ただ、"好き"なだけ



現代・高校3年設定で付き合う手前



「ねえ、なにをそんなに怒っているの?」

「………べつに、怒ってなんかいない」

「うそ、怒ってるじゃないの!わたしには解るんだから!」



今日は朝から理一郎の機嫌が最高潮に悪かった。なにを怒ってるんだと問いただしてみたところで彼の機嫌は直りはしないし、それどころか嘘だと丸解りな回答しかくれない幼馴染みにさすがのわたしも段々と機嫌が悪い方へとむかっていた。最初は珍しく寝坊してしまったわたしに呆れているのかと思ったけれどそうじゃないらしい。いつも無表情でなに考えているか読み取れない表情でも長年幼馴染みであるわたしには解る。寝坊で呆れることはあっても、ここまであからさまな不機嫌オーラを出すということは相当な理由がある、ということだ。



高校3年になった今も、理一郎と車で送ってもらっている車内は険悪ムードだ。運転手である執事さんもさすがにミラー越しに心配そうにわたしたちを見つめている。さっきから目も合わせてくれない幼馴染み。窓から流れる風景を見つめるばかりの彼の表情は怒りと、それから哀愁を少し漂わせている。
窓から見える風景じゃなくて、わたしを見て欲しい。そう思うのにそれを伝えることが出来ない。わたしは意地っ張りなのだ。それは理一郎も同じこと、だけれど。



「…わたし、なにかした?」

「……べつに」

「べつに、じゃわからないわ!…何かしたなら謝るから、…不機嫌な理由を聞かせてちょうだい」



こんな険悪な雰囲気のまま一日を過ごしたくはない。クラスも一緒、席まで隣なのだから出来るならいつもの状態がいい。不機嫌な理一郎はとにかくいつも以上に冷たいから、さすがのわたしでも傷つくことはあるのだから。
ねえ、と彼の腕に触れると少し驚いたように体を少し震わせた。身長も高くなって体つきも大人の成人男性並みになった理一郎。ずっとずっと一緒にいると交わした約束は今も変わることがないけど、ふとした瞬間に、切なくなって。



(このまま、あなたが離れてしまったらどうしよう)

(わたしは、嫌われてしまったの…?)



負の感情が一気に押し寄せてきて、泣きたくなる。弱いところは見せたくない。だから、グッ、と涙を堪えてもう一度彼の名前を呼んだ。誰より大切な幼馴染みで、わたしの大好きな彼の名前を。



「………昨日、」

「え、…なに、昨日…?」

「昨日、…お前、もらっただろ、…ラブレター」

「……え、あ、貰った、けど…」

「………………」



でも、丁重に相手には断っている。
そしてなぜ、理一郎がそれを知っているのだろう。戸惑ったように答えたわたしに彼ははあ、と盛大なため息を吐いてやっとわたしの方に体を傾けてきた。合わさった視線に映る自分。やっとわたしを見てくれたことに安堵しながらも心がざわついた。理一郎の瞳が、とても、切なげで。…わたしはその瞳を何処かで見ている気がして。けれど思い出せはしなくて、ただただ、わたしまで切なくなる。



「撫子、」

「な、に?」

「……ムカつく」

「え…」

「……なにラブレターなんかもらってるんだよ。
ムカつく、…すげえムカつく」

「理一、郎…あの、」

「返事」

「…返事、?」

「なんて返事したんだよ、したんだろ?」

「あ、ええ…もちろん断ったわ」



だってわたしは。
―――……あなたが、好きなんだもの。
意地っ張りのわたしはやっぱりそう言えはしないのだけれど、理一郎の雰囲気がいつもの感じに戻るのがわかって胸を撫で下ろした。
「…ふうん」と答えた理一郎は興味を失ったかのようにまた窓からの景色を眺めていたけれど、少しだけ、ほんの少しだけ表情を和らげていて。ああもしかしたら、これは嫉妬か何かだったのかもとわたしも口許を緩めた。



「ねえ、理一郎」

「……なんだよ」

「…わたし、もしこれからもラブレターを貰うことがあっても、断るわよ」

「……あっそ、なんで俺に言うんだよ」

「それは、…それは、わたしが欲しいのはたくさんのラブレターじゃないから」

「………………」

「わたしが欲しいのは、ずっとずっと昔から、ただ一人からだわ」

「……っ、…」



気づいて、理一郎。
わたしが欲しいのは、あなたからだけ。
他にはなにも要らないの、あなただけでいいの。
意地っ張りで、好きと言えないわたしだけれど。
伝わったのなら、嬉しい。不器用にわたしの手を握ったあなたにわたしは微笑んでみせる。
どうか、この想いがあなたに届くようにと。
せいいっぱいの気持ちを込めて。






(不機嫌な理由が、嫉妬だなんて)
(わたしは、なんて幸せなんだろう)



Thanks:ポケットに拳銃




>>>あとがき







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