煙る掌 | ナノ


眩む世界(3)



全く、どうしたものか。

自室のベッドに腰掛けながら、縋るように自分を抱きしめて放さない男に、俺は途方に暮れていた。


「…辰雄。とりあえず放せ。話はそれからだ」

「………」

「辰雄」


語気を強めると、彼はいっそう腕に力を込めた。
床に膝をつき俺の脚の間に身を置いて、腰を抱き寄せるように回されたその腕が微かに震えているのを感じる。それが無性に切なかった。

リコールのための全校集会が終わった後、荷造りをしようとさっさと寮に戻って来た俺のもとに現れた辰雄。
俺の恋人(まだ別れを突き付けられた訳ではないのでそう認識している)でありながら俺が失墜するのに加担した、それを恨んでいる訳じゃないが、さっきの今でこの態度はどうしたことだろうか。


「……………和義」

「……ん?」

「和義…和義和義和義和義和義和義和義和義和義和義和義和義和義和義和義和義和義和義和義和義和義和義和義和義和義和義和義和義和義和義和義和義、和義…」


壊れたように俺の名を呼ぶ彼が、憎らしくて、愛おしい。


「…辰雄」


そっと、俺の腹に頭を埋める彼の髪を撫でる。風紀委員長のくせに明るい金色に染められたそれはやはりぱさぱさで、思わず笑いが漏れた。
そのままゆっくりと指を滑らせ、馴染んだ顔の輪郭をなぞると、彼はぴくりと身体を震わせた。
すっと通った鼻梁、きりりとした眉、思いの外長い睫毛とそれに縁取られた切れ長の目、自分より厚めの唇―――日本人離れした美しい顔立ちが好きだった。もうそれをこの目に映すことは叶わないが、こうして触れるだけで脳裏に映像を結べるほど、誰よりも近くで、誰よりも長く見つめてきた。


「なあ辰雄……お前は俺を愛しているか?」

「愛してる…っ、俺が、いちばん、愛してるんだ…!」


そうか、と微笑む。
普段まるで獅子のようだと言われるほど堂々とした出で立ちの男が、懇願するように囁く愛は偽りではないだろう。

辰雄。
俺はお前を赦さない。

だからお前を、永遠に俺に縛り付けてやるんだ。


「なあ、辰雄」


両手に包むようにして彼の顔を持ち上げさせる。
焦点を結べなくなったこの目は、ちゃんとお前に向けられているだろうか。


「―――俺の目になれよ」

「………っ」


息を呑んだ彼は、何も応えないまま強い力で俺を抱きすくめた。
そしてそれが、答えだった。

お前が何故編入生の傍にいたのか、何故俺をリコールしたのか、俺は決して尋ねない。
どうでもいいのだ。
弁明や謝罪は要らない。
ただ――どれだけ邪険にされても愛して止まなかったお前を、一生俺に縛り付けておけるなら。

卑怯だと詰られるだろうか。
暗愚だと笑われるだろうか。

ああ、それでも構わない。

多くのものを失って、そうして得たたったひとつ。
それにこの掌で触れることができるなら、他には何も要らないと。
胸元で揺れる金色に、ただそっと口づけた。




煙る掌
(その感覚すら曖昧で)







なんだかヤンデレ的な流れ…

とりあえず二人の事情を回収してみました。



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