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「………」


今日一日、私はブルーです。
先輩が私の空気を察して何も言ってこないぐらいブルーです。
そのおかげか、トイレ掃除は押し付けられず、保健室前の廊下を掃除してます。
しかし、納期まで後1日。
明日の午後に皐月様直々に清掃審査が入るというのかに、このモチベーションでは気合いなんて入らない。


嫁入り前の身体を、裸を、男性二人に見られました。


この贅肉まみれの身体見られたなんて考えたくない。
痩せてきたとは言えまだ体重は標準より若干重たいからね。若干ね。

掃除で出たゴミを集める。
何をしても頭にチラつくのは裸を見られたという事実。
もうやだ。この仕事やめたい。

溜息をつき、箒に頭を預けていれば、後ろから癒される声が聞こえた。


「よう、名前。随分と暗い顔してんな」

「!、ま、纏さん!」

「よしてくれ、纏さんなんて柄じゃないよ。流子でいい」



ニッと人懐こい笑顔を向けて私の元まで歩みよってくる流子ちゃん。

か、格好可愛い…!
私の荒んだ心が一気にリフレッシュされたよ…!ありがとう!

しかし、マコちゃんと一緒じゃないのは珍しい。
ふと気になり、素直に疑問をぶつけてみる。


「…あの、今から、何処かにいくんですか?満艦飾さんは…」

「…まあ、ちょっとな。
じゃ、アタシは行くよ。仕事無理すんなよ!」


そう言って流子ちゃんはヒラヒラと手を振り去って行った。
何か、少し緊張した面持ちだった気がしたのだが…気のせいだろうか…。









10










流子ちゃん、何かあったんだろうか。

窓を新聞紙で拭く手を止めふと考える。

あんな可愛い子の曇った顔なんて見たくない。
流子ちゃんみたいな可愛い子は笑うのが一番だと思う。
流子ちゃんにあんな顔させるなんて何処のどいつだろう。顔を拝んでやりたい。

いつも、私なんかを気にかけてくれる、とても優しい子なのだ。そんな子を傷付けるような事があれば私でも流石に怒る。

廊下の掃除も終わり、次は保健室の掃除を行おうと部屋に入る。
薬品の匂いが鼻をつく。
保健室独特の雰囲気を感じて、学生時代を思い出した。

懐かしいな。

頭を切り替えて床掃除から始めようと腕捲りをした。



「仕事中、失礼するよ」

「うおう!?」


身体が思い切り跳ねる。
口から心臓飛び出しそうになった。

胸を抑えて入口の方を振り向けば、そこには水色頭の四天王が保健室の扉にもたれかかっていた。
犬か猿の人。
どうしても思い出せない。

彼はカチカチとパソコンを打ち、保健室の扉を閉めて優雅にその扉にもたれかかっていた。
とても細身の方で、モデル体型。足もとても長い。
素直に羨ましいと思えるスタイルの良さだった。

そのスタイルの良さにぽけっと惚けていたが、ふと、私みたいな汚い女を視界に入れては駄目だと思い、土下座を決める。
途端に彼から静止の言葉が入った。
思わず、顔を上げて相手を見やれば、彼はメガネをすっと上げて此方を呆れたように見つめていた。


「土下座は止めてくれないかな。僕は君と話にきたんだ。それじゃあまともに話も出来ないだろう」

「は、はあ…」


言われるがままに土下座を止めて、若干俯き加減で顔を上げる。
お話って…一体私に何の用があるんだろう。
掃除したいんだけど。
相手はパソコンをカタカタと打ちながら私に近付いてきた。
思わず身構えてしまった。

彼はそんな私の動作に気にすることもなく、しゃべる内容を全て決めていたかのようにペラペラと喋り出した。


「ここ3日程、監視カメラを通して君のデータ収集がてら監視をしていたんだけど、データが中々集まらなくてね」


監視?監視とはなんだ、そんな事いつらされていたのだろう。
知らなかった。
ていうかデータ?なんで?なんで私なんぞのデータが必要なのか?

その後も、相手はこの世界における情報の重要性などを言うが、私にはさっぱり分からずひたすらにぼうっとしていた。
相手の言っている意味が理解出来ず、私は生返事しか出来ない。
そんな私の様子に気付いたのか、相手は「そういえば」と溜息をついて、話を切り替えた。



「昨日も夜、猿投山と話していただろう。随分と仲が良い用だね」


一瞬固まる。
猿投山とは誰だ。
昨日、夜に会った人を足らない頭で思い返せば浮かんできたのは緑頭の彼。

あ!あの人猿投山さんって言うのか!

やっと名前が分かり、一安心。
つまり、目の前にいる相手は犬の人というわけた。
しかし、名前は思い出せない。

私がまだ顔を伏せ、固まっているのに気付いたのか、相手は溜息をつき私を見据える。



「…自己紹介を忘れていたようだね。
まあ、するまでもないだろうが、一応しておくよ。
僕は生徒会四天王及び情報戦略部長の犬牟田宝火だ。よろしく」



一応、の部分をかなり強調され私が相手の名前を知らないのがバレているのが分かった。
思わず顔を反らす。
しかし、これで男性全員の名前が分かり、私は一安心だ。
それと引き換えに、相手の私に対する呆れは底辺に達してしまったが。

してくれてありがとう。
貴方犬牟田さんって言うのね(メイちゃん風)
まだ最後の蛇の方は名前分からないけれども、
とりあえず分かるまで蛇姫様と名付けておこう。

自己紹介には自己紹介を、と思い、慌てて自分の名前を言うが、手で制された。


「君の名前は知っているよ。
苗字名前だろう?
僕が知りたいのはそれ以外の事だ」

「は、はあ…」


相手は眼鏡をくいっと上げながら私を見据え、近くの先生が座るであろう机にパソコンを置いて席についた。
少し色のついた眼鏡が鈍く光り、相手の目が見えなくなった。
相手の意図が理解出来ず、思わず後ろに後ずさる。

監視といい、何故私なんかの情報を必要としているのか全く謎だった。

仕事先の履歴書には私の情報は殆どと言って良い程書いていない。
何故なら書けないからだ。
それなら嘘でも書けば良いだろう、と思うだろうが、あの時の私は雇ってもらうのに必死でそこまで頭が回らなかった。

それ以前に、お金もなかったため履歴書なんて買えない。
では、何故私が働けているかというと、答えは簡単だ。
この会社がブラックであり、働く駒さえいれば良いという考えのおかげで履歴書が不要だったのだ。

相手はパソコンに向かい、準備万端。
何を聞かれるのか、私にはさっぱりだった。



「さて、早速だが質問だ。
君、家族はいるのか?」



これは、また、答えにくい質問を。


相手から出た質問に私は一瞬固まった。

正確にはいるけれど、それは私の世界の話だ。
でも、こっちには私の家族はいないわけだし。



「あの、いません」

「なら次の質問だ。
君に戸籍がない理由は?」

「…えと、あの町には戸籍なんて持っていない人、沢山、います。それと、同じです」



彼の質問に対して、なるべく嘘を言わないように答える。
私の解答に合わせて彼の指は動き、その一連の動作に緊張して冷や汗が止まらない。
ただの質疑応答だと言うのに、何故こんなにも緊張してしまうのだろう。
まるで、裁判でもかけられているような。
相手から感じる雰囲気が、そんな風に私に突き刺さる。



「…。なら次。
君は何故ここにいるんだ?」


本当に、答え辛い質問ばかりだ。

よりにもよってそれを聞かれるとは思わなかった。

何故と言われても。
私が一番聞きたい。

いきなりここに飛ばされて、一人ぼっちにされて、雨漏りと隙間風が酷い空き家に住んで、ひもじい思いばかり。

更には、仕事の先輩には虐められるし、仕事押し付けられるし、空飛んで死にかけるし、異性に見せた事なんてない裸を見られるし、その日暮らしがやっとだから服だって買えないし、下着だって買えない、髪だってボサボサで前髪も伸びっぱなし、本当にたまったもんじゃない。

こっちに来て最悪な事ばかりだ。
愚痴が溢れて止まらない。

本当に私は、なんでここに来たんだろう。
大切な物、全部あっちにあるのに。

家族も、友達も、全部。
全部、ここには、いない。




「…何故泣いているんだ」

「へ?」



泣いてる?
嘘?

頬を触れば生暖かい感触。
本当に泣いてる。


慌てて袖口で目元を擦る。
四天王がわざわざ足を運んで質疑応答をしに来てくださっているのに泣くだなんて失礼千万。
拭けども拭けども溢れる涙に、若干の驚きが隠せない。

どうしよう、どうしよう。
凄く失礼だ。謝らないと。



「っ、ごめん、なさ…」



泣きじゃくる私を他所に、相手から溜息が聞こえた。
そしてパソコンをパタンと閉める音と、席を立つ音。
その動作に一々身体が反応してしまい、恐る恐る相手の様子を伺う。

やはり、相手の眼鏡は鈍く光り目が良く見えなかった。
口元も隠されているため、機嫌が伺えない。

相手は、カツンと足音を鳴らして少し私に近付いた。
思わず少し後ずさる。



「その様子だと、質疑応答続行は不可能なようだね」

「や、ちが…これは、ほんと、涙じゃなくて、ちがうんです、これ、鼻水です」

「そうだとしたら僕は今後一切君に近付くのを止めるとするよ」



私なりのボケをコンマ一秒とも言える早さで返される。

ジョークじゃないか。

ゴシゴシと目を擦るが涙は止まらない。
ヤバイ目が痛くなってきた。


「擦ると腫れるよ。ただでさえ腫れぼったい目が、更に腫れぼったくなっても良いなら止めないけどね」

「ぐぅ…」


この人には慰めるという言葉はないようだ。
まあ確かに、質疑応答の途中で泣いてしまうような情緒不安定な女を慰める必要なんてないだろうが。
一応女が泣いているという事実に全く微動だにしない彼は何なのだろう。

犬牟田さんは踵を返し保健室のドアに手をかける。どうやら雰囲気的に帰るようだ。

依頼先の方に大変失礼な事をしてしまった、とひたすらに涙を拭きながら頭の中で反省をする。
すると、犬牟田さんは立ち止まり此方を振り向いた。
振り向いた相手にビックリして思わず姿勢を正す。



「ああ、そういえば、今の君にピッタリの言葉を蟇郡が言っていたな」



蟇郡さんが、言っていた?


相手は、ドアを開けた。
密閉されていた空間が開放されて外から風が入ってくる。
泣いて火照った顔に風が当たって気持ち良い。
風の余韻に浸っていれば、犬牟田さんがゆっくり口を開いた。



「『俺の涙は俺が拭く』だそうだ」



風がまた吹いた。
その風は一気に私の頬の涙を攫い、
次から出てくるであろう涙は、
不思議と止まった。

言葉の意味を考え、そして理解した。

ああ、そうか、これは犬牟田さんなりの励ましか。
少しだけ、頬が緩む。
ほんの少しだけ。

部屋から出た犬牟田さんを慌てて追いかけ、扉から顔を出して姿を探す。
相手のスラリとした後姿が見えた。

それなりに大きな声で相手を呼び止める。


「あの、犬牟田さん」


「なにかな」


弱音吐いたっていい。
泣いてもいい。

ただ、吐き出したものは
全部自分で処理するんだ。

決意を誰かと共有したって、
その意味を分かってもらえないなら意味はない。
泣いた後、自分がどうするかが問題なんだ。



「ありがとうございました」

「…それは蟇郡宛と受け取っておくよ」



私の引き止めに犬牟田さんは顔だけ此方へ向けていた。
相手の目が少しだけ見える。
その目は少しだけ見開いた後、いつも通りの落ち着いた目に戻る。
そして、再び振り返り帰って行かれた。

犬牟田さんは、泣いた事に怒ってなんかいやしない。
ただただ、冷静に私が立ち直るのを待っていただけ。
いつまでも立ち直れない私を見て、先程の言葉をくれたのだ。

何ヶ月泣いていなかっただろう。

目を再び拭く。

自分の涙も拭けないで、
何を「生きる」というのだろう。

泣いた後の世界はとてもクリアで、
何でも見えるような気がした。



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