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「やー…流子ちゃんが来てから騒がしいなぁ、本当…ふふ、おかげで掃除が、追いつかねぇ!!ガッデム!」



ビタンッと雑巾を床に投げつける。
納期まで後、3日。

今日も今日とてトイレの掃除。
溜息とか呆れとかじゃなくて怒りが湧いた。

早朝掃除の次はトイレ掃除のパターンもういいよ。
私いよいよトイレに住めって言われるレベルだよ。花子さんもビックリだよ。

私トイレ掃除ばかりしてて大丈夫なんだろうか。
心なしか先輩達がやった場所全然綺麗になってない気がするのだけど。

チラリとトイレから廊下を見る。
よく見れば隅には埃、壁には汚れ。
皐月様から言われた意味を本当に理解した上でのこの掃除なのか、私には理解出来ない。

とりあえず廊下の気が付いた埃と汚れを綺麗にし、再びトイレ掃除にとりかかる。
今日も男子トイレは汚い。
何故狙いが定まらないのか。
溜息をついて便器をゴシゴシでこする。
瞬く間に綺麗になる陶器にホッと胸を撫で下ろす。

途端に響き渡る轟音。

慣れたもので私はゆっくり顔を上げた。
また流子ちゃんが暴れているのだろう。掃除する此方の身にもなってほしい。

立て続けに轟音は鳴り響き、天井からパラパラと砂が落ちてくる。

え、なにこれ、怖いんだけど。

轟音は上から。
顔を上げればパラパラと粉雪のように砂埃が私の顔に降り注ぐ。
口に入りそうになり慌てて下を向いた。

下を向けばなんということでしょう。

せっかく綺麗にした床が砂埃で茶色く染まっているではありませんか。

そして、私の中で何かが音を立てて切れた。






5








「服を脱げ」



あ、ダメだ。これ邪魔しちゃいけないやつだ。

先程の怒りはどこへやら、私は轟音の原因が起きていたトイレの外で固まっています。
だってこれ私絶対出しゃばったらいけないやつだよ。絶対。

しかも良く見ればガチムチではないですか!美味しい!ガチムチ美味しい!!ガチムチ美味しい!!でも流子ちゃんに服を脱げって言ってるけど変態なのかな!?変態さんなのかな!?
でもガチムチだったら許されるよ!

なんで私二話の途中までしか見てないんだろう。もう誰かわかんないよ。


文句を言いに上の階のトイレへ向かえば、中は修羅場だった。
慌てて外に出て、頭を冷静にし再びコッソリと中を見ればそこにはガチムチが居たワケである。
もちろん興奮した私は叫びそうになるのを抑えこのパッションを心の叫びに変換した。
体操座りをして膝に顔を埋めて興奮を抑える。
鼻息荒すぎてとても自分が気持ち悪い。
興奮もやっと収まり、ふと顔を上げた。

瞬間、視界を占めたのは、茶髪のまん丸ヘアーのど天然少女。
満艦飾マコ。
その人だった。

!!ま、マコちゃんかわっ!!かわいいっ!!な、なにあのクリクリお目々!!あのおっぱい!!
すごく可愛い!!

再び荒くなった鼻息とパッションを抑えるため再び体操座りをして膝に顔を埋める。

興奮で今度は震えてきた。
ヲタクから漫画とかアニメとかを断食させた上で、たまにこういった餌を与えるとこういう禁断症状が出るんだね。
よく理解しました。

なかなか収まらない震えをなんとか抑えようと深呼吸を始めた時に、頭上から声が聞こえた。


「そこで何をしてるわけ?」


ビクッと身体が跳ねる。
この声は聞いた事がある。
確か、四天王の一人…!!蛇の女の子!

一瞬にして興奮は収まり、一気に血の気が引いた。
そして、慌てて土下座。
こんな小さくて可愛い子に私みたいな汚いのをあまり視界に入れちゃいけない。


「…汚い格好ね。同じ女として恥ずかしいわ」

「ご、ごめんな、さい」


びくん、と身体が跳ねた。
やっぱり私みたいな汚い格好の人間視界に入れたらダメだった。
なんとかして、彼女の前から立ち去りたいが、この汚い顔を見せるのも気が引ける。

なんとかして、視界に入らないよう立ち去る方法を考えるが、全く浮かばない。
土下座のままグルグルと考えていれば、コツリと靴が品良く鳴ったのが聞こえた。


「震えるくらい怖いならさっさとそこをどきなさい、邪魔なのよ。死にたいのなら話は別だけど?」

「はいいっ!」


あまり感情のない言葉に、また頭の血の気がサッと引いた。

慌てて立ち上がる。
途端、クラリと視界が歪み足に力が入らなくなった。
土下座で頭を下げた所から一気に頭を上げたからか、と変に冷静な分析をした私は、なんとか踏ん張ろうとした足が縺れて、蛇の女の子を押し退けトイレの中に倒れ込んでしまった。

カチャンと倒れこんだ先から何かが落ちた音。

目線だけを向ければ、そこには手榴弾みたいなもの。
ヤバイと思って一瞬顔を上げた瞬間、身体がブワッと持ち上がった。

爆風が私の身体を吹き飛ばし、気付けば私は空を飛んでいた。
後ろで響く「ちょ!?」と蛇の女の子の可愛らしい声。

頭に駆け巡る走馬灯。
懐かしい思い出ばかりが頭をよぎる。

爆風のせいで身体全体が痛い。
ガラスも所々刺さってる。

保険に入ってないのに怪我してしまった。
お金どうしよう。
私このまま死ぬのかな。

瞬間、全身が冷たいものに覆われる。
それが水だと気付き、あまりの冷たさに失いかけていた意識が覚醒した。

「生きる」と決めたんだ。

水面に向かって手を伸ばせば、その手を何かに掴まれ引き上げられた。



「っ、は!げほっ!げほっ!」


「おやおや、これはこれは…。紬。お前、一般人を巻き込んだらダメじゃないか」

「…何だそいつは」

「んー、お掃除屋さん、かな。
大丈夫かい、ゆっくり息を吸って」


引き上げられ、視界が眩しい。
意識半分の中、引き上げてくれた相手を見れば、それはトイレで出会った先生だった。

びしょびしょの私の背中をイケメンモードの先生が優しく撫でる。
冷えた身体に人肌がとても暖かい。

私の一張羅がびしょびしょだ。
仕事も放って出て来てしまった。
ヤバイ、怒られる。怒られるどころの話じゃない。殺される。

涙が溢れて止まらない。

今死にかけたという事実。
両肩をグッと抱き寄せる。
震えが止まらない。

むしろ、本来なら死んでいただろう。
しかし、ここがアニメの世界だからなのか、私はこうして生きてる。
怪我もあの爆発でこれだけで済んだと考えれば、この世界にいることを初めて感謝した。

「生きる」事を諦めかけた。

これが、「死」に対する恐怖か。
宙を舞う中、半ば諦めにも似たその感情は認め難いもの。
「生」が遠のくあの感覚。
思い出して、再び身体が震えた。

私はびしょびしょでボロボロの身体に鞭打って立ちあがり、涙でぐちゃぐちゃで不細工の顔を上げて、紬と呼ばれた相手を睨む。

そして、ビンタした。



「…いきなり、平手打ちとは。とんだご挨拶だな」


それは全く力のないビンタ。
しかし、私の感謝を表現するのには一番これが最適だった。

相手からの一睨み。
まるで蛇に睨まれた蛙のように私の身体は固まる。
怖いが、「死」の恐怖よりマシだと心から思った。
此方も負けじと睨み返せば、相手の眉がピクリと揺れた。

私のヘロヘロのビンタに対して、相手は容赦なく銃をつきつける。
何故か、それにも不思議と怖くなくてひたすらに相手を睨みつけた。
無機質な物が私の額をゴリっと削る。
頭に感じる冷たいようで熱いものが私の額を抑える。
相手の指はトリガーにちゃんと引っかかっており、いつでも発砲出来るのだろう。

それでも、不思議と恐怖を感じなかった。



「私は…」



相手が鉛玉を放つより先に自分の言葉の鉛玉を放った。
慌てて先生は止めに入るが、相手は銃を納めようとしない。
私は、負けずに睨みつける。


「…。二つ良い事を教えてやろう。
一つ、貴様のそれはただの八つ当たりだ」


ジャゴンと、銃から音がする。
額の銃口がゴリっと鳴った。


「紬!やめるんだ!」


先生が紬と呼ばれた人の腕を掴む。
それでも銃口は突きつけられたまま。



「「生きる」って誓ったんだ…!」



涙が溢れて止まらない。
これが悔しさからくるものなのか痛みからくるものなのか、わからない。

震える肩を抑える。
力の入らない右手をギュッと今持ち得る最大限の力で握る。


「ガチムチだからって!なんでも許されると思うなよ!馬鹿野郎ー!!!」


拳で殴る。今度は逆から。
今の最大限の力で殴ったおかげか相手の頬が薄っすら赤くなっていた。
それと同時に自分の拳も赤く痛くなり、意識がだんだんハッキリしていく。

ギロリと紬と呼ばれた人に睨まれ、私の身体は跳ねた。


「二つ」


ジャコンと再び聞こえてくる音。
本当に今度こそ撃たれる。
それを覚悟した。


「拳は背中の力で殴るもんだ」


涙が止まった。
中間に入っていた先生も目を見開いて驚く。

紬と呼ばれるガチムチさんは銃をしまい、代わりにタオルを差し出してきた。
いきなりの事に頭がついていかず、タオルと紬さんを交互に見る。


「使え」

「っ、え、あ」


いつまでたっても受け取らない私に呆れたのか、紬さんは私の頭に乱暴にタオルをかけ背中を向けた。
そして、バイクに跨がり颯爽とその場を立ち去っていった。

ポカンと阿呆みたいな顔をする隣で、先生がふっと笑った声が聞こえた。
思わずそちらに視線をやれば、先生は私にちゃんと目を合わせてくれる。
イケメン過ぎるその顔が見れなくて、慌てて下を向いて、タオルで見えないように隠した。
それをみたせいか、また先生から軽く笑う声が聞こえた。


「まさか、紬がこんな事するなんて…君も、勇気があるね」


先生が苦笑して私の頭を撫でたと同時に、一気に私の身体は力が入らなくなりその場に崩れ落ちた。
張り詰めていた緊張が解けたのだろうか、全く足に力が入らず、ハッキリしてきたハズの意識がだんだん遠退いていく。

先生の声がやたら遠くに響く。
タオルから微かに香るタバコの匂いに包まれながら、私は夢の中へ溶け込んだ。




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