※相変わらず厨二文。魔術とか色々出てくる。



かちり、かちり、かちり。
その円盤に連なっては廻る針。短く夢を見ては、長く空を仰ぐ。
目の前の景色は陰に隠れたグレーカラー。建物と建物の狭間境界に良く似たこんな場所。日差しがふと、その輪郭を線でなぞっていく。嘗め回すように彼らを照らし。
口の中転がりまわる甘い甘い添加物。その色は彼の色によく似ており。

ふたつの瑠璃球が目の前の人形を数える。青い飴玉ふたつキャップの影に隠れ。冷たいソーダ味が溶けかけの砂糖菓子を眺める。

「てんめえ……此処、誰ンとこのテリトリーってわかってんだよなぁ、んアァ?」

ひとり、彼より幾分背が高く大きい男がのらりくらり。無駄に大きな筋肉が彼の存在を更に主張し。影はまた塗りつぶされて。
とあるスラム街にて、とある人間たちの戯れ。

「いくら女だからって、容赦はしねえぞ?何なら、俺の下で喘ぐなら少しは見逃してやっても――」

そう言いながら伸ばす其の手。太く、重いその腕。歪む風の中、太陽は其れを見つけた。

黒いその棒に、恐ろしい程美しい華が咲き乱れるまであと1.5秒。
背後に構える彼の仲間が悲鳴を上げるまであと3秒。

そして、全てが終わるまであと12秒。











「あだっ」

「何度言ったらわかるんだお前は!」

「いや、でも毎度死なない程度にはしてるつもりだよ?」

「そんな問題じゃないだろっ」

ひりひりと、焼けた肌のように痛む頭を手でさすりながらとある街中。光によって、その桃色がアイスクリームのように透き通っては溶けていく。
そんな光景を眺めながら項垂れるは鶴。はあ、とため息は日の光に焦がされて。思わず右手で頭を抑えてしまう。

あのスラム街から幾分離れた、とある喫茶店テラス。こんな暑い日はどうやら店内満員だったようで。それでも傘があるだけまだましなんだろう、そう誰かが呟いた気がした。
街中では屋台やらが立ち並び、その道を色とりどりに。時折子供たちの楽しそうな声が聞こえる。

「………よくも、珍しいな。お前があそこまで派手にやるなんてな…」

アイスティーはゆらゆらと。氷が浮かんでは溶けていく泡沫を表しながら、ストローがくらゆらぐらり。ふと、先端から雫がぽとり。白い机に小さな湖が出来。

「でも仕掛けてきたのはあっちからだし、ぶちゃけ俺被害者だからね」

「あの結果からは判断しにくいな」

「酷いなあ、神童は俺のこと信じてくれないの」

「信じるも何も、俺はただ客観的な視点で意見してるだけだ」


そう言って、また彼は少し微笑む。何故だろうか、その姿がなんとも儚く脆く視えてしまったのは。アイスティーが全てを染め、波紋は凹凸をつけ。
からん、ころころ転がる氷はそのうみに同化して。


「まあ、魔術者でもないのに喧嘩売って来た奴らの自業自得」

「……何があったかは知らないが、そんなお前も一度に魔力使いすぎる。特に今回ばかりはすぐわかったぞ。よく特殊警察につかまらなかったな」

流石、逃げ足は早いことある。
弄ぶ右な指先。透明ストローは何も隠すことなく。ただ此処に在る事実を真実として捉えるだけでありて。その中、万有引力によりアイスティーの中に堕ちて行くそれ。
遠く聞こえるのは噴水近くで群れるそのひとがたたち。ただ、酷く霞んでしまうのはその水音。
ぽとり、揺らぎふらいで。

「その言い方、何か俺が捕まってほしかったみたいな感じだな」

へらり、笑ってはそのメロンソーダを一気に吸い上げる。透過するエメラルド。其れはまるで結晶のようで。泡がそのリアルを見えにくくする。
しろく、つもる雪のように。

「捕まって、それこそその喧嘩っ早い癖を直してくれたらこちらとも安心なんだがな。」

「ん、生憎そんなことでは直らないと思うよ」

「そんなこと思ってるからじゃないのか?」

「まあ、確かにそうかもね」

ちゅるり。その青く色のついた液体が一気にその質量を減らす。誰かの思いの丈を吸い上げるように。静かにその海はきえていき。日が其れを横から照らし始める。

呆れたように、また大きくため息をつく。これだから、自分がいくら言ってもきかないのだ。……ほんとうに、こちらとら毎度肝が冷や冷やするというのに。
嗚呼、もういっそ、その腕をつかめればいいのに。
そしてふと、舌を小さく噛む。たぶん、いつもの癖。何かを閉じ込めようとする時、小さい頃からいつものこと。けれど今回ばかりは少し力を入れすぎたのか、ちいさく鉛の味が広がる。
あかいのは、すきじゃないのだけれど。

時はそれでも針を廻す。ぐるぐりと、誰の思考感情なんて目もくれず。
日の光が足元を照らす。
ふと、ふるり。
ポケットに収まっている、その無線電話通信機とやらがぶるぶると震えだす。ちいさく、訪れる鐘の音。半分揺らぐアイスティー。そんなもの、もうどうでもよくなる時間帯で。
嗚呼、もう時間がない。せめて、もう少しくれればよかったのに。おかげでもう、逢ってすぐじゃないか。

立ち上がり、すれば俯瞰に入るはそのピンク色。ピエロが転がすあんな小さな球より、こちらの方が断然色鮮やかで。透き通っている。
彼が作り出す、その結晶さえも。とても透き通って綺麗なんだ。

「あれ、どしたんだ神童?」

はてな、と見上げる兎。思わず、言葉が喉につっかえる。日が堕ちて、月が昇ることはまだ若干先だというのに騒ぎ出す人々。よく見渡せば街中今日の祭りにその心を浸し。本番は今宵だというのに、その活気は今から続いており。

「あ、そっか。祭りの準備があるもんな、お前」

そういえば、そうだったな。
本日夜行われる祭りを主に管理するのが神童家の役目。勿論彼も其の一人だということを霧野はふと思い出す。出来れば夜、共に居たかったのだが、これは仕様がないことか。そんな思考が告げる。

「何、まさかお前神楽踊んの?」

「生憎俺は女じゃないからな。」

ちょっとおちゃらかしてみれば、若干怒られた。確かにこの祭りの神楽は女性が舞踊するものだけれども。
周りの客はそれに気づかず雑談やら、現在するべきことを進行形にして。
時計台は刻々とその刻限までのカウントダウンをやめない。

「――……とにかく、霧野」

ふう、少し息がおっこちて。誰かの頬を撫でた。
たぶん、きっと今から言うことは最初で最後。あともうひとつの言葉は、言わない。口の中に湿らせ、出ないようにする。ただ、もういいから。

「お前の魔術は、きれいなんだから……その…、だから」

小さく、呟くような声。否、それよりも小さいかもしれない。もしかしたら、彼には届いていないかもしれない。けれど、ただ云えたらよくて。
恥じらいがその瞳を閉じさせようとする。流れる双眸は艶やかに。言の葉を生やす唇は静かにその形をなぞりて。

「そんなことに使ってほしく、ない。そんな綺麗な結晶、あかにまみれちゃだめだ」

いっそもう、この手を伸ばしたいなあ。もう、触れることがないのならば。

彼の魔術。結晶を創りだす素敵なクリスタル。透き通り、全てを見透かすそれは術者の性格さえも表しているようで。
硝子の華。たまにとある誰かが呟くのだ。彼の存在そのものを。美しく、しかしその存在は力強いそんな、彼を。
聞こえなくても、いい。ただ、伝えたかった。そうやってその手を自ら穢す彼に、どうか被らないものさえ被らなくてよいと。


もう、いかなくちゃ。おまけタイムリーはもう終わったよ。早く、いかないとね。

ぽかんとしてる君に別れを告げる。
嗚呼、もう時間だから、いかないと。

そう云えばいつもの笑顔で君がいうんだ。
いってらっしゃい、だなんて。

だから、またこういった。いってきます。












「何、振られたの?」

「いくらなんでもそんなジョークはやめてほしいな、マスター」

彼が走り去った後、ぽつり。ひとつ虚しく売れ残ったサクランボに近付くはひとつの林檎。
細身のそのスタイルは、時折女客が黄色い歓声を上げるほどの彼。甘い赤色が覗き込む。

「ふふ、勿論冗談だよ。」

「ならせめて心臓に悪い冗談は止めてください」

そう抗議しながら、彼は目の前に座る。ふわり、その跳ねた髪が揺らいだ。花の香りが、広がって。

「……ただ、神童は祭りの準備の為帰っただけですよ。これで充分でしょう、ヒロトさん」

この暑さにたえかねたメロンソーダは、徐々にその泡さえも抜けて行きは氷さえもが既に液状化し。甘ぬるい味が口の中を泳ぐ。溺れては流れ。

「んー、もしかして霧野くん、怒ってる?」

「別に、怒ってなんか居ませんよマスター」

「それ、絶対怒ってるよね」

「嗚呼、でも俺が神童に振られることはきっと一生無いでしょうね。告ってすらいませんし」

「でも好きだから、どちらにしろ若干苛ついたんでしょ」

はたり。一瞬、空気が止まったようなそんな感覚にぐらりとした。氷はもう融けて、音を失くした。
それでも時は夜を誘う。

「――図星、だったかな」

「…………」

ふと、揺れる華。白い花が風に惑わされ。
ふわり、過去にひたる。
太陽がその心を焦がす。黒焦げに、苦く、不味く。焼き付けていく。
その赤が黒く、影に涼しくうつる。

「でも、まだこんな昼間だし……。神童くんは神楽を踊るわけじゃないのに、何でこんなに早いんだろう……」

ほつり、とそんな呟きが前方から聞こえてきた。
ずぼ、そのメロンソーダが吸い尽くされた。そのふたつは、同時に時を告げ。

「やっぱり、流石に神童でも神楽の準備の手伝いとかじゃないですか」

「んー、そうなのかなあ……」

納得しない、というように頬杖を打つ青年。
段々と、浴衣で街を練り歩く人たちが増えてきたような気がする。干渉もせず、ただ隣を掠めるだけの他人。煩く聞こえる電子掲示板に音楽が時折鼓膜を突く。

「でも、彼は神童家本家の一人息子だよね。そんな子が雑用をする気がしないんだけどなあ………俺の考えすぎかな」

「たぶん、きっと俺達には知らない仕事でもあるんですよ。……確かに、あいつが雑用をするとは思いませんけど」

「やっぱり、神様がらみだと色々と準備が必要なんだねえ」

そう言ってごろり、背もたれに体重の半分以上を預ける彼。ひやりとその髪が揺れる。季節外れの色を見るように。
やっぱ難しいな、俺には。そう笑って言うその唇。サクランボは春に置き去りで。


「あれ、何やってんだ?」

そんな良くわからない疑問の中、はたり。するり、こんな暑い日なのに。氷のように、ひんやりと爽快とした風が吹き込んで。思わず顔を上げる。
夏の日に触れた、ラムネのような。そんな。

「あ、風丸くん」

「なんだ、霧野はともかくヒロトまで居るなんて。お前この店のマスターだろ」

「ご無沙汰してます、風丸さん」

「あ、そんなかしこまらなくていいって霧野」

「俺は現在休憩中ーっ」

肩にそっと掛かる蒼髪。水が糸を引くような、そんなことさえ思いもする。緋色の隻眼は、何処かしら暖かく。
水しぶきは宙に舞い。

「あれ、神童は居ないのか」

「あ、神童なら祭りの準備に行きましたよ」

「風丸くん、何か神童くんに用あったの?」

「いや……霧野といつも居るイメージがあるからさー。……そっかあ」

まあ、確かに改めて考えればそうなのかもしれない。小さい頃から何時も一緒に居たようなものだし、ずっと傍に居るのがもう当たり前みたいなものだったし。
思い起こせば、そうだ。いつも自分達は何かしらあれば、親子のようにそばにいた気がする。

でももう気づいたらいつの間にかその結晶は生まれていて。あかくて。とてもきれいなそれ。どんな大きさをしているのかも、よくわからなくて。けれど、触れることは出来なくて。触れれたとしても、脆く儚く。華は咲き乱れ。


木々が揺れる。あの日聞いた気がする声のように。まるで、とある交響曲のような。
ふと、風が首をかしげる。小鳥が囀り、黒いその大きい翼は日の光を遮り。はさり、音は亡く。
ひとり、見つけてしまったそれ。ひとつの矛盾点。ひとつの、疑問点。
本来は、気づいてしまってはいけないもの。


「――なあヒロト…、神楽は何時からだっけか」

行きかう人々の声が雑踏となりて。蝉の声も遠く、霞んで息。ストローは無色無透明なはずなのに、その色を受け止める。鮮やかな、多彩な花弁を散らし。
かちり、浮世の混沌に埋もれ行くその音を誰かが追いかける。兎は月に帰ったらしい。ぴょんぴょんと跳ねることは無く。

「えーと、確か6時からだったはずだけど……。何かあったの、風丸くん?」

「………いや、神楽をしないあいつにしては豪く早いと思ってな」

はてな、とその言葉に首を傾ける林檎。それに反応して、「ただ少し気になっただけだから気にしなくていいぞ」なんて笑って手を振るブルーハワイ。少し透過しては崩れ。溶けて、融けて。きえていく。


けれど、完全に融けきれていないその塊を掬い上げてしまった。
くろい、黒い鴉が太陽の神にその身を焦がす。



嫌な、予感がする。どうしてだろう。こんなに、不安になってしまうのは。こんなに、彼に逢いに行かないといけない気がするのは。愛が、愛たいって、違うって。


かしゃり、もう消えた氷の音じゃなくて、小さなはなのをと。もう何色に、どんな音色で咲いたかもわからないはなのこえ。


「――御免マスター、ちょっと小火用が出来た。金、其処に置いとくから」

ぱきり。小さく弾けたきれいな蕾。紅い、色をかもし出し。
ふわりとその髪が風に靡いて。黒のフードがゆらめいで。その足は、木製の手すりを飛び越えて向かい側の道に立ち。






蜩が、嘲笑いながらふたりを見下ろした。













目の前に広がるは、きれいすぎる赤い海。六角形に区切られた其れは、新たな晩餐に向けいつも異常に色を増し。蝶は漂うことを知らずに。
壁の檜がほのかに香りを持つも、全ては無に返され。静かに其処に在るだけで。白い柱がそれを更に引き立たせる。

天井に描かれている良くわからない、亀と蛇に馬やらを混合させたような存在。それこそが、彼らが崇める我神でありて。とおく、眺める空は無く。
着初めている純白が、自分でも目に痛い。しろすぎて、頭がくらくらしてしまう。もういっそ、どこかに飛んでしまいたいくらい。
囲まれた床にはいつか見た彼岸花。あの世に咲き誇る華。こんなところにまで顔を出し。懐かしい匂いは消えて。泡沫に海に溺れるの。


「――準備は整いました。拓人様」

ふと、後ろで声がした。それでもその感覚は霞んでいくばかりで。もう、今自分を真っ二つに裂いても何も感じない気がする。こんな馬鹿げたことを考える思考は、既に狂っており。
またそんな意味不明な足跡を探していけば、こんなことば。

「拓人様、これを」

使用人に差し出され、受け取るもの。ひたり、その冷たい温度が手の内に残る。青い、相対なそれ。まるで小さな宇宙みたいで。そして結ばれた紅い糸を首に通す。白いこの着物に、ぽっかりと浮かぶ穴。ペンダントは一段とその存在を主張して。

そう、全てが始まる合図。祭りと称された、とある神に生贄を捧げる晩餐会。神楽を舞う女性は神への見世物。本当の目的はこの身体。からっぽの、からだ。
ずっと前から、産まれる時から決まっていたこと。この家に生まれたからこその、答え。




ぷちゃり。赤い水に足を入れる。するり、何かに染まっていく気がした。
ぺちゃり。その純白が蝶をまとう。さらり、何かが堕ちて行く音がした。
くちゃり。流れる波紋。しゃらり、全てが溺れていく夢を視る。
ふしゃり。身体を締め付ける水圧。ひとつまた、想いが崩れて。



しょしゃり。ことばはもうとどかなくて。
はにゃり。おとももうきこえなくて
るりゃり。そのてはもうとどくこともなくて。


しぇしゃり。そのめはもうなにもみえなくて。
とたり。かくがとまるおとがして。


ぱたり。さようならっていえなくて。







(かこめかこめかごのなかのとりは)