眩む世界 | ナノ


眩む世界


『―――以上、全校生徒三分の二以上の署名と風紀委員長、生徒会役員の承認を以て、第87代生徒会長、志水和義のリコールが成立したことをここに宣言します』


朗々とした声で放たれた副会長の言葉に、体育館に集まっていた生徒達から大きな歓声が上がった。
そのどこか異常な熱気を画面の向こうの出来事に感じるのは、俺が既に、壊れかけているからだろうか。


『最後に、"元"会長からの挨拶です』


嘲笑を浮かべながら俺を見下しているだろう副会長に促され演台の前に立つ。ついこの間まで響いていた俺を持て囃す声は、今や醜い罵声に変わっていた。

それが悲しいのではないけれど。

ぐるり、館内を見渡す。
そこから感じる視線、声、その全てがもはや自分に味方などいないことを如実に表していた。
すう、と息を吸う。
どうせ最後なんだ、好きに喋らせてもらおう。


『……これは、俺の遺言だ』






俺は生れつき目が弱かった。
遠くを見ることは叶わず、映る色は制限され、強い光に耐えられない。
両親は金にものをいわせてなんとか完治させようとしたが、状態の悪化を防ぐのだけで精一杯だった。

俺の失明を危ぶむ親心だろう、俺は小学校には通わせてもらえず、家庭教師を付けて日がな一日屋敷の中で過ごした。
だが俺は生憎そういう閉じた世界が苦手でな。渋る両親に無理を言って、中学からこの学園に入学した。

そりゃあ最初は戸惑ったさ。
同性愛の風潮や、瞬く間に結成された親衛隊。
知らないことばかり、戸惑うことばかりで、それでも俺は嬉しかった。

この学園は決して綺麗じゃなかったが、信じられないくらい鮮やかだった。
今までろくに同世代と関わって来なかった俺にとって、此処は確かに、俺に新しい色をくれる世界だったよ。

だから、生徒会長に選ばれたとき、一人で勝手に決めたんだ。
この世界を、きっと守っていこうって。

そんな俺が、学園に訪れた嵐を許容できるはずもない。
今この場にいない編入生……奴をお前らは光だと言ったな。この学園を否定し真っ当な道を示す。ああ確かに奴は正しい、光そのものなんだろう。
ただ俺には、眩し過ぎて見ていられなかった。

俺はこの学園の歪みも好きだったよ。画一的な世界じゃ見ることのできない極彩色を、此処で見つけることができたから。

だからな、俺は戦っていこうと思った。
仲間に蔑まれても。
恋人に疎まれても。
全校生徒に嫌われても。

だけど。
それを果たすより先に、俺の目が限界を迎えてしまったらしい。






『―――俺の目はもう、何も映すことができない』


どこかで悲鳴が上がる。後ろに控える役員達が息を呑む気配を背中に感じながら、俺は努めて微笑んだ。


『もとよりストレスに弱いのはわかってたんだ。だが溜まった書類を捌くのに目を休める暇はなかったし、病院にかかる時間もなかった。強い光を遮る特殊加工の眼鏡を編入生に割られて使えなくなったのも一因だが、まあ、概ね自業自得だろう』


しん、と水を打ったように静まり返った館内に俺の声だけが反響する。


『といっても、完全に失明したわけじゃない。光は認識できるんだ。俺の視界は今、光の白しか映さない。だから――…』


自分の斜め後ろに立ち尽くす風紀委員長に手を伸ばす。突然のことに反応できない彼のネクタイを掴み、ぐっと顔を寄せた。


「だから、こんなに近づいても、何も見えないんだ」

「………っ」


ああ惜しいな、と笑う。
もう少し視界が利けば、この男が今どんな表情をしているのかわかるのに。
まあ今更そう思ったところで詮なきことだと手を離し、再びマイクに向かう。


『リコールに関しては英断だな、こんな状態じゃあどのみち会長職を続けることはできなかった。俺が辞任する前に率先して煩雑な手続きを済ましてくれた役員と風紀委員長にはむしろ感謝したいくらいだ』

「かず、よし」


小さく俺を呼んだ恋人の声にふっと口角が上がる。


『俺は後悔していない。全て自分で選んだこと、他人を責めるつもりもない。―――ただ、』


ゆっくりと上を仰げば、ステージを照らすライトのせいかさらに視界が白む。
真白の光に目を細めると目尻を何かが伝った。


「……皆の色を見失ってしまったことは、とても哀しい」





眩む世界
(あんまりにもまぶしくて)






尻切れとんぼ…

会長の恋人は一応風紀委員長。
まだ別れてはいないですが委員長は編入生を追いかけてました。

王道がいないのは理事長の計らいです。



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