記憶と言うモノは、ただの情報にしか過ぎない。
「情報はいつか色褪せ朽ちる。だから、こうやっている時間もいつかは忘れるんだよ」


いつか聞いた言葉。
「なんだ、お前は忘却が恐いのか」
冗談で彩られた自身の言葉。
「――そうかも、しれない」
それが、今まで見たこともない穏やかで、かと言って儚い微笑みで、胸の奥で芽生えた言の葉を枯らした。


翌日、花は枯れる前に散った。
廃ビルからの転落死だったそうだ。
蒼い風は、薫風へ還ったのである。
空色の長い髪は散らばり、それに紅の装飾。
誰かがこの様を"芸術だ"と呟いた。
「―――風丸……」
彼は"忘れる"という事を恐れて、"明日を刻む"事を棄てたのだ。
その代わり、風に融けて永久に忘却という名を消した。
するり、
自分の髪を少しばかり揺らした。
「………馬鹿じゃ、ないのか」
ふるふると震えている声帯と唇。
万有引力により、頬を滑り堕ちていくなにか。
彼は、風丸は最期まで気付けなかったのだ。
例え、自身が忘れても、周りの人間や、この世界が滅びない限り"記憶"は存在し続ける。
廻る輪廻の果て、そこに何も無くても、世界が存在する限り。
それを気付けなかった彼自身が悲しくなって、堪らない。



さて、自分は此を伝えに逝こう。
来世の君が、また同じ過ちを犯さないために――。




一輪の華を優しく風が撫でた。