×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -



「はあ、昨日は素敵な雄っぱいだった…」


恒例の早朝校庭掃除。
昨日のトイレ掃除無双は蟇郡さんの雄っぱいのおかげで、今までで一番仕事がはかどったように思う。
納期の日まで後、五日。

雄っぱいは偉大だ。

今日も一日頑張ろう。






3





「昨日はよく見えなかったが本当に汚ぇ格好してるんだな」

「でしょ?同じ女子とは思えないのよねー。見てよ、あの髪の毛!ゴワゴワでボサボサ!考えらんないわ!」

「やはり画面越しと生で見るのは変わってくるね」

「貴様等!!汚い格好なのは仕方がないと言っているだろう!清掃業だぞ!!」



本能字学園のとある場所から新入りを見つめる四つの視線。

昨日初めて苗字名前の存在を知った四人は、彼女の仕事振りを改めて監察することにした。

本能字学園に必要なのは能力に長けたもの。
それに値するかどうか見定めるためである。


最近の本能字学園の校内の汚れには呆れるものがあった。
掃除部がなかったワケではない。
部員の不祥事、皐月様への反乱により、数ヶ月前に廃部となってしまったのだ。

そこで外の業社へと目を向けたは良いが、本能字学園の広さと此方が出す清掃条件の厳しさに殆どが根を上げ去って行く。
そして、今回のこの業社。
今まで同様、皐月様は「一ヶ月で本能字学園を全て完璧に清掃せよ」との命令を下した。
「完璧な清掃」のボーダーラインは勿論此方で決める。


今のところ、この業社も今までの業社と同様、情けない仕事振り。と思っていた。

昨日の彼女の仕事振りを見るまでは。



「調べてみた所、彼女が担当した場所は全て完璧にこなせているようだね。なぜか主にトイレだけど。
唯一まともに仕事をこなし、尚且つ他の社員から押し付けられた仕事もこなしている」

「はあ、なっさけないわね〜。仕事押し付けられて黙ってそれをこなしてるわけ?」

「どうやら彼女は社員ではなくバイトのようだ。逆らえないのも無理はないね」


カタカタと軽快にPCから音を鳴らし、情報を連ねていく。
犬牟田の情報に耳を傾けながら他の四天王は彼女の仕事振りを見る。

会話の主役である彼女は黙々と休む事なく掃き掃除を続けている。

手際は良いとは言えないが、仕事は実に丁寧だ。
蟇郡は一人静かに頷いた。



「犬牟田よ。見たところ、随分と若いようだが」

「おっと、いいところに目を着けてくれたね。ここからが驚きだ」

「なによ?勿体ぶらないで言いなさいよ」


眼鏡をぐいっとあげてニヤリと笑う。
此方を向けとでも言わんばかりにPCを叩く音が一層大きくなった。
テンションが高くなっている犬牟田は珍しい。
その姿に蛇崩は溜息をつき、静かに犬牟田に近寄った。
その後を残り二人が追う。
犬牟田は全員の姿を鈍く光る眼鏡の奥で確認した後、PCをタンッと押し、画面を彼等に向けた。

そして、一言。





「どうやら彼女、戸籍がないようだよ」




履歴書のようなデータ画面。
そこには何時撮ったのか、明らかに盗撮とも言っていい彼女の写真が右上に貼られていた。
しかし、それ以降の項目は全くの白。

犬牟田から発せらた言葉とその画面に他の四天王は顔を顰めた。

「それがなんだ」とでも言うように。

猿投山が呆れたように溜息を一つ。


「犬牟田さん。そんなの、あの町じゃあり得なくもない話だろ?」

「おや、話がここまでだと早とちりするのは止めてもらえないかな?」


犬牟田の言葉に蛇崩が「山猿さんはほんとせっかちよね〜。少しくらい待てないのかしら」と嘲笑う。
猿投山は咄嗟に蛇崩に突っかかるが、蟇郡に止められ歯がゆそうに顔を歪ませていた。
そんなことは知ったこっちゃないと言わんばかりに犬牟田は話を続ける。


「戸籍がないだけなら僕も気には止めはしないさ。あの若さで学園に通えないのも頷ける。
なにより、彼女が不思議なのは、出生及び家族、彼女に関わる全てのものがこの世に「元々存在しない」んだ」



「元々存在しない」。


蟇郡は表情を崩さず、一人窓の外の彼女を見る。


なんて違和感のある言葉だろうか。
彼女は確かに今、外で、掃除をしている。
その彼女に対する全ての物が「元々存在しない」だなどと、なんという冗談だろう。

なら、何故彼女はここにいる。

家族の情報でさえ「元々存在しない」とは、つまり、彼女は天涯孤独なのだろうか。

後ろに組まれた腕に少し力が入る。
不思議な事に耳が少し痛んだ。

胸の奥がジリっと焼き付き、心に意識を持っていかれる最中、蛇崩の声が外から響いた。
意識が戻り、勤めて冷静に蛇崩を見つめる。



「家族は昔死んじゃったとかじゃないの〜?」

「この情報戦略部部長犬牟田宝火に調べられない物があるとでも?
この日本中に住む全ての住人の生年月日から没年日、趣味、長所短所のデータまで僕にかかれば調べられない事はないよ」

「犬牟田さんが言うと説得力あんな…」



犬牟田がツラツラと喋る。
珍しく本当にテンションが上がっているみたいだ。
それに蛇崩と猿投山は顔顰め、なるべく話を聞かないように顔をそらした。

カタカタと鳴り響くキーボードを叩く音がまた強くなる。



「ならば、何故彼女はここにいるのか、どうやってここへ来たのか。実に気になるじゃないか。
是非ともデータを集めたいね。」



ニヤリと、笑う。

それを見て蛇崩は察した。
犬牟田の彼女に対する好奇心は本物だが、その中に僅かな警戒が見えた。
彼の口元は笑ってはいるが、目が全く笑っていない。

いつも笑ってるのか笑ってないのか分からないダラしない半目だが、ここで見たそれは間違いなく笑っていなかった。
その目の中に、僅かな警戒を見たのだ。

彼女に対する警戒。
それは、他校からのスパイである可能性があるという事。

これならば、彼女の家族構成及び経歴が全く見つからないのも頷ける。
スパイにおいて、過去は邪魔なものでしかないからだ。

しかし、あの犬牟田が探せない情報があるとは思えなかった。
不本意だが、蛇崩は犬牟田の情報集積能力を買っている。
何せ中学生の段階で世界最高セキリュティを誇る会社のサーバーにハッキングした程だ。犬牟田はその実力を買われてここにいるのだ。
犬牟田本人とて、自分の能力には絶対の自信、実力がある筈。
その犬牟田が探せない情報。

警戒するしかなかった。


この中で犬牟田の本心に気付いたのは恐らく蛇崩ぐらいだろう。
後の二人は真っ直ぐな馬鹿だ。
それは四天王として、大丈夫なのだろうかと、一人蛇崩は溜息をついた。

その残り二人の内の一人、蟇郡はひたすらに外で掃除を続ける彼女を見つめる。

一心不乱。
仕事に対する姿勢は評価に値する。
蟇郡は心で彼女に称賛した。

そして、口を開いた。



「この本能字学園に必要な者かどうか。最終的にお決めになるのは皐月様だ。
それまで我々四天王はあの女を剪定することに専念すれば良い」

「…ま、蟇くんの言う通りね〜」

「存分にデータを取らせてもらおうか」

「後一週間、どうなるか見ものだな」


その言葉と共に四天王は姿を消した。

名前は今朝の分の掃除を終え、
仕事に向かう。

自分がこれから監視されるとも知らずに。




back