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芍薬




入院生活2日目。

昨日、あれから結局店長と真選組の人たちの話し合いは結局収まりがつかず、とりあえずまた後日個別に話し合うとの事になった。

(うっ…耳鳴り)

耳が聞こえづらい。
ずっとキーンと言っているし膜が張っている感じがする。
これは困ったと耳を少し摘んで引っ張る。
治るまでまともに歩けもしない。
耳鳴りのせいで平衡感覚も麻痺している。
耳引っ張ったら空気抜けて聞こえやすくなったりしないだろうか。

すると耳を触っていた腕を掴まれる。
びくりと身体を反応させればその手はパッと外れた。
坂田さんの匂いはしない。神楽ちゃんでも志村さんでもない。この匂い。タバコだ。あと昨日は気付かなかったがマヨネーズの匂いもする。
恐らく昨日の警察の方。

「あの、昨日の警察の方、ですか?」

そう聞いてはみたが私は今耳が聞こえづらいの忘れていた。
何か喋っているような声は聞こえるのだが内容まで汲み取れない。どうしようかと思っていれば手を掴まれる。
それに再び身体を跳ねさせれば掌に感触。
昨日の坂田さんと同じやり方のそれだが、少し強めにしっかりと分かりやすいように文字が走る。
『この度は真選組隊士がご迷惑をおかけした事、深く謝罪申し上げる』
丁寧でしっかりとした謝罪が掌に綴られる。
まるで手紙のようなそれをこの掌に書くのは大変だろうな、と思い少しだけ顔をあげた。
謝罪を綴る指は動き続けている。
私に怪我をさせた隊士の人には厳重注意をしたそうだ。
また私の杖やスマホは近々此処に持ってくる。怪我が完治するまで医療費等は真選組が持つということ、そして改めての謝罪。
必要な事を全て丁寧な言葉で掌に綴ってくれた真選組の人はゆっくりと指を離した。

「…なんか、色々と気を遣っていただいて、ありがとうございます」

そう言えば、ピクリと私の手を持つ相手の手が動いた。そして再び掌に指が乗る。
『此方の不手際に対して責任を取っているだけ故、貴女が御礼を言う必要は無い。当然の権利として受け取るべきものだ』。
真面目だなぁと感心した。
お国を守る仕事の人はこういう事が沢山あるのだろうと想像するしか出来ない。
大変だなぁと人並の感想を抱く。

「では、有り難く頂戴します。
実は杖とスマホは無いと本当に困るので」

そういえば『そうしてもらえると此方としても有難い』と返ってきた。
するとピクリと相手の手が一瞬動いてバッと勢いよく離れた。
それに首を傾げていれば、誰かが話している。
耳鳴りが煩くて聞こえない。
すると再び誰かが手に触れた。
先程の方とは違う匂い。
少し汗をかいているのかそんな匂いがする。
男の人らしい匂いだ。
少し武骨で大きい手が私の掌に文字を綴っていく。

『はじめまして、昨日は部下共々大変失礼致しました。
真選組局長の近藤勲と言います』

先程の方とは少しくだけた感じの丁寧な言葉。
それに笑って自分も自己紹介をすれば、再び文字を綴ってくれる。
『耳の調子は如何ですか?』
それに嘘をついても仕方ないと思い正直に答えれば、握っていた手が少しだけ汗ばんだのがわかった。今度は慌てたようにまた掌の上に指を滑らす。

『本当に申し訳ない!先程の者からも聞いてはいると思いますが、貴女の怪我が完璧に治るまで此方で支援させてもらう事と相成りました。何かあれば真選組の屯所へ連絡をください。
連絡先は按摩店の店長に渡してあります』

御礼を言おうとしたが、先程のタバコの匂いの方に御礼は必要ないと言われたのを思い出す。
とりあえず「よろしくお願いします」と頭を下げたら、ギュッと近藤さんが握手をしてくれた。それに握り返す。
とても分厚い手だ。
そうすると近藤さんが再び掌に『職務に戻ります』と伝えてきた。

「あっ、お仕事ご苦労様です、お気をつけて」

慌てて頭を下げた。
目も弱いし今は音も聞こえないが、恐らく病室から出ていっただろう。
胸を押さえてベッドに座りなおす。
警察の人は緊張してしまう。







「いや〜優しい娘さんじゃないか。な!トシ!」

「ああ、おかげさまで訴えられずに済んだ」

病院の廊下を歩きながら近藤がにこやかに隣を歩く土方に話しかけた。
とりあえず最低限の謝罪を終わらせて人心地ついた土方だが、この後店長との話し合いがある事を今思い出す。
そして溜息をついた。

「ったく、あの店長、マジで金搾り取れるだけとってやろうって魂胆だぞ近藤さん。
隙見せるなよ」

「まあ仕方ないさ。
あの後新八君から聞いたがどうやらあの店長は親代わりのようなものらしいからな」

だからといってあんなガメツいものか。と土方は店長の姿を思い出した。

それにしても、目も弱い、耳も聞こえない。
良くそんな状態で平然としていられるものだと土方は思う。
自分には想像も出来ない世界だ。
あの怪我が治るまでにそれなりに時間がかかると医師からは聞いている。
それまで自分の仕事が一つ増えた事に眉間に皺を寄せた。

(責任もって総悟に世話をさせてぇところだが…アイツ本当なにするか分からんからな…)

はあと一つ溜息をつけば、近藤が土方を呼んだ。それに反応して前を向けば会いたくなかった相手が此方に向かって歩いてくる。
昨日一緒にいたもじゃもじゃ頭の人間。
どうしてこうもタイミング良く会うものかと嫌な顔をする。

「おやおや〜税金泥棒さんじゃないですか〜こんな所で何してるんですか?サボり?俺らの税金で飯食ってんだからちゃんとしてくんない?」

「税金払ってない奴がほざくな。
あの娘に謝罪に行ったんだよ、サボりじゃねえ」

「オイオイなにやってんだよ目も耳も弱ってるか弱い娘の所に何ゴリラ連れて謝罪しに行ってんの?ゴリラ臭さにびっくりしちゃうだろうが、あの子は匂いに敏感なんだから気ィ遣えよホント」

「苗字さんは嫌な顔してませんでしたー!俺と握手までしてくれたもんね!!」

「おいゴリラが人間に懐いてんぞ、同じ哺乳類でも生きる場所は違えんだよ弁えろゴリラ」


病院の廊下で言い合っていれば看護師から「うるさいですよ!」と注意を受けた。
銀時は「お前らのせいで怒られた」と一つ愚痴をこぼして二人の横を通り過ぎる。
銀時の手には紙袋。
入院生活に必要な服や日用品を持ってきたのが分かり土方は何も言わない。
恐らくあの店長に頼まれたのだろう。
近藤もそれをじっと見つめる。
病室に向かう銀時の背中を二人はジッと見つめた。









どうせ聴こえてないだろうからとノックをせずに病室のドアを開ける。
ベッドの上に座って窓の外を見る女性。
見えない訳ではない、僅かな光を感じているその目は自然と眩しい方へ向くのだろう。
今日は本当なら神楽が来るはずだったが、万事屋の別の依頼の関係で「嫌々アルけど、代わりに銀ちゃん行ってきてヨ」と不機嫌そうに紙袋を渡され代わりに銀時が来た。
紙袋を持って近付けば、彼女がピクリと動き、此方に顔を向ける。

「坂田さんの匂い…」

「前から思ってたけど俺の匂いってなに?もしかして臭い?」

ぽつりと呟いた声に、聞こえないであろう返事をする。
ベッドの横に備え付けられている椅子に座れば、目の前の彼女は銀時が来たことを確信したのか嬉しそうに笑う。
その顔に溜息をついて、ベッドにドサリと紙袋を置いた。
彼女はそれに気付き手探りで紙袋を掴む。

「この紙袋、なんですか?」

首を傾げているのを見かねて、銀時が片方の手を掴み紙袋の中へ誘導した。
紙袋の中を触り何か察した苗字。
銀時に頭を下げて御礼を言った。
まあこれも店長からの依頼だ。
此方としては金を貰えるから有難い。
すると、苗字が顔を段々赤くしている。
どうしたのだろうと紙袋の中を覗き込んだ。
彼女の手に握られているものをマジマジと確認してゆっくり席に座りなおす。

(もしかして俺が下着漁って持って来たって思われてない?)

銀時が冷静に考える。
誤解が生まれている事に少しだけ焦る。
この紙袋を持っていくのは本来神楽だった。
なので店長からの依頼で苗字の部屋にいって下着やらなんやらを掻き集めて来たのは神楽である。そして万事屋に一旦帰って来て苗字の鍵を返しておいてくれと銀時に預けたのは良いが、
そこで万事屋に子供関係の問題を抱えた依頼人が来て、神楽とそれをフォローするための新八が駆り出される事になったのだ。


「いやいやいや違うからね。これ全部持ってきたの神楽だからね俺じゃないからね。今さっきその下着見たから。意外とセクシーなのはいてんなとか別に思ってないからって言っても聴こえてねぇんだったよどうしようね!」

「あの、汚いもの触らせてすみませんでした」

「そっち?そっちが謝んの?やめてくんない?なんでか罪悪感やべーよそんな真っ赤で謝られたら俺が虐めてるみたいになんだろーが」


慌てて銀時は彼女の手を掴み、掌に『全部神楽が持ってきたから!俺触ってもないから!』と言葉を綴る。
その言葉に彼女は再び真っ赤になった。

「とんだ勘違いを…すみません…」

「どっちにしろ真っ赤の状態で謝んのかよ」

なんでこんな罪悪感抱かなきゃいけないんだと頭を抱える。
周りにこんな女が居ないので調子が狂う。
だってそうだろう、基本ゴリラしかいない中に子鹿がいきなり現れたのだ。
ゴリラと命がけのやり取りの中で時々子鹿の面倒を見ている状態だ。
ソフトタッチってどうやるんだったっけ。

紙袋を恥ずかしそうに横に置く彼女をジッと見つめる。
そして再び此方に向いて笑顔で御礼を言った。
なんかもう悩むのも面倒くさいと思った銀時はゆるりと手を掴み、掌に文字を綴る。

『俺の匂いって臭い?』

「臭くないですよ?」

その言葉に彼女は直ぐに首を横に振る。
とりあえず臭くはないと。
安心した銀時はゆっくりと手を離す。

「坂田さんは…なんか。男の人の匂いの中に甘い匂いが混じってる感じです」

「何それ、臭そうなんだけど」

銀時は思わず口に出す。
神楽にも定期的に臭いと言われてるがそういう匂いのせいか、と自分の匂いをすんすんと嗅ぐ。自分では分かるはずもない。
苗字はすんすんと鼻を動かしながら銀時に少しだけ寄る。
匂いを嗅がれていることに少しだけ気まずい気持ちになる。

「この甘い匂い、いちご?
いちごだけど、なんかこう果物のいちごじゃなくて…なんかこうお菓子に使う感じの甘い匂いです。
甘いものお好きだからですかね?」

彼女は臭くないと言うだけの事はある。
自分の匂いを嗅いで笑顔でいる。
神楽だったら吐いているやもしれない。

子鹿に接するなら衛生面は大事だろう。
少なくとも子鹿に嫌な匂いと思われていないなら、それでいい。



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