愛には、かたちが様々多数とあるらしい。まさに十人十色とはこのことのようだ。愛ほど何モノにしても代表的であり複雑であり単純なものは無いだろう。
こんなことを思い立つのはきっと、ただ淡々と現実を突きつける画面越しの声を聞いたからだろう。嗚呼、朝だっていうのに気分が悪い。いつもならこんなニュースありふれすぎて気にも留めていなかった。
思い切り焼きたてのトーストを齧った。毎日口にしている筈のマーガリンを、吐き出したくなる衝動に駆られた。





空は何事も無かったように青い。逆に眩しすぎて、眼を背けたくなる。白く、眼を突き抜ける机に寝そべった。
「朝から機嫌悪いな。珍しく」
ふわりと、それこそ何も知らずに彼が――神童拓人は霧野蘭丸の前に現れた。程よくうねった髪が愛らしい。見た目以上にその髪質は軟らかく、ふわふわと喩えるならばマシュマロだ。昔から少し硬めの髪質を持つ自分からすれば、それはとても羨ましいものである。
「そう思う?」
「……そりゃぁ、俺の髪弄繰り回している時点でな」
「減るもんじゃないし、どうってことないじゃん」
どうやら、何時の間にか手を伸ばしその髪を触っていたらしい。だが、気づいたところでやめることさえしなかった。否、改めて感じるその感触に入り浸っていた。まるで、麻酔みたいに。
そろそろ痺れを切らしたのか、その腕を無理矢理はがされた。そういえば、最近彼は以前よりも力が強くなっている気がする。当たり前といえば当たり前なのだろうが、それが時を感じさせ時たま虚しく思うときがある。なぜかは、曖昧だ。たぶん、自分が居なければ立つことさえ不安定だった彼がいつのまにか一人でも居られるようになってきた空虚感なのかもしれない。
まるで、馬鹿げたものだ。嘲笑にも似た感情が湧きあがる。そりゃ、だってそうだろ。いつかはみんな一人でに人生を歩まないといけないのだ。どんな逆境でもひとり生き延びないといけない。――それでも、周り全てを拒絶しろという訳じゃない。そこに、ある種別の"愛"が存在して支えるという。親愛、恋愛、家族愛……どれかはわからないが、いやしかしそれら全てをもって人間一個体は生きていくのだろうか。まだこの世に生れ落ちて14年しか経っていない自分にはそんなことなんてわかりやしない。そんな深い話なんて、やはり理解不能であるのだ。

ならば一体自分は、どうして寂しいとまで感じてしまったのだろうか。


「なあ、神童。愛ってなんだろうな」
「――は?」
ぼそり。呟いて問えばやはり彼は思ったとおりの反応を示した。いきなりのことで思わず口が開いている。
そう、愛。
愛でヒトやいきものは生まれる事が出来る。死すことも、ころすことも安易だろう。愛は、おおまかに言えば生と死両方を生み出すことが出来る唯一のモノで在るのかもしれない。きっと、昨日ふたりで空に飛び立った人たちも、そんな様々な"愛"の型の中からひとつを選んだのだろう。陳列に無造作かつ大量に並べられた中で、やっとひとつのそれを手にしたんだろう。
それはきっと、快感にも似た衝動。
「………そんなこと、良くはわからない。俺は、カミサマなんかじゃないから」
目に映る栗灰色が揺らぐ。確かに、それが尤もな正論だ。そうだ、何もかも知りえることなんてできやしないのだから。

「――でも、上手くは言えないけれども"愛"なんてヒトそれぞれの価値観なんだと思う。感情全てにいえることだけど、"愛"という中身はそれぞれ個人が作り上げて肯定していくんじゃないか? よくは、わからないけれど」

そう云って、幼い君はわらった。



(肯定と前提)