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霞草




「名前ちゃんかりるわ」


無料券をひけらかせば、目の前で渋い顔をする店長。

昨日の夜、依頼が終わり汗だくの身体をシャワーで流していて突然思い出す。
以前、神楽が言っていた。
名前はパチンコ店の玉の出方が違うのが音で分かると。
そうと決まれば明日にでもと、無料券をここぞとばかりに利用して按摩店にやってきた。
店長の横に佇む名前は外に出る用意をはじめている。
どうやら普通に施術するために呼ばれたと思っているらしい。
純粋なのは良いことだ。

「万事屋ぁ…おまえ、もしかして、この子をなにかに利用する気じゃねえだろうな?」

「オイオイ、客を疑うたあどういう了見だ?
俺はただこの無料券を使いたいだけですけど?」

親代わりの勘なのか、かなり鋭い指摘をされるが、ポーカーフェイスでそれを乗り切る。
それを伝えれば店長がグッと渋い顔をさらに渋くした。
渋柿なら食べ頃だな、とニヤニヤしながら準備が出来たらしい彼女を呼ぶ。
すると声を頼りにちょこちょこと近くに寄ってきた。
声をかけて歩きだせば「なんかあったら直ぐに警察に電話するんだぞ!!」と店長が遠くから声を出してきた。
心配しなくても身体なんて触りゃしねーよ。

隣で杖を鳴らしながら歩く彼女をチラ見する。
なんて説明したもんか、とパチンコに行く口実を太陽が照りつける道を歩きながら探しはじめる。










「そういやぁ、神楽が言ってたぜ。
名前は色んな音や匂いがわかるってな」

「!、はい、目が弱いからかそれを補うためにほかのところが敏感になりました」

「へーぇ、んじゃあ今此処にある音や匂いとか判別出来んの?」

「知った場所なら直ぐに分かります」

とりあえず、彼女の実力を確かめるためにかぶき町の中でも少し騒がしい商店街にやってくる。ここならパチンコ店もあるからだ。
場所は分かるか?と聞けば彼女はすんなりと「商店街ですね」と答える。

何で分かんだ。

純粋に何故分かるか聞けば、彼女は頭の中に地図があるらしい。
知った場所、よく行く場所を地図として頭の中に記憶し、その地図を辿りながら道中の音や匂いを聞いて確認しながら歩くのだそうだ。
今回は店からの地図を辿って場所が分かったらしい。
店長から音や匂いを頼りに歩くとは聞いていたが、さらに頭の中で地図を作ってるとは思いもしなかった。
何故今までおつかい出来てたのか分からなかったが納得いった。
それじゃあ試しにと、少し商店街を進んで立ち止まる。

「んじゃあ此処何処か分かる?」

「私から向かって左側の方にお茶屋さん、右側にお魚屋さんがあります。あ、潮の匂いが強いので今日のお魚は新鮮かも」

「マジで!?そこまで分かんの!?」

こりゃあ神楽の言ってた事ガチじゃねーか。
そうと決まれば早くパチンコ店に行こうとまた再び足を進める。
パチンコ店の前に行けば、彼女はその店に顔を向けた。
ゴホンと咳払いを一つすれば、彼女はパチンコ店に向けていた目をこちらに向けた。


「此方にご用が?」

「え!!?なにが!?」

「え?違ってましたか?すみません」

「いやいやいやなんでそう思うのかなーって思っただけだから、別に他意はないからね?気にしないでよね!」

「でもパチンコ店に行くにつれて足音が少しずつ変わっていっていたので。
もしかしてパチンコ店に用事でもあるのかなぁって」


俺の逸る気持ちはどうやら身体に出ていたらしい。
ていうか足音で分かるのかよ怖いんだけど。
下手な嘘つけないんだけど。
ハンター×ハンターにいるよねこういうキャラ。
じっと見つめてくる彼女の目が少し罪悪感を呼び起こす。
やめてくれ、そんな純粋な目で俺を見ないで。
このかぶき町でなんでそんな目が出来んだよ。
ほんともうこえーよ。
汚いモン見なけりゃそりゃこうなんのかね。

「あのぉ、この店の今日の玉の出方って…その…どうなんですかね?」

観念してもうストレートに彼女にパチンコ店の玉の出方を聞く。
それを聞けば、彼女は少し目を丸くして面白そうに笑った。
やめてくんない?笑うのやめてくんない?
ひとしきり笑った後、再び此方を向いた。

「玉の出方、良いですよ」

「マジで!?どんな感じにでてる!?」

「えっ!?
えっと、いつもはジャランジャランって感じなんですけど今日はドンジャラドンジャラって感じです」

じゃらんからドンジャラって格下げじゃねーかと思ったがコレは擬音だ落ち着け。
ドンが付いていると言うことは結構出ていると思っていいだろう。
早く行きたいが、目の前の彼女を連れ出した責任もある。一旦送り届けてから行くべきか。
そんな俺の逸る気持ちを察したのか、目の前の彼女は「どうぞいってきてください、私は大丈夫なので」と朗らかに笑った。

まあ、たしかに、いつも来てる道らしいし大丈夫だろうと彼女に一言お礼を言ってパチンコ店に走り出す。
待ってろよ確変!!!!







「いや〜…名前ちゃん様々だわ」


懐があったかい。
彼此一時間半久々に玉が止まらなかった。
今日は帰りに豪華なパフェでも食って帰ろうとパチンコ店を出る。
念の為、彼女がちゃんと店に帰ってるか見に行くかとふらりと店の方へと足を向ける。
商店街を出て、閑散とした住宅街の道を歩く。
同じかぶき町なのにこうも違うもんかね、と考えながら歩き続ければ、小さな十字路に辿り着いた。
この道をこのまま進めば店まではもうすぐだ。
さっさと確認してパフェ食いに行こうと、十字路を通り過ぎる。
左側の視界の端に何かが見えた。

散乱した荷物、そこに四つん這いになる人。
見た事のある店の施術着。

銀時は慌てて駆け寄った。


「オイ!!」

「!、坂田さん?」


一時間半前に店に帰った筈の苗字がそこにいた。
頭からタオルを被り、汗ダラダラで、腕には落としたであろう小銭入れや水筒の他に細々としたものを握っている。

「おま、何でこんな事になってんだ!転けた!?どんな転け方したの!?」

「あ、なんか後ろから自転車が来てるのがわかったので少し端に寄ったんですけど、ハンドルか何かが私の荷物に引っかかってしまったみたいで…
それで転けてしまって…」

「おいおい、それ多分引ったくりじゃねーか…ロクでもねーな」

財布がある事から、恐らく荷物が散乱したのに焦った犯人は逃げ出したのだろう。
良く見れば肘や膝を擦りむいて血が出ている。
何故電話で新八か神楽を呼ばなかったのかと言おうとしたが、腕の中にはスマホを持っておらず、周りを見れば、彼女とは正反対の電信柱の陰に転がっている。
そこには杖もあって、人が呼べないのも無理は無いとそれを拾った。
この暑さの中、手探りで荷物を集めていたらしい。
色んな所に散らばっている荷物、中には彼女のポイントカードも落ちていた。
銀時は散らばっている荷物を集めて、手提げ袋の中に全て入れてやる。
そして杖と一緒に彼女に渡した。

「オイ、立てるか?」

「はい、すみません、またご迷惑を」

「んなもん感じてねえよ。
連れ出したのは俺だろーが。
てか、エコーロケーションで荷物拾えなかったのか?」

「まだ練習中なので…小さい物の反響音は分かりづらくって…」

彼女の手を掴み、ゆっくり立たせる。
ゆっくり手が離れ、彼女は膝から血が流れているのを感じたのか、手さげ袋の中からハンカチを探し出し服を捲り、血を拭いた。
俺がハンカチなんて持っているわけもないのでそれを見つめる。
このまま店に真っ直ぐ帰って治療した方が良いなと、銀時は告げた。
しかし、彼女は返事はするが動き出さず、銀時は膝そんなに痛いのかと眉を潜めて見つめる。

「あの、どっちですか?」

「?、いや、道分かるだろ?」

「転けた時に進行方向が分からなくなってしまって、今何処にいるか分からないんです」

銀時は言葉が出なかった。

彼女にとって道で転けるという事だけでもそれは致命的なのだ。
地図から少しそれてしまえば、動けなくなる。
見える筈のものが、見えなくなる。
たった1メートル先に店までの道はあるのに。
普通に道を歩くのもそれに合わせて耳が良いのも鼻が良いのも、それは彼女自身の努力と知識の賜物で、外部から少し手を加えるだけでそれは簡単に壊れてしまう。

軽く見ていた。
彼女の生きる術を。
銀時は「悪ィな」と一言告げて、彼女の手を取る。
そしてゆっくり歩く。
彼女は安心したようにそれに付いていく。







「あだだだだだ!!!悪かった!!悪かったっつってんだろクソジジイ!!!!」

「悪かったじゃねーんだよ、やっぱりお前あの子利用してパチンコ行ったんじゃねーか」

「そっち!?そっちに怒ってんの!!??
あ゛ーーーーーーーっ!!!!」


ボキボキと変な音がひと通り鳴って、店長が銀時の上から退いた。
ベッドで死んだように白目で横たわる銀時の頭を最後に叩いて店長は受付へと戻る。
あれから汗だくで怪我をした状態で帰ってきた彼女を見て店長は読んでいた本を地面に落とした。
彼女の手を握っていた銀時はその様子に顔を引きつらせた。
店長がとりあえず先に水分とシャワー浴びて来いと告げて、彼女は一礼して裏へと消える。
そして銀時から事情を聞いて今に至る。

「あの子の耳と鼻はあの子が生きるために必要なモンだ。
それをテメーの薄汚え欲望に利用した事に腹立ってんだよ俺ァ」

「…そこはよーく分かったわ、俺も」

「あの子が地べた這いずってんの見てやっと分かったのか、この馬鹿パーマめ」

「馬鹿パーマってなに」

「仕方のねぇこった。
生きてりゃ荷物が散乱したりする事もあるわな。
滅多にねぇが、良い経験にはなったろうよ。
そこに人が居なけりゃ自分でやるしかねぇ、人が呼べなけりゃ自分で切り抜けるしかねぇ」

落ちた本を拾い、それについた埃をはらいながら店長が言う。
冷たいように聞こえるが、それは店長の言う通りで。
頼れる者がいないなら自分でやるしかない。
自分ですべてやるしかない。
彼女にはそれが普通の事だ。

それでも、やはり心配なのだ。
頼れるものがいないのは。

(ポイントカードはそう言う事か)

銀時はゆっくりとベッドから立ち上がり頭をかく。
そして受付に近寄った。
彼女の手荷物の中からポイントカードを取り出す。
店長はそれをジッと見つめる。
銀時は受付にあるペンを拝借し、ポイントカードに「坂田」と自分の名前を書き込んだ。

「おらよ、クソジジイ」

受付にべしんと乱暴に置いて、銀時は店を後にする。
店長はポイントカードを開く。
そしてケラケラと笑った。

「随分汚ねぇ"馴染みの店"だなぁ」




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