※戦国ファンタジーみたいなの




「ほんとう、ものずき」

夕闇に溺れる風景。
人の声は、次第に消えていく。
小川は宝石の如く輝き、白く反射する。
いつかの場所。だけれども、いつかの君の笑顔はないんだね。
あかいろが視界をかすみ。

「お前は、変わっている」
「そんなに?」

微笑み、茶化すように聞き返した。ふわり。少女のように、清きもの。変わらぬ情景。
自分と彼が出会ったのは深い森。
たまたま戦で負傷した自分を助けたのが、きっかけ。始まりの音。
その日を、時を忘れない。始まりの音。風の匂い。君の、触れた手の温もりを。
忘れる事すら、忘れた。

シャリ、
現実に引き戻すは彼の持つ、短剣が宙を切る音。少しだけ、風が靡く。
長い浅黄色と鈍色、なんて不似合いなんだろうか。きっと、暖かい色なら似合うのに。
思わず顔を顰めた。それでも世界は何も云わず。

「風丸にはそんなもの似合わない」
「似合うも何も無い。――だって、」
――敵同士だろう?

ほら、まただ。歪む曲線。口元は恍惚に。突き出す刃の先端は何故か、儚く映る有明月のようで。木々がわらう。滑稽だと笑っているの。
桜は咲いてはくれなかったのですか。
彼は自分とは違う国の人間。戦争中の相容れぬ人間。それだけならば、よかったのに。まだ、指に絡んでくれていたのに。
戦は全てを壊す為。争いは敵を倒すもの。そんな定義が肩を並ばせる。敵、自分を消そうとする者。そう、まちがっちゃあいない。否、正答。
倒す者と倒す者。争いは起こり、そうやって世界は廻ってきた。

だから、今まで通り。本当はそんなちっぽけなこと。
この国の長になる時に覚悟した筈。
だっていうのに。ほんとう、ねぇ。

「お前とは戦いたくない」
「は、それがひとつの国を治める人間の言い草か?」

全くもってその通りだと思う。矛盾しているんだ、自分は。馬鹿げているだろう。ほんとう。
こんなに、胸が、自分自身が押しつぶされてしまう程に愛おしいと想うのは、彼が初めて。きっと今なら、彼のためとすれば黄泉のものさえ口に出来るのだろう。
それ程自分は、その存在に犯されている。依存とも、いうのだろうか。

「戯言も程々にしておけ。――解っているのか?俺はお前が知っているような輩じゃない。」
「それでも」

そう、返した途端。彼の身体がふるふると振るえ出したのを、見逃さなかった。
下唇を噛み、切れ細い赤い糸が艶やかに彼を魅せる。
喉元奥が詰まる。
しかし、何か吹っ切れたように彼は、この森を言霊ひとつで揺らしたのである。伝う雫は何色か。

「――俺は、そんなきれいなものじゃないだ。兵器だ。ただ、ひとを殺めるために生まれた……それだけの道具なんだよ……ッ! 何がわかんだよお前にッ!!何もわからない知らない奴が調子良くしてるなんて笑える話。平和に恵まれた野郎が何を抜かしてやがるんだよッ!!!」

戦のために、生まれたモノ。それだけのため。

そう、吐き捨てる彼はどこか寂しく見えた。

「お前が道具なわけあるか!お前はお前だ。風丸は風丸なんだ!」
「戯け!奇麗事は余所で言え。俺はただの戦を勝ち抜くためにつくられた捨て駒」
「そんなわけ――っ」

ない。無い綯い。
言葉を紡ごうとした。その時だった。
眸から滴り堕ちていくモノ。静かに、滑り落ちていく春雨。最後には赤い糸に結ばれた。

紅の瞳はきっと今まで見なくていいものを見てきて、より深く染まったのだろうね。
幾多の血を浴びた浅葱の長い髪は、まるで透き通った大空のよう。
その刃はもうひとつの君の姿写す。
本当は、彼だってこんなことをしたくないのだ。争いなど、望まないのだ。

「止めよう。こんなこと」

誰よりも優しく、繊細で脆い君を壊しかねないこんな、戦いなど望まない。
それは、いつか見た穏やかな笑みを自分が知っているから。
彼の笑顔は金剛石で翡翠なのだから――。

「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れェッ!!」
振り下ろされる剣。流れる軌跡。
避けては追いかけ、追いかけては過る。足下はどうにか居場所を保っている。
風を切る音と、草木が揺れる今宵。
その華奢な身体から、どうしてこんなに大きな力がはたらくのだろうか。
風の如く彼はただ駆ける。
己の使命のために。
逃れられない真実を背負って。


円堂自身、彼の戦う理由は解らなかった。
確かに敵国同士、争うこと等当たり前だろう。嫌だけれど。
しかし彼が自分を助けたとき、彼は心から美しい笑っていた。
数日間しか共に居てないが、彼は平和を望む争いを好まない人間だと確信できた。
ならば、今の彼は何だ?
自分に刃を向け、切りつけてくる今の彼は。
いつの間にか、背中には大樹の肌が触れる。
「――死ねッ!!」
そう叫ばれた瞬間、彼の短剣が此方に向かう。

ガリ、

当分、軽く自分は刺されると思っていたので、あまりにも予想天外な出来事に目を丸くした。
目の前には、大樹を突き刺し、息を乱す愛しき人。散らばった浅葱の髪は艶やかに。
この距離ならば、確実にこの咽元を貫けた筈。精密なからくりは裏切るはずがないのだから。
ただ、唖然。

「刺さないのか」
尋ねても、音は聞こえない。
ずぶり、音を立てて抜けるは其の短剣。
「――」
俯いていた彼が、顔を上げた。はさり、首を伝うもの、透明で清いもの。
それは、今まで円堂が見てきた笑顔の中で、一番儚く美しい笑みであった。

ごめんな、やっぱり ころせない





「知っているか、円堂」
「、ん」
仲間の鬼道が、空を仰ぎながら語りだす。
「昔、この近くの村から多くの子供がある場所に連れて行かれた」
円堂は、黙っていた。
「城から随分離れた施設だった。彼らは――この国は天下統一を図るためにまだ身体が若い子供たちの人身強化を始めた」
そよ風が揺れる。それに合わせて、青い花も揺れる。
「しかし、」
「"失敗した"」
土に汚れた手を円堂が払う。
「――もう、いいのか」
「ああ。――それに、俺たちは進まなきゃいけない」
立ち上がり、目を覚ました朝日が顔を出す。
まるで、昨夜の戦場を嘲笑うように。

そして、ひとつの墓標を照らした。




(うみのしずくはえいえんに)