◎ レジグネイション(2)
夕方までファミレスで暇を潰したあと、友人の家に転がり込んだ。料理が得意な友人は誕生日の俺のために簡単なケーキまで作ってくれて、持つべきものは友だと再認識した。
晩飯までご相伴に預かって、帰路に着いたのは23時過ぎ。自分のアパートに帰り着く頃には日付も変わっていた。
あの馬鹿もさすがに寝てるだろうと踏んで鍵を開ける。
「………?」
開かない扉。なんだ、あいつ鍵開けたまま寝てんのか。
別に盗られて困るものは置いてないけど、あまりに無用心だ。
今度からはきつく言い含めようと決めて鍵をもう一度回して中に入る。
リビングに続く扉を開けると、
「ユキ…っ!」
あいつが、飛びついてきた。
「は…直人? お前何して…」
「ユキ、ユキ!! なんで帰って来ないの、誰といたの!?」
「ちょ、落ち着けって」
珍しく取り乱す恋人――直人の肩を掴んで引き離す。
とりあえず部屋の明かりをつけて振り返ると、目の前に立つ直人の瞳の昏さに肌が粟立った。
「…ねぇ、何してたの」
「何って、ダチの家で飯食ってたんだよ。お前も知ってるだろ、俺と同じ学部の…」
「嘘だ!」
「………はぁ?」
「嘘だ、ユキは浮気したんだ、そうでしょ!? 誰に抱かれてきたの、教えてよそいつぶっ殺すから。ユキは俺のものでしょ。浮気なんて絶対許さないから」
ぷつり。
頭の中で何かが切れる音を聞いた時、既に拳が舞っていた。
ガシャン、と派手な音を立ててガラス製のテーブルに倒れ込んだあいつに向ける俺の視線は、多分氷点下だろう。
頬を抑えて呆然とするあいつの髪を引っ張って、目線を合わせる。
「おいこらどの口がそんなふざけたことほざいてんだクソ野郎。俺が浮気した? 浮気は許さない? 馬鹿かお前は、自分の胸に手を当ててよーく考えてみろ。そんで自分にも同じこと言えるなら言ってみやがれこのノウタリンが。だいたいお前がこの部屋でちっせぇ男とアンアンヤってたから俺が出て行ってやったんだろうがこら、俺の不貞を疑う前に自分の節操の無さを恥じやがれ」
言うだけ言って馬鹿の髪を離す。未だに何が起こったのか理解できないみたいだが、知ったことか。
自分で言うのもアレだけど、俺はこいつに甘かった。
大抵の望みは聞いてやったし、浮気も仕方ないと思って何も言わなかった。こいつがそういう人間だと理解しているから。もちろん、殴り飛ばしたことなんてない。
俺は寛容な恋人だった。
だがそれも今日までだ。
「……もういい」
俺のその言葉に馬鹿は顔を明るくする。
…だからお前は馬鹿なんだ。
「もうどうでもいいよ、お前」
にっこり笑って言い放ち、そのまま馬鹿に背を向け家を出る。
固まっていたあいつがはっとして呼び止める声を背中に聞きながら、俺は静かに扉を閉めた。
こんな時でもお前は追って来ない。明日にはまた戻って来て、当然のようにお前の隣に居ると思ってるんだろう。
ああ、どうしようもないな。
お前はそういう奴だよ。
アパートの階段を降りながら電話帳から友人の名前を選ぶ。夜中に起こすのは忍びないが、泊まらせてもらおう。
「…あーもしもし、俺。わり、寝てた? いやいや、今自分んちの前。あのさ、今日泊めてくんねぇ? ……うん、それは…悪いな。ん、大丈夫。……じゃ、途中のコンビニで待ってるよ。分かってるって、うん。ん…サンキュ、じゃあな」
携帯を閉じると同時に、時刻を表示しているディスプレイにぽたり、雫が落ちた。
なあ直人、お前は知らない。
俺がどんな気持ちでお前の浮気を目の当たりにして、どんな気持ちでこの部屋を出て、どんな気持ちで帰って来るのか。
お前は知らない。
平気な顔して、諦めたふりをして、人前じゃ絶対に泣かない俺の強がりを知らない。
お前を諦め続ける痛みを、お前は知らないんだ。
「……どうしようもない…」
自分に言い聞かせるように呟いた言葉は、冷たい電灯の下、白い吐息に紛れて消えた。
Bluff
(気づいてほしかったわけじゃないけど、)
構ってほしくて浮気した攻と表面的以上に攻を好きだった受。
二人はこの後別れるでしょう。しかし攻がヤンデレ化してうんたらかんたら。
友人との関係は…ご想像にお任せします←
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