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「理不尽だ。絶対理不尽だ」


壁掃除なう。
時間は現在夜の8時。
もちろんあれから先輩に仕事を倍押し付けられ、トイレだけではなく一階の廊下の壁の清掃も言いつけられた。
一階の大きさを分かっての所業なのだろうか。

終わるまで帰れない。
お腹すいた。身体中痛いし、力もなかなか入りにくい。
踏んだり蹴ったりとはこの事だ。
また再びため息を一つ。
大きくため息をついたところで、周りに反響して自分に返ってくるだけ。
これはまた寂しい。

ゴッシゴッシとたわしで壁を擦る。
あれよあれよと汚れは落ちていき本来あるべき色が壁に戻ってきた。

ああ、綺麗だな。

校舎はすっかり暗くなり生徒も誰一人見当たらない。
夜の学校って本当何故こんなに恐怖心を煽るんだろう。不思議だ。
実は今とても怖い。
幽霊だのそんな類いのものは信じてはいないのだが、誰もいない学校というのは何故こんなにも恐怖心を掻き立てる物なのか。

慌てて首を振り、壁に向き合う。
怖いと思うから怖いのだ。
怖い事を考えないようにせねば。

たわしで擦ったところを雑巾で拭く。
綺麗な壁が目の前に現れ一息。

カツン

音が鳴った。
自分ではない何かの音が鳴った。
恐らく、自分が無意識にバケツに当たったのだろうと言い聞かせ掃除を続ける。

カツン、カツン

また音が鳴った。
今度は一度ではない。二度も。
良く聞けば音は段々と大きくなってきている。

近づいている。

そう気づいた私は慌てて掃除道具を掻き集める。

お、オバケじゃない!きっとオバケなんかじゃない!!人だよ!人!まだ学生がいたんだよ!

手が震えて掃除道具がなかなか持てない。いつもならサッと持てるのに。

カツン、カツン、カツン、カツン

音は間近まで差し迫っていた。
ああ、もう無理だ。
そう思った私は思わずデッキブラシを構えた。




「…。何してんだ?お前」

「…そ、掃除です。」




現れたのは緑頭の四天王様。
問われた内容に私はデッキブラシを背中に隠し咄嗟に土下座してそう答えるしかなかった。






7






「…あの、その」

「なんだ」


さっきから何で真後ろにいるんですか。この人は。
掃除見張られてる?今日サボってしまったから?
なんにせよ緊張して全然はかどらないんですけども。
私みたいな汚いもの見て楽しいのだろうか。掃除をしているから自分の姿も隠せないし、本当こんな汚い格好で恥ずかしい。

オバケじゃないと分かり一安心して、
先程の無礼を土下座で詫びたにも関わらず、何故この方は帰られないのか。
もしかして、怒っていらっしゃるのだろうか。

なんとかして相手の雰囲気を読み取ろうとするけれど、コミュ障の私にそんなスキルがあるわけでもなく。
かと言ってひたすらに後ろから感じる視線に耐え切れる訳もなく。

私は覚悟を決めた。



「あ、あの、すみません、な、何故後ろに…?」

「それをお前に話す義理はねぇよ」




ですよねー!すみませんでした!

玉砕とはこの事。
清水の舞台から飛び降りる気持ちで聞いた私の質問は綺麗に一刀両断され、
私の心は潰れた。
なるべく後ろを向かないようにしてお伺いすればコンマ一秒のこの返し。

怖いよ。
絶対ヤンキーだよ。
睨み方が違うもの。睨むっていうよりメンチきってるもの。

掃除はもうすぐ終わるけれど、それまでいるつもりだろうか。
何故?

もしかして、私が帰るのを待ってるのか。

それもそうだ。
考えたら私は本能字学園の部外者。
部外者が校内にいるなんて生徒会の人からしたら放っておけない。

この方は四天王。
学校の治安維持のために働いてる人だ。
私を見張るのは納得出来る。

もしこれが風紀部の蟇郡さんだったらきっと思い切り怒鳴られているだろう。
怒鳴られたとしても雄っぱいに釘付けなのだろうけれども。


「…お前」

「は、はい!?」

「今日、反制服ゲリラの奴にぶっ飛ばされたって聞いてたが…本当か?」


蟇郡さんの雄っぱいに思いを馳せていれば後ろから声。
いきなりの呼びかけに思い切り肩を跳ねさせ思わず土下座して振り返った。
土下座も手慣れたもので、今では一瞬で地面に這い蹲れる。経験はものを言うものだ。

緑髪の四天王から出た言葉を
ひたすら頭に反復させて、思いあたる人物を総動員する。

反制服ゲリラ?
もしかして、タオルをくれたあの人の事だろうか。
とりあえず、肯定の意味を込めて頷く。
この質問の意味がまったく汲み取れない。


「なるほどな。それで絆創膏まみれなワケか。ぶっ飛ばされた後に仕事復帰とは中々やるじゃねぇか」


フン、と笑う面白そうな声が聞こえた。

多分、この方はぶっ飛ばされたの意味をはき違えていらっしゃる。

私は文字通りぶっ飛ばされて空を飛んで水に叩きつけられたワケだけれども、この人は喧嘩的な意味でぶっ飛ばされた、と汲み取っていらっしゃるのではないだろうか。

根っからのヤンキーだと改めて認識した。

かと言って、私なんぞが訂正できるワケもなくひたすらに土下座しっぱなし。

私は早く掃除を続けたいのだが、そういう訳にもいかない。
この人が帰るまで私は掃除に集中できない。
どうやら質問はまだ続くらしく、カツンと靴の音がした。
その音は段々と近づき、土下座している私の目の前で止まる。
冷や汗がぶあっと出たのを感じた。

何故なら、彼の空気が一瞬にして変わったのだ。
それは、土下座して彼の姿が見えない私にも分かる程の変わりようで、ツクツクと刺すような空気に私の肌は一気に泡立った。



「…後、お前、纏とも話してたそうだな。…友達か何かか?」

「め、滅相もない!か、彼女は私を助けてくれただけで、自己紹介ぐらいしかやり取りしてないです!」


忘れていた。
流子ちゃんはこの人にとって敵だった。

一瞬頭の中にフラッシュバックしたのは流子ちゃんと知り合いというだけで、人間天ぷらにされそうになったマコちゃんの姿。
唯一話したというだけで、あの仕打ちを受けるのだ。

ここで友達と認めて、私がマコちゃんのようなって、流子ちゃんが助けに来てくれる。
この保証が何処にある。
あくまで自己紹介を済ました程度で友達だなんて甚だしい。

慌てて否定の言葉を述べた私に刺さる空気は変わらない。

竹刀がドンッと目の前の床を叩く。

恐怖で身体が跳ねた。
怖い。怖い。怖い。

竹刀が土下座している私の腕の隙間をぬって私の顔を叩く。
竹刀の先が頬をつたい、そして切っ先が顎を持ち上げた。

強制的に私の土下座は解除される。

ボサボサで伸びまくった髪の隙間から相手を見る。
相手は無表情で私を見下した後しゃがんだ。
所謂ヤンキー座りだ。




「前々から思ってたんだが…」

「は、はい…いだっ」



ぐいっと髪を鷲掴みにされる。
手入れも何もしていない髪が絡まりまくって痛さが倍増される。
目にかかっていた前髪がのいて視界がクリアになった。
相手の顔がよりくっきり見える。
いつの間にか私を刺す空気はなくなり、目の前には眉間に皺を寄せた緑頭の四天王の姿。



「前髪が邪魔くせぇ、こんなんじゃ戦えねぇだろ」

「っ、あだだだ、いだい!」


垂れ目の大きくて真っ直ぐな目が私を捉えたかと思うと、彼の手は私の前髪を鷲掴み思い切り上に上げてきた。
その力は容赦がない。

この人は私をなんだと思ってるんだ。
相手の口から出た言葉の限りでは、私はどうやら本当に紬さんと一戦やらかしたと勘違いしているようで。
否定したくても髪の毛の痛みでそれどころではない。そうでなくとも否定など出来ないのだろうが。

絡まって痛い髪の毛を掴んだまま、相手は私の顔をジッと見る。
今涙目で顔きっとぐしゃぐしゃで不細工だ。
目と目が合ったかと思えば相手はフッと笑って手を離した。
いきなりの事に床でおでこをぶつける。
もう今日は散々だ。



「さて、と、俺は帰る」


「え、は!?」



なんだこの人!情緒不安定か!
というか、さっき人の顔見て笑いやがった!

打ったおでこを何度か撫でて、慌ててめちゃくちゃにされた髪の毛を整えようと手を触れる。
触れただけで分かってしまったその形に、私は言葉を失った。

髪の毛が某戦闘民族みたいになっている。
今なら怒りやらいろいろ合間って光線打てそうな気がする。

一生懸命髪の毛を直していると、カツンと靴の音が響いた。
そちらに目を向ければ、私に失礼な事をした張本人は背中を向けて歩きだしている所だった。

思わず、背中に向けて舌を突き出し精一杯の抵抗をした。
所謂あっかんべーだ。


「テメーはまだ帰るんじゃねぇぞ!仕事終わってねぇんだろ!」


私の姿が見えているのかでも言うようなタイミングで声を張り上げられる。
いきなりの事に思わず舌を噛み、痛みに蹲った。

誰のせいで仕事滞ってると思ってるんだ。

そう叫んでやりたかったが私にそんな根性はなくて素直に頷くだけ。
数十分にして私に苦手意識を植え付けた四天王は優雅に服をはためかせながら帰って行った。


私のこの怒りを何処にぶつければ良いのか。
頭は痛い、舌も痛い、おでこも痛い。
一応女なのだ。
首から上にかけてを負傷するとは何事だ。
相手も私が女と分かっていてこの仕打ちなのだろうか。
いや、もしかしたら分かっていなかったかもしれない。
何せこの汚い格好だ。
この年の女の子ならば髪の毛も艶やかで服も着飾って、お洒落にしているのが普通。
それに比べて私ときたら。

はあ、とため息が漏れた。

先程の怒りは何処へやら。
すっかり意気消沈してしまった私はたわしを握り、再び掃除に戻った。

磨くたび綺麗になる壁と、自分との差に呆れ、ため息は止まる事はなかった。









「まだ掃除してやがったとはな…」


貸し切り状態のロープウェイに乗り、遠のいていく本能字学園を見ながら呟く。

纏との決戦の許可を得た帰りに、まさか会うとはな。

感情が、闘争心が、昂ぶっていた。
強い奴と戦える。
それを考えただけで、俺の竹刀は疼いた。
この昂ぶった状態で今日は寝れんのか、とか考えながら歩いていれば、一階の廊下の片隅に奴はいた。

俺の殺気のせいなのか、よく分からねぇがデッキブラシを構えてやがった。
大方俺を変質者か何かと勘違いしたんだろう。

まあ、そんなことはどうでもいい。

間近で仕事振りを見れる良い機会だと思って暫く奴を観察することにした。
完璧に仕事をこなすっつーから何か裏技でも使ってるのかと思いきや何のことはねえ。
ひたすらに真っ直ぐ汚れと向き合ってるだけだった。

しかし、見れば見るほどコイツは汚ぇ格好してんだな。
蛇崩が同じ女として呆れるのも頷ける。
髪はボサボサで伸びっぱなし。
目は髪で見えやしねぇ。
身体中も絆創膏だらけ。
まあ、絆創膏は今日の反制服ゲリラと戦りあったせいかもしれねぇが。

本当にこいつ、女として大丈夫なのか。


彼女に関わる全てのものは「元から存在しない」。


ふと犬牟田さんの言葉がよぎった。

その犬牟田さんから今日の監視カメラで纏と仲良さげに話していたと聞いたから、友達か確認すれば、否定の解答。
友達もいねぇのか、と変な同情をした。

俺には家族もいるし、北関東の舎弟共、友達とは言えねぇが同じ志の同僚はいる。

しかし、こいつには何もいねぇのか。

もし、俺がこいつと同じ立場だったら、どうしてたろう。

こいつみてぇに生きれたろうか。




「…阿呆らしい。皐月様に会えない運命なんて俺にはありえねぇ」



俺は生徒会四天王運動部統括委員長猿投山渦だ。
俺は強ぇ奴と戦えればそれで良い。


瞬間、何故かあいつの情けない面が頭にポンと浮かんだ。
思わずふっと笑いが込み上げる。

あの顔は中々だったな。

くっくっと声を抑えて笑う。

ふと、気づいた。



「そういやぁ…」



あの溢れんばかりの闘争心が、いつの間にやら消えている。

ロープウェイの椅子に寝転がり頭の後ろに腕を組んで、今度は力なく笑う。



「今日はよく寝れそうだ」





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