ただ、"好き"なだけ
キネモザ・弍年目もーどの進√中盤捏造。 雅→はるっぽいお話
アイツの髪が、バッサリと切られて短くなっていた。 何故だかそれを見た瞬間、自分でも意味が解らない怒りが沸々と沸き上がって、気付いたら身体が動いてしまっていた。
「その髪、なに」
「…え」
「だから、その髪はなんなのかって聞いてんの!」
「この髪は、その…」
壁際に追い込んで、有無を言わさぬ強い口調で言うと、視線を彷徨わせて、小さな声で「えっと…」とか「その…」とかを何回も繰り返す。なんで僕は怒っているんだろう。たかが使用人の髪が短くなったくらいで。別にどうだっていいじゃないか。 コイツはただの使用人で、ゴミみたいな存在で…それ以下でもそれ以上でもない、僕にとっては価値すら見いだせない奴の一人に過ぎないのに。
なら、どうして。 こうも怒りが、そして、切なさが生まれるのか。 どうして、心が痛むのか。 こんな気持ちは、生まれてはじめてだった。
「……あのっ、雅様…放してください」
「嫌だね、お前が理由話すまで放してやるつもりないよ」
「これは、っ、気分転換ですよ!」
「………嘘だね」
「嘘ではありません、…ほんとう、ですっ!」
「…………………」
じゃあどうして。 お前、泣きそうな表情してるのさ。気分転換に切った奴がそんな表情するわけないだろ、バカだね、ほんとうに。 必死に誤魔化そうとしても無駄だよ、…どうせ進絡みなんだろうってことくらいわかってる。だから余計に腹が立つんだ。
(綺麗な、)
(綺麗な髪だったのに)
漆黒と例えるのが一番分かりやすい黒髪。 風に揺れる髪は、とても、綺麗だったのに。 この僕がつい、見惚れてしまうくらい綺麗で。 それ以上に、痛まないよう手入れしてるんだろうと思っていたのに。
「―――…バカ、だね」
「…雅様…?」
「アンタの髪、僕は、…気に入ってたんだけど」
「……ありがとう、ございます」
気に入ってた。 いや、好きだったと言うのがきっと正しいのだろう。 まだ少し泣きそうだったけど、はるは笑った。 ムカつくくらい、その笑顔が可愛く見えて。 短くなった髪に唇を落とした。
使用人なんてゴミと一緒。 いいように使って要らなくなれば捨てられる。 それが僕にとって使用人は使い勝手のいい駒だ。 なのに、どうして。 ―――お前にだけは、そうなれないんだろう。
それはきっと。 すでにお前が、僕にとって"大切"な存在だから。
「次、僕に言わず勝手に切ったら…こんなものじゃ済まないからね。 ―――覚えておきなよ、…はる」
僕の専属使用人ではないコイツに何言ってるんだろう。 けど、それが今の僕が言える素直な気持ちで。 はるは、一瞬ポカンとした表情を見せた後、困ったように、けど笑顔で頷いた。
>>>あとがき
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