淀む空 | ナノ


眩む世界(2)


この学園はおかしいのだと思う。
此処での常識が外では通用しないことなど誰もが承知していて、けれどその小さな箱庭で自分達なりの青春を演じようと必死なのだ。
それを自覚しているつもりだったのに。

おかしい。
間違ってる。

そう言われて心が動いてしまったのは何故だろう。
どうして、全てを許容して戦い続けていたあの人を、切り捨てることができたのだろう。



◇ ◇ ◇



朝8時15分。
この時間になると校内は静まり返る。
ほとんどの生徒が既に登校している時間帯だけど、その人が現れるその瞬間、皆言葉を無くしてしまうのだ。

寮の方からゆっくりと歩いてきたのは風紀委員長。
そして彼に支えられながら頼りなく歩を進めるのが、少し前にリコールを受けた生徒会長その人だった。


「…今日は少し暗いな。曇ってるのか」

「ああ。今はまだ青空も見えてるが午後から雨らしい」

「まあ確かに湿度は高いな」

「和義、傘持ってねえだろ。放課後迎えに行くから待ってろ」

「いやいいよ。お前も仕事あるだろ」


そうやって言葉を交わしながら校舎に向かう二人に声をかける者はいない。
一切の他者を拒絶する、二人だけの世界が出来上がっているようだった。

視力を失った元生徒会長は、今も学校に通っている。
点字の教科書や資料を使って、空き教室で個別に授業を受けているのだと聞いた。
生徒会の仕事から解放された彼は、驚くほど普通の学校生活を送っていた。ときどき校舎で見かける彼は、全く迷いのない足取りで廊下を歩いている。廊下の角、階段の位置、教室の場所、その全てを完璧に把握している姿は彼が希代の生徒会長であったことを僕たちに何度でも知らしめるのだ。

そんな彼の隣に立つ、風紀委員長。
ほかの生徒会役員と一緒に編入生の取り巻きになり、会長のリコールにも一枚噛んでいた委員長が何故今も彼の傍にいるのかはわからない。
もともと恋仲が噂されていた二人だったけど、委員長の心変わりを会長が簡単に許すとも思えなかった。

一体二人の間に何があったのか――本人たちしか知らないその答えを、学校中の生徒が求めていた。
自分で考えることを放棄し、周りに流されるまま会長を切り捨てた自分たちも、赦される可能性があるのではないかと。

いつものように二人の姿を見送る人垣の中から、ふいに小さな影が飛び出した。


「会長様……!」


悲痛な声を上げたのは、解散した会長の親衛隊を取り纏めていた隊長の高宮だった。
しかし呼ばれた本人は立ち止まることもせず、風紀委員長に何かしら話しかけている。


「お願いです会長様、どうか、どうかお話を…っ」


ぱしん、乾いた音が響く。
縋るように伸ばされた手は、鬼の形相をした風紀委員長に叩き落とされていた。


「……どうした? 辰雄」

「会長、様、僕は、」

「高宮?」


そこで初めて彼の存在に気づいたように、会長は首を傾げた。


「どうしたんだ、こんなところで」

「あ…僕、会長様に、お話を…」

「会長…編入生の山下か? 彼なら多分生徒会室に」

「違います!」


それは、悲鳴のような声だった。


「違う、違います…! 僕にとっての会長様は、貴方だけなんです!!」

「はは、面白いことを言うな」


乾いた笑いを漏らして、会長はその何も映さない目を細める。
微かに濁った瞳に浮かぶのは嫌悪でも憎悪でもなく、絶対的な無関心だった。


「お前たちが、選んだんじゃないか」

「―――っ!」


高宮がその場に膝をつく。
確かに、志水会長のリコールを決定的にしたのは、学園一の大所帯だった彼の親衛隊の解散だった。根も葉も無い噂に失望し、彼を追い落として理想を掲げる編入生を新たな生徒会長に据えることを選んだ。
全て、彼ら自身の意思で。


「…和義、もう行くぞ。遅刻する」

「ああ、悪い辰雄。じゃあな高宮、紛らわしいからもう会長なんて呼ぶなよ」


最後に明確な拒絶をたたき付けて、二人はまた歩き始めた。
その様子を見ていた生徒は動けず、くずおれた高宮の嗚咽だけが辺りに響く。

―――ああ、あの人はきっと、誰も赦しはしないだろう。

無知で傲慢な編入生を学園のトップに置いた綻びは既に見え始めている。けれど"元"生徒会長に縋ることは許されない。

形のない絶望が、暗雲のように立ち込めていた。




澱む空
(太陽を見失った僕らは)






第三者視点でした。
会長の視力を奪ったという罪悪感で押し潰されそうな生徒たち。

でも当人はあまり興味がない模様。

元会長:志水和義
風紀委員長:荒巻辰雄
元親衛隊長:高宮薫
編入生:山下春



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