◎ せいひつのあめ
ねえ。
中途半端な愛で飼い馴らすくらいなら。
はじめから、
くびり殺してくれればよかったの。
◇ ◇ ◇
雨が、止まない。
ざあざあと降り続く雨に濡れる街を見下ろす。
周りのどの建物より高いマンションの最上階、一面ガラス張りのリビングで、薄暗い部屋に明かりも付けず一人佇む自分は、さぞ憐れに映るだろう。
「……ポチさん」
背後で低く自分を呼ぶ声に応える気にもならない。
重く冷たい空を映した灰色の街だけは、陰鬱な気分を幾らか慰めてくれた。
「ポチさん」
情けない声に口角が上がる。
図体のでかい、その筋の人間が自分相手にこんな声を出すなんて。
「ポチさん、お願いですから飯を食ってください。もう三日もまともに口にしてないでしょう…このままじゃ、」
「藤本さん」
彼は優しい。
監視対象でしかない自分のことをちゃんと気遣かってくれる。
あの人への忠誠心からくるその気遣いを、今、こんな状況の自分に向けさせるのは忍びなかった。
「僕は大丈夫ですから、どうぞお仕事に戻ってください。組の方、今大変なんでしょう」
「しかし……!」
「藤本さん、」
どうか、間違えないで。
そう言えば、彼はぐっと唇を噛み締める。
また来ます、と呟いて部屋を出ていくその背中を黙って見送った。
彼は優しい、本当に。
飼い主に忘れられた犬のことなど、放っておけばいいのに。
―――あの人がこの部屋に来なくなって一月と17日。
それ以前から訪れる回数は減っていて、誰に言われずともなんとなくわかっていた。
自分は、あの人に飽きられたのだと。
行く宛もなくさ迷っていた自分を拾ってくれたのがあの人だった。
この豪奢な檻を与えられ、外に出ることもままならない。
それでも自分は、あの人に甘やかされ守られるこの生活に満足していた。そして、それが永遠でないことも知っていた。
名のある暴力団の次期組長、そんな立場の男が戯れに囲った犬。
組の人達には愛人だと思われているようだけど、それは違う。自分は、あの人のペットに過ぎない。
だから、あの人が飽きて、自分を顧みなくなるのも当然のことなのだと。
(……わかって、いるのに)
窓ガラスに額をつければ、じわりと広がる冷たさが心地好い。
――あの人はもう此処へは来ないとわかっているのに、それでもこうやって灰色の街にあの人の影を探してしまう自分の弱さを戒めてくれるようで。
ねえ。
こんなに簡単に飽いてしまうなら、拾ってくれなくてよかった。
はじめから見ないふりで通り過ぎてくれればよかった。
そうでなければ、いっそその手で殺してくれればよかったのに。
貴方の愛を知ったが故にこんなにも弱くなった自分が惨めで悲しくて、それでもこうやって貴方を待ち続けるこの愚かさを、どうか知らないままでいてほしい。
雨が止まない。
音もなく降りしきるそれすらも、この世界から自分の存在を消してくれない。
静謐の雨
(僕を隠して、僕を殺して)
基本的に可哀相な受が好き
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