか?」
沖田が少し関心した後ろで土方が自分の匂いを嗅ぐ。
沖田が椅子に座り、彼女の目の前で話しかけるが反応がない。
沖田が「無視されやした」と土方に告げ口した。
土方が溜息をついて、沖田の隣に行き、ベッドを軽く叩く、すると目の前の彼女はピクリと反応した。そして土方は彼女の手をゆっくり掴み、掌に指で文字を綴る。
「耳やってんの忘れてんじゃねぇよ総悟」
「なんでィ、一々そうやらないと意思疎通出来ねぇのかよ面倒臭ェや」
「こうしたのお前だからね?本当反省してくんない?」
土方が今日来た理由を彼女に伝えれば、彼女は小さくうなずいた。
少し緊張した面持ちだ。
無理もない、怪我させた本人が目の前にいるとなれば少し怖いだろう。
土方は『部下も深く反省し今日此処に参った所存、謝罪の言葉を聞いていただきたく』と前回と同じように丁寧な口調で伝える。
それに苗字が頷けば、土方は手を離した。
じっと見ていた沖田に、お前もやれと目で伝えれば、渋々沖田は手を握り土方と同じように掌に文字を書き始める。
『目も見えない、耳も聞こえないってどんな気持ち?』
「ちょっと待たんかぃい!!!!」
後ろから沖田が綴る文字を見張っていた土方は沖田の手をバシンと弾いた。
あまりにも最低な内容に土方は言葉も出ない。
「いやほんと、お前、何してんの?
一番聞いちゃダメなやつだよね?お前が一番聞いちゃダメなやつだよね?」
「いや、怪我させられた本人に聞かれたらみっともなく泣くか、それとも怒るか純粋に気になったんで」
「何純粋って!?俺の知ってる純粋とは程遠いんだけど!?
お前のその疑問は鬼畜って言うんだよ!!
大体俺は謝れっつってんだ!!
誰が鬼畜の自由研究やれっつったよ!?」
沖田を叱りつけ、土方は慌てて彼女にフォローを入れようと手を掴む。
どうフォローを入れようか考えていれば、彼女が「あの」と呟いた。
それに恐る恐る顔を上げる土方。
「私、耳は怪我で今聞こえないだけなので、何れ治るんです、勘違いさせてしまってすみません」
(奇跡的な受け取り方してくれてたァア!!)
土方が手を掴んだまま、滝汗をかいて一安心する。沖田が「チッ文字だと煽るの難しいな」と愚痴を零す。
本当コイツ一人で来させなくてよかったと土方は自分の選択に感謝した。
こうなったら自分が沖田のフリをして謝るしかないと覚悟を決める。
すると沖田が土方の名前を呼んだ。
「多分俺のフリしようとしてんでしょうけど、この女、多分手の感触覚えてやすぜ」
試しに沖田は土方が手を握った状態で『今、文字を書いてるのはどちらか分かりますか?』と綴った。
すると彼女は「タバコの匂いがしない方です」と即答した。
土方は純粋に驚いた。
つまり、このまま沖田にちゃんと謝罪させるしか手はない。
正直、土方は最終的に自分が沖田のフリをして謝れば良い、と考えていた。
この横のドが付くSがまともな謝罪なんて出来る筈がない。
土方は頭を抱えた。
「土方さん、その女の手ぇ握ったまま何固まってんですかィ、気持ち悪ぃや死んでくだせェ」
「テメーが死ね」
ほら見ろ。
謝るどころかむしろ自分に悪態をついてきた。
沖田に謝らせないと、あの店長は本当に訴えてくるだろう。
そうなれば、真選組の沽券にかかわるし、松平のとっつぁんに何言われるか。
すると沖田が掌にスラスラっと何かを書き始める。
土方はそれを咄嗟に止めた。
「今なんて書いた?オイ総悟なんて書いた?」
「イヤだなぁ土方さん。
俺ァただ鼻が良いねって感想とその鼻活かして真選組で働いてみませんか?って言っただけでさァ」
「……えっと、鼻はそうですね、犬並みなんですかね?犬と一緒に警察の役にはたてるかどうかはちょっと分からないです」
「お前コレ犬扱いしてんじゃねーか!!!!!!!」
彼女の言葉に土方は沖田の胸ぐらを掴む。
沖田は知らぬ存ぜぬの顔でそっぽを向いた。
駄目だ、コイツ駄目だ。
今のところ、目の前の彼女が言葉の裏を汲み取ろうとせず、純粋に受け取ってくれているから何とか怒らずにいてくれているが、いずれ怒りだすに決まっている。
だって謝罪するって言いながらめちゃくちゃ煽ってるからねこのドS。
土方は慌てて彼女の掌に文字を綴る。
部下は謝り慣れておらず、少し照れており中々口に出すのが出来ない。とフォローをいれた。
彼女はそれに目を数回瞬いた。
そして笑いはじめる。
土方も沖田もそれに呆けた顔をした。
「まるでコントみたいで、すみません、謝るって言われたから待ってても変な質問ばかりで、面白くて」
楽しそうに笑う彼女に土方が溜息をついた。
どうやらこの娘は自分達の攻防が楽しいものとして受け取っていたらしい。
怒っていないようで土方は安心した。
とりあえず、土方は掌に文字を綴る。
『部下の無礼な言葉の数々、改めて謝罪申し上げる』。
すると彼女はそれに目を丸くした。
「無礼な言葉なんて、言いました?」
まさかの返事に土方は言葉を失った。
この女、本当に総悟の言葉を純粋なものとして受け取ってやがった。
一番最初の鬼畜の自由研究は分からんでもないが、次の犬扱いは流石に普通は怒るだろうに。何をどうやったらアレを純粋に受け止められるんだ。
土方は無礼な言葉ばかりだった、とそう告げると彼女は「あー…」と言葉を零した。
「私、目が弱くなってから気を遣われてばかりだったので…部下の方の質問、凄い楽しかったですよ」
彼女が笑顔でそう言った。
土方はそれを見て「これが純粋って言うんだよ」と言葉を漏らす。
隣でずっと見ていた沖田は、一通り彼女の言葉を聞いて溜息をついた。
そして掌に指を置き、スラスラと何か書き始める。
土方は今度はそれを見守った。
一通り書き終え、杖とスマホを彼女の膝に起き、沖田の指が離れれば土方の手も離れる。
綴られた言葉に彼女がまた笑う。
そしてひとしきり笑った後「ご苦労様です、杖とスマホありがとうございます」と笑って出た涙を拭う。
それを見て沖田と土方は病室を後にする。
「…お前、本当ならアウトだぞ、あれは」
「一応謝るって言ったからセーフでさァ。
それにしても、あの姉さんドS殺しにも程があらァ。
やりごたえがねぇや」
「やりがい感じようとしてんじゃねーよ」
沖田が綴った指を宙で動かす。
『一応謝るんで今度何も出来ない今の自分の惨めな気持ちを教えてください。自由研究の課題にします』の文字が空に消えた。
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