「マジでここのトイレどんだけあんの?そして何でまたトイレ掃除なの?雄っぱいに癒されたい」 デッキブラシを握り締めてふと思った。 思ったら負けだというのに、思わす頭を抱えてしまった。 納期まで後、4日。 私トイレ掃除ぐらいしかまともにしてない気がするのだけれど。 会社のスケジュールはこうだ。 一ヶ月間の内15日を校舎の外壁の掃除。残りの日にちで校内の掃除。 社員10人ぐらいしかいないのに、これで間に合うと思ったのだろうか? 手分けして分担してやっていけばそれなりに効率良かったんじゃないだろうか。 終わった事を言っていても仕方がない。 とりあえず掃除あるのみだ。 しかし、今日でトイレ掃除何回目だろうか。 覚えてないくらい掃除してるよ私。 思わず深い溜息が出てしまう。 こんな時は雄っぱいを見れば元気いっぱいになるのだけれど、それが今の私にはない。 ヤバイ。今日の掃除捗るのだろうか…。 ゴシゴシと男子トイレの便器をこする。 ヤバイぞ。力が出ないぞ。 はぁ、と溜息が一つ出たときに響き渡る轟音。 え、なに?このデジャヴ? 慌てて外に出て確認すれば、音の原因は再び外から。 え?ちょ、なに? また何かおこってるの? 慌てて窓から外を覗き、様子を伺う。 そこで私は口を抑えて座り込んだ。 何故なら蟇郡さんが歩いていらっしゃったから。 ![]() ![]() ![]() ![]() が、ガチムチがいるうううう!!!! 叫んでしまいたかった。 大声で叫んでしまいたかった。 しかし叫んだら私はただの変態になるじゃないか。 我慢、我慢だ私。 私が興奮により鼻息を荒くしている傍らで学生が数人教室から出て外の様子について話す。 それに慌てて耳を傾ける。 「どうやら今日はNO遅刻デーらしいぞ」 「ああ、なるほど、無星の奴等も哀れだな。今日で何十人退学だろうなー。蟇郡様も大変だな」 NO遅刻デー? よくわかんないけど、なんか大変な日なんだね…。 蟇郡さん頑張ってらっしゃるんだね! うんうん! ありがとう!蟇郡さん! 外に見える大きなアトラクションから沢山の煙と人が飛ぶのが見えた。 早朝掃除の際にずっと気になっていたのだが、このアトラクションは今日の日の為だけに製作されたようで、実に贅沢な学校行事だと純粋に思った。 しかし、実際、私が学校へ来る時も大変だった。 本来通る道がアトラクションで塞がり通れず、迷子になっていた所を、今日の日のために巡回していたのか風紀部の方であろう学生に学校まで案内してもらったのだ。 今朝の事を思い出し、また再び溜息が出た。 この学園は、何かしらにかこつけて派手にしたがるようだ。 お金の羽振りが良いというか何と言うか。 そのお金を是非頂きたい限りだ。 頭を切り替えて仕事を始めようと、両頬に気合い。 蟇郡さんを拝見出来たおかげもあってかいつもより倍、気合いが入る。 トイレに戻り掃除を再開。 先程までの不調が嘘のように掃除が捗る捗る。 雄っぱいを得た私は正に水を得た魚も同じ。 誰かにこのトイレの綺麗さを見て欲しいね。新品同様だよ。 最初手こずっていた掃除は瞬く間に終わり、目の前に広がるトイレは心なしか光っている。 白くなったタイルが窓から入る太陽光に反射して更に白く輝く。 とても満足のいく仕上がりだ。 さて、次のトイレに向かおう。 外で鳴り響く轟音なんてなんのその。 本当に人間とは逞しいもので、流子ちゃんのおかげで頻繁に起こるこの轟音と揺れにも、さほど驚かなくなってしまった。 「おやぁ?まだ掃除中かな?」 「あ、いや大丈夫です!もう終わりまし…た!?」 私が床の綺麗さに満足している後ろから、少し間延びした気の抜ける声。 たまらないイケメンボイスがトイレに響く。 ヲタクの私は一瞬にして中の人が誰か分かり、生で聴くその声に背筋がゾワッとなった。 後ろを向いて、確認すれば、やはり案の定、見たことのあるキャラ。 確か1話に出てた…流子ちゃんの担任のイケメン先生!しかも何か重要人物っぽかった人…! 今は髪の毛ボサボサでサングラスをかけてイケメンとは程遠い格好だが、この人は重要人物の一人のはず…! ちなみに雄っぱい度は少ないと見た。 無意識のうちにガン見してしまい、慌てて顔を伏せる。 慌てて掃除道具をかき集めて男子トイレを後にし。 いけない、いけない。 あんな格好良いイケメンに私みたいな汚い人間を見せるわけにはいかないもんね。 一息つき、次の掃除場所へ向かうため、会社から予め頂いた地図を読む。 なるほど、わからん。 広すぎるこの学園。 「あ〜、君、君」 「うおう!?は、はい!?」 「デッキブラシ。忘れてるよ」 地図と格闘していると、また再び後ろからとてつもないイケメンボイス。 思わず肩が跳ね、挙動不審に慌てて後ろを振り向いた。 にへら、と効果音でも付きそうな口元をさせるイケメン先生は、私が忘れたであろうデッキブラシを握り締め私へと歩み寄る。 時折、サングラスが外から差し込む太陽光で鈍く輝き、少し眩しかった。 そして、デッキブラシを渡して頂いた。 また、にへら、と笑われる。 なんか、汚いもの持たせてすみません。 慌てて頭をさげれば、気にしないとでも言うようにヒラヒラと手を振ってトイレに戻られた。 あのモッサリした感じの方がイケメンに早替わりするんだもんな…。 ほんと人って見かけで判断しちゃいけないよね。 「ああ、後」 「うおう!?」 三度目のいきなりイケメンボイス。 何度聞いても私の心臓を大きく鳴らすその声に、慌てて私は顔を上げた。 そこにはトイレから顔だけひょっこりと出したボサボサのイケメン先生の御姿。 思わず、可愛いと感じてしまった。 イケメン先生は私と目が合ったのを確認してから、またにへら、と笑う。 「掃除、ありがとうね」 一言。 その一言に私はアホ面で固まってしまった。 言った本人は言いたい事だけ告げてトイレに戻られ、そこには掃除道具を握り締めた汚い私の姿が取り残された。 今、私の頭の中を締めるのは、イケメン先生でもなく、イケメン先生から発せられるとてつもないイケメンボイスでもなく、先生から発せられた言葉のみ。 初めて、お礼、言われた…!! 思わず顔が破顔する。 慌てて顔を抑えて平常心を保つが、 一度破顔したらそう簡単には戻らない。 普段、仕事だからと割り切って仕事をしてきた。 その言葉とは縁遠かったこの仕事に就いて初めて嬉しいと感じた。 感謝の言葉とは、こんなに心地の良いものだったろうか。 頂いた言葉を噛み締め、掃除道具一式を持ち上げ、次のトイレへ向かった。 「いや〜…本当、見事な物だねぇ。ここまで綺麗になるとは…」 ピカピカになったトイレで用を足しながら一人、美木杉愛九郎はごちる。 彼女自身はお世辞にも綺麗とは言えない。女の子らしからぬボロボロの服にボサボサの髪。 仕事ばかりで自分を綺麗にすることを忘れているのだろうか。 そんな子だからこそ、もしかしたらここまで完璧な仕事をこなせるのかもしれない。清掃業とは大変なものだ。 流子君が来てさらに清掃業は忙しくなると思うが、彼女は大丈夫なのだろうかと彼は小さな心配をした。 「まあ、これが彼女の仕事だし…」 物語が動き出した今、自分も本格的に動き出さねばいけないと、トイレから外を見上げた。 back |