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「…はあ」

今日も今日とてトイレ掃除。
私本当にトイレ掃除しかしていないけれど大丈夫なのだろうか。
皐月様より降された期限まで後2日。
来る日も来る日もトイレ掃除で、私は本当に不安しかない。
こんなので契約取れるんだろうか。

溜息ばかりついても仕方ない。

今は与えられた仕事だけをやろう。

それにしても昨日は散々だった。
死にかけるし、仕事倍になるし、四天王様怖いし。

まだ身体中が痛む。
でもまあ動かせない事はないし、仕事にも支障はない。


もう二度とあんな目にあわないようにしよう。






8







「やあ、調子はどうだい?」


いきなり声をかけられ身体が跳ねる。
声で誰か分かり、身体を強張らせながら恐る恐る声のした方へと身体を向けた。

そこには案の定イケメン先生。

やあ、と軽く手を上げられる。
格好はイケメンモードではないみたいで、少し安心した。
学校では、その格好なんだったね。

しかし、裸を見られている相手。
あの時と姿は違えども事実には変わりないので無償に恥ずかしくなって、思わず顔を伏せる。
目を瞑れば思い出すあの恥辱。
しかし、死にかけた私を介抱してくれたのも事実。
それに対してはちゃんとお礼を言わなければ。

顔を少しだけ上げて、相手の様子を伺いながら口をゆっくり開く。
先生は、口元を緩め私からの言葉を待ってくれているようだ。


「あ、えと、お陰様で。昨日は、ありがとうございました」

「いや、いいんだよ〜。困った時はお互い様というだろう」


この時の先生はゆったりしていて凄く好感が持てるのだが、イケメンモードになるといろんな意味で見てられない。
ここまでギャップを作り出せる人って中々いないように思う。
これでもう少し雄っぱいがあれば私は発狂していただろう。

私の言葉を聞いた後に先生はニヘラと微笑んでくれた。
それに、恥ずかしくなって思わず顔を伏せる。
イケメンモードでなくても、やはり私のような汚い人間を見せるのは抵抗がある。あまり顔を合わせないようにせねば。
私がそう思い、顔を伏せ相手の出方を待っていると、先生はテコテコと私に近寄ってきた。
思わず、どうかしたのか、と思い恐る恐る顔を上げれば「ゴミがついてるから取ってあげようと思ってね」と返された。
よく、私の言いたい事が分かったものだ。
しかし、ゴミとは。
指摘してくだされば自分でも取れるのだが。
そう伝えようと思ったが、先生はすでに近くまで来ていて、伝える以前に私は顔を見せない事を最優先に動いてしまった。


「よいしょっと」


先生が手を伸ばして私の頭に触れる。
ぽふんと頭を一撫でされた後、その手は直ぐに肩を一撫でしてきた。
そして、手は止まる事なく私の頬へ。

ゴミを取るだけと思っていたがまさかの動作に驚いた。
固まって動かない私を他所に、先生の手は頬を軽く一撫でして戻っていった。
思わず身体が震えた。


「そういえば、自己紹介がまだだったよねぇ、僕の名前は美木杉愛九郎」

「あ、え、私は、苗字名前です」


自己紹介をした後、相手は「そうか」と呟いてニヘラと一笑いし、取ってくれた埃をご丁寧に見せた後、ヒラヒラと手を振りながら帰って行った。
勿論、私から出た埃のためちゃんと回収した。
てこてこと背中が丸くなった先生は立ち去る。私はその背中をほうけた顔で見つめるしかなかった。

い、一体、なんだったんだ…。







バラバラにはならず、か。

自分の服をチラ見して美木杉は考える。
あの時たまたま服に寿命がきていたのか?いや、そんな筈はない。それはあり得ない。

「触れたから服が壊れた」のだと一つの仮説を立てた。

何故ならばあの時もそうだったからだ。
だから彼女に近付き、触れた。

しかし案の定仮説は崩れた。
それは当然だ。だったらあの時彼女を運ぶ段階で既に僕の服はバラバラになっていたはずだ。

そう、あの時の全ての条件が二つほど見たせていない。


@彼女はあの時、全裸だった。

そう、全裸。
それは僕達裸のヌーディストにとっての戦闘服。

A彼女が僕の服に触れていない。

先程もそうだが僕が彼女に触っただけで、彼女は僕に触っていない。
正しくは、僕の服に、だが。


「やれやれ…どうやって試すべきか…」

ボサボサの頭を掻きながら誰にも気付かれないよう、一人呟いた。









「体育館が騒がしいな」


放課後。
トイレ掃除も一通り終わり、
出てきた大量のゴミを焼却炉へと運ぶ際に気付いた。

やたら生徒が少ないと思ったら、体育館の方が騒がしいではないか。

掃除も一区切りついたし、ちょっと覗いてみる。

忍び足で体育館へと向かい、全開の体育館の入り口から顔を覗かせる。
目の前が人で溢れて良く見えない。

何をしているんだろうか。
運動会の練習でもしているのだろうか。
それにしてはとても静かだが。
ゴミ袋を握りしめ、見えないこの状況にため息をつき、諦めて掃除へ戻ろうとした瞬間、声が響いた。



「極制服を切り裂く片裁ち鋏も!当たらなければ胴ということはない!」

「ぐはっ!!」


一瞬にして生徒の波がモーゼの様に分かれる。
生徒がいたであろう場所にはエロい格好をしてボロボロになった流子ちゃん。更にその先には良く分からないロボット。
一瞬にして血の気が引いた。

な、なんだあのロボットは!

思わず持っていたゴミ袋を両手で抱きしめる。
昨日知り合ったばかりの女の子が破廉恥な格好でボロボロになりながらロボットと戦っているのだ。

どうしたらいいか分からず、私はその場に固まった。
傷だらけの流子ちゃんに声をかけてあげるべきか否か。


「おいおい、これで終わりか!?随分と呆気ないじゃないか!」


私が迷っていると、中にいるロボットから聞き覚えのある声。
そう、この声は昨日聞いた。

この声は緑頭の四天王ではないか。
あの人またロボット乗ってるのか、と頭の中にいろいろなシーンが巡るが、これは別のアニメであり、中の人のネタなのであまり深くは突っ込まないでおく。


生身の流子ちゃんに対して相手はロボットだなんて。
確か流子ちゃんの服は生命繊維とやらがふんだんに使われていて強いハズだが、事情をあまり知らない私から見れば、外面的に今の状況はだだの一方的なイジメにしか見えないワケで。

ボロボロの流子ちゃんに容赦無く竹刀が降り注ぐ。
思わず目を瞑ってしまいたくなった。
でも、沢山の竹刀を目の前にしても流子ちゃんは立ち上がり相手を見据える。
ボロボロになってもどんなに不利でもただひたすらに相手を見るその姿勢はとても格好良かった。
強い相手に対して直ぐに這いつくばる私と違って、とても輝いていた。

強い人は、こんなにも眩しいのか。

自分との圧倒的な差に劣等感を感じ、顔を伏せる。
彼女は立ち向かうための武器を持つのに対して、私が持つのはゴミ袋。
何故こんなにも差があるのだろう。

そんな劣等感に苛まれていれば、突然蟇郡さんの怒声が耳を貫いた。
意識を現実に戻せば、いつの間にか試合は終わっていて、緑頭の四天王は何故か全裸になっていた。
思わず目を伏せる。

しかし、こんな近くに蟇郡さんがいらっしゃるのだから、雄っぱいを見ないワケにはいかないと思い、何とか顔を上げて蟇郡さんの方を見る。
先程のネガティブな思考は何処へやら。
私の思考は一気に蟇郡さんのお身体に支配されていた。
悲しきかなヲタクの性よ。

しかし、いつ見てもヤバイ!逞しい豊かな雄っぱいだ!

蟇郡さんの雄っぱいに元気を補充した私は、ゴミ袋を再び強く抱きしめ、焼却炉へと足早に急いだ。




「あら、あのバイト、生きてたのね」

「おや、知らなかったのかい?反制服ゲリラにぶっ飛ばされながらも、ちゃんとその日の内に帰って来て仕事をしていたようだよ」

「ほう、中々に根性があるではないか」

「ま、バイトの事なんてどーでもいいのよ。問題は山猿さんでしょー?四天王欠けちゃうのかしら?」

「そうだね、我等が四天王、負けは許されない」

「それは皐月様がお決めになられること!後は、猿投山の覚悟次第だ!」




焼却炉にゴミを捨てる。
さて、今日はもう帰るだけ。

ルンルン気分で歩いていれば、遠くから先輩が私を見つけて笑顔で手招く。
明らかに仕事を押し付けられる。
そう分かっていながらも、何も言えず逆らえず、私は犬のように先輩に駆け寄った。

私は流子ちゃんのように立ち向かうのは
無理みたいだ。







「…はあ、今日は早く帰れると思ったのに…」


太陽はすっかり姿を隠し、
月も出ていない。
むしろ天候は最悪で、一雨きそうな雲行きだ。

昨日に引き続き残業している私の掃除場所は最上階の廊下。
どうやらここは四天王や皐月様も良く通られる場所らしく、心無しか緊張して心に余裕がない。

一階と比べてかなり綺麗に清掃されてはいる。既に綺麗な状態から更に綺麗にするのは中々根気がいる。

先輩方もサボりたくなるわけだ。

バケツに入れた水の中に雑巾を入れ、軽く洗う。
最近髪が長すぎてよくバケツに浸る事があるため、気を使いながら洗い終わり、軽く廊下を拭いた。
やはり、他の場所より汚れは少なく、これならば早く片付きそうだと一息ついた。

夜の校舎は昨日の今日のためか全然怖くない。
何より、蟇郡さんの雄っぱいを拝見出来たのだ。私に怖いものなんてない。

瞬間ピシャッと外が光る。
稲光が走り雨をもたらした。
いきなりの音と光に身体が跳ねた。

全然怖くない。
全然怖くないよ。
雄っぱいパワーがあるからね。

そう言い聞かせ雑巾で廊下を拭く。
掃除に集中すれば雷などきっと気にしなくなるはず。
一心不乱に浸すら雑巾で廊下を拭く。

再び閃光。

先程とは違う点が一つ。

自分のとは違う人影が、私を覆っていた。



「ひ、ひぃい!!」


「…」


慌ててデッキブラシを構えて影の原因と向き合えば、それは昨日と同じ人物。
緑髪の四天王がそこにいた。
何故、昨日に引き続き。

再び閃光が走り、相手の様子がハッキリ見えた。

身体が包帯まみれ。
怪我でボロボロだった。

瞬間、今日の流子ちゃんとの戦いでついた傷か、と認識した。
身体を覆う包帯が戦いの酷さを物語っていた。
見ているだけでとても痛々しい。


「…なにをしてる」

「っ、あ、えと、掃除で、す」


とても冷たい声だと感じた。
昨日と雰囲気が全然違う。
肌を刺す昨日の空気とは別に、そこに更に重い鉛がのしかかったような。
それが空気を通して私に伝わる。

鳥肌が立った。
目の前にいる相手がとても怖く、固まってしまった。
恐らく、流子ちゃんに負けたが故のこの雰囲気なのだろう。
それ程、ショックな事だったのだろうか。

こういう時に、なんて声をかけたらいいのだろう。励ましの言葉が見つからない。
インドアの人間には、体育会系のノリが全く分からない。

気のきいた言葉も浮かばず、重苦しい雰囲気にも耐えきれず、思わず下を向いた。

それを見た四天王はふいっと身体を背けて足を進める。

なにか言わねば。
気の利いた事を言わねば。



「あ、あの!」



精一杯の勇気を出して張り上げた声は届かず、相手の足は止まらない。

私の勇気は一瞬にして跳ね除けられ、無残な結果となった。
どうしたら良いか分からず、次の言葉を考える。
そもそも、何故声を掛けようとしているのだろう。立ち去ってくれるならそれに越した事はないじゃないか。

伏せていた顔を上げれば、相手は階段を登るのか角に差し掛かろうとした所で身体が曲がる。



「纏さん強かったですね」




思わず出た言葉。

自分でも驚いた。そして呆れた。
なんで相手の傷口に塩を塗るような言葉が咄嗟に出てくるんだ。
一種の才能だ。

しかし、その言葉のおかげか相手はピタリと足を止めた。
顔が見えず機嫌が伺えない。



「……貴様、俺を馬鹿にしてるのか」



怒っていらっしゃる。


当たり前だ。
普通に考えれば分かる事。あそこでかけるべき言葉は「お疲れ様」や「身体を休めてください」といった労いの言葉。
何故、負けた相手に勝った相手の事褒めたのだろう。
今はその相手の名前なんて聞きたくないはずだ。
しかし、それのおかげで相手が歩を止めたのも事実。

何故止めたのだろう。
痛々しい相手の姿を見て、何か楽になる声をかけねばと、とっさに口が動いたのだ。
自分のなんと八方美人な事。
苦手な相手にでさえ愛想を振りまくだなんて。
その愛想が今は全てから回っているが。

引き止めた言葉の次を探す。
止まったまま動かない相手を見つめた。



「えー、その、あの…
貴方も、強くなってください」




静寂が走った。
そして外から聞こえ出した雨の音。

バタバタと窓を激しく打ち、一瞬で静寂を消した。


ああ、最低だ。

負けた相手に何故鞭打つような言葉を選んだのだろう。
何とかして最初の言葉をフォローしようとしたのが間違いなのだ。
八方美人もここまで行けば害悪だ。

冷や汗が止まらない。
なんて失礼かつ偉そうな事を言ってしまったのだろうか。
今度こそ殴られる。今度こそボコボコにされる。

謝ろう。
まずは謝ろう。
そうすれば少し罪が軽くなるかもしれない。


「あ、あの…」

「くっ…くくっ」



え?

謝ろうと思って土下座を決めた瞬間、相手から聞こえてきたのは笑い声。
思わず相手を見つめる。

今の失礼な発言のどこに笑う要素があったのだろう。
高校生は多感で繊細でさっぱり分からない。

相手は笑い終わり、少しだけ顔を此方に向けた。
暗くて良く分からないが何となしに顔のパーツは見える。

その顔は笑っていた。

そして唇が動く。




「ありがとよ」




雨よりも小さい声なのに、その声は何故か私にまで届いた。
その声色は先程までのトゲトゲした重いものではなく、実に楽しそうな、軽快なものだった。

そして相手は階段を登り、暗闇へと姿を消した。

私の言葉の何処に彼を笑わせる要素があったのか、お礼を言わせる要素があったのか、全く分からない。

今、分かったのは、相手は怒っていないという事だけ。

一気に気持ちが楽になり、私はその場に寝転ぶ。

八方美人も大概にしなくてはならない。

溜息を一つ吐いて、私は暫く天井のシミを数えていた。



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