◎ 形而上学的恋愛論
人はいつだって、完璧な存在になろうと足掻いている。
「ねぇ、なんで人間が恋するか知ってる?」
そう問えば、目の前で焼きそばパンにかじりついていた山田に微妙な顔をされた。
何故だ。
「……おま、また薮から棒に…。なんでそんな唐突に思考が飛ぶんだろうな、お前は」
「別に唐突ではないよ? 常々考えていた疑問の答えが最近見つかってね、ちょうどいいから山田に自慢しようと思ったんだ」
「…うん、もういいや。で、なんだって?」
なんだかんだで最後まで話を聞いてくれる彼は本当にいい奴だ。友人の鑑だね。
「ああ、人は何故恋愛するのか、だよ。見当がつく?」
「えぇー…んなこと考えたことねぇしなぁ。好きになるから恋愛になるんであって…何故って言われてもなぁ……」
「ふふ、そこで真面目に考えてしまうのが山田だね」
「…お前な、」
「誉めているんだよ? ―――あのね、山田。人間は、遠い昔に失った自分の半身を探してるんだ」
「あー…俺にも理解できるように話してくれると助かるんだが」
「もちろんさ。人間の祖先はね、二つの顔と八本の手足を持った球体で、性別は男、女、男女(オメ)の三種類あったんだ。彼らの力は強大で、神の座を脅かされることを恐れた最高神ゼウスが彼らを真っ二つにしてしまったのさ。以来人間は現在のような形となり、かつて背中合わせにくっついていた自分の半身を求めるようになった、と」
そこまで語ると、山田はしばらく考えてから顔を上げた。
「じゃあ、もともと男だった奴の恋愛対象は同じ男ってことか?」
「その通り! まあ、割合的には男女が多かったらしいけどね」
「はー、なるほどな。そう言われたら確かに納得できるけど。…で、若槻はなんで今、んなこと言い出したんだ?」
「いやあ、実に不思議でね」
ゆっくり窓の外を示せば、その先に目を向けた山田の眉間に皺が寄る。
そこで騒いでいるのは、少し前に来た転入生と学園の中心人物達。残念ながら声は聞こえないけど、どうやら相変わらず転入生の取り合いをしてるようだ。
「彼らは皆、転入生を運命の相手と言って憚らないけど、転入生自身の失われた半身はたった一人な訳だ。じゃあ、あの中の一体誰がそうなのか、はたまた全員違うのか…まったく興味深いと思わない?」
「……そんな視点であいつらを見てんのはお前ぐらいだろうな」
「そうかな?」
窓の向こうで騒ぐ彼らを見つめて、つと目を細める。
「――これは個人的な見解なのだけど、」
「ん?」
「彼らは、完璧な存在で在りたいと無意識に願っているんじゃないかな。自分の中の欠落した何かの片鱗を転入生に見て、彼と結ばれてひとつになれば、失った完璧な自分に戻れると勘違いしているんだ。自分にないものを相手に求めるっていう一般論は案外当たっているかもね」
「自分にないもの、ねぇ…」
山田は心底不可解そうな顔をした。まあ、僕らのような一般人には転入生の魅力は理解できないしね。
「俺はあんな五月蝿い奴とくっついてんのなんか願い下げだけど」
「奇遇だね、僕もだよ。僕の半身は……そうだな、山田みたいな奴がいいな」
「…………っは!?」
「だって僕の話をここまで真剣に聞いてくれる人はそういないよ。結ばれるならそういう理解力のある人がいいよねぇ」
「………っ」
何故か顔を真っ赤にして固まった山田に首を傾げつつ、まだ外にたむろしている一団に目を向ける。
自分達の焦がれているものは理想の残骸に過ぎないと、彼らはいつ気づくかな。
形而上学的恋愛論
(所詮すべて、机上の空論)
王道組は理想を追ってるだけって話。恋愛はそんな単純なものでもないんでしょうけど。
この後山田は若槻を意識しまくりでしょうね(笑)
人間の祖先がなんたらの話はプラトンの説から拝借しました
[
back]