ただ、"好き"なだけ



ああとうとうこの日が来てしまったのだな、と雲ひとつないレガーロの快晴を仰ぎ見て息を吐き出した。街全体がお祝いムードで騒がしい。
金楽器が奏でるファンファーレがこんなにも耳障りに聞こえてしまうのはきっと、私自身がまだこの気持ちを諦めきれていない確かな証拠なのだろう。現に、私はまだ…これは悪い夢なのではないか。そう思わずにはいられないのだから現実逃避しているも同然で。空の快晴とは裏腹に自分の心が深く闇に染まってしまうような感覚だけが広がっていた。


「お嬢、おめでとう!」

「幸せになれよ、お嬢さん」



私のとなりで我が事のように祝福の言葉を送るリベルタとダンテの声にハッ、と我に戻って視線を元の位置に戻せば視界いっぱいに映るのは、幸せそうに微笑む愛しいあの方の姿だった。私がただの従者で、恋愛感情ひとつも持ち合わせていないのであれば耳障りなファンファーレを疎ましく思わないだろうし、我が主の幸福を心から祝福できたことだろう。
けれど、私は…笑って祝福できるほど心を強く保てはしなくて。
ただ、まるで強制的にインプットされた機械のように心を空っぽにしたまま拍手を送っていた。



「ルカっ!」

「……お嬢様、ご結婚…おめでとう、ございます」

「ありがとう、少し照れるけど…嬉しい」

「ええ、私も。
……嬉しいですよ、お嬢様が幸せそうで」



私はうまく笑えているのだろうか。
勘が鋭いお嬢様が気づいていないのだからきっと大丈夫なのだろう。
否、もしかしたら目先にある幸福で私のことなど見えてはいないのかもしれない。笑顔で隠した嘘を知られないならそれで構わないと思った。真っ先に駆け寄ってきたあなたを抱き締めてしまいたくてもただの従者でしかない自分にその権利はなくて。ただ、はにかむように微笑んだお嬢様に自分も嘘でかためた笑顔で応戦するしか術などなかった。
自分が幸せにできればいいと、心のどこかでいつも思っていた。いつかは大人になり恋をして結婚をされる。けれどそれは誰より一番近くにいた自分の特権であると、私は錯覚していたのです。そんなこと、あり得はしないというのに、なんて私は愚かなのだろう。



真っ白な純白に包まれた私の愛しい人は、私がもっとも嫌う人の妻となるなんて、…心がどうにかなってしまいそうだ。



「…ルカ、どうかしたの?
具合が悪いとか…顔色あまりよくないわ」

「大丈夫ですよ、お嬢様、私はなんともありません」

「でも…」

「ふふっ、本当に大丈夫ですって。実は昨日、お嬢様のご結婚に私が緊張してしまってあまり寝ていないんです。…だから、かもしれませんね」

「…ほんとうにそれだけ?」

「はい、私はお嬢様に嘘などつきませんから」




嘘をつかないと言いながら、嘘を吐く。
ドロリとした黒い感情が私の心を蠢かせていくけれど、そんなものはどうでもよかった。ただ、安心したように微笑んだ彼女が、愛しいということだけがすべてで。
けれどこの気持ちは一生、秘密のまま、永遠に開いてはいけない鍵をかけるのだ。





(儚く散る、この初恋は…)




>>>あとがき







人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -