※某様の日記(飛びます)を再度書き改めたもの。女体化有
道もなく、ただ、ひたすらその足を動かし。限界を迎えている其の身体は、身も心もボロボロと崩れ往き。
地平線は遠く。掠れ、塗れていく視界には何も見えず。ふと、揺らいでは消えて行き。
砂嵐ははたまた、海を泳ぐ魚の群れのように。彼の周りをぐるぐると廻りては散らばり。
花のひとつも見当たらない。そんな、場所。
空はもう何色か判断することさえできず。そんな中、彼はただ砂漠という最果ての中を、その命が枯れるのを待ちて。
ひゅるり、ごわり。
さらり、ひゃらり。
ざくり、ぐらり。
ただ、目の前さえ霞行き。遠のく意識の中、ただ彼は蜃気楼をその手に取りては崩れ夢の中。
自分と地を支えている剣。その刃が光を受け入れることは既に皆無で。柄にまで唯一裂いた華さえ昇華することなく、穢れに塗れ。砂に塗れては消えて。亀裂が入った今では壊れるのを待つだけで。
今まで彼の身体を守ってきたその盾さえ、煤けては崩れいく寸前となってはもう何の役にもたたず。
もう、彼さえも。彼を戦場で守ってきた全てが、ぼろぼろと堕ちて往くのを待つのであり。
路無き道。その先にはきっと冥界があるのだろう。視界はしだいに薄れゆき、逆にこの身体が軽いという錯覚まで憶えては。多分、気づいた頃には自分の身体はあの砂煙に埋もれているのだろう。そして其処に動物が来て、私の身体をむさぼるのだ。
彼にはもう生きる気力など残っていなかった。ましてや希望など。
彼は若干、薄々分かっていたのだ。自分が今まで正義と偽って行ってきた事々の正体を。
だから、神に祈りをささげることもしない。きっと自分がこれから留まる場所は地獄だと、もうわかっていたのだ。それ程、彼は自分でも幾多もの華を散らせたと気づいていたのだ。そんな、ちっぽけなこと。
しかし、それでも人間の本能がこう云う。
ああ、いきたい。しにたくない。ねがわくば、このよにまだいたい。わたしは、わたしでありたい。いきたい。いきをして、ここにいたい。めいかいになどおりたくない。カローンになどあいたくもない。
ぐちゃぐた、だぐだふぁ。ぐにゃぬにゃ。練って捏ねては纏まることなく。
気持ちが悪い。嗚呼、神よ。私はなんて愚か者なのだろうか。どうして、人間とはこんなに愚かなのだろうか。わたしは、わたしは、いったい。
ふらりぐらりゆらりてるらりれら。
そんな蜃気楼の中、ひとり若者は溺れた。
◇
ふと、眼を覚ませば其処は色鮮やかなせかい。
思わず、何事かと身体を起こす。
花が咲きゆらぎ。空は蒼く。水は清らかに、その川を渡る。虹がかかり。その橋を渡る鳥たち。白く。
まるで、天国のような風景。
彼は呆気にとられた。確かに、先ほどまではあの砂漠の中を彷徨っていたのだから。
これは一体。夢なのだろうか。だとすれば何とも美しい夢を見たものだ。我ながら最後の一時だけは穏やか、ということか。
思わず顔が綻ぶ。
「お気づきになられましたか?」
ふわり。
ふと、背後から自分に降ってきた音。とても透き通った音色。
振り向けば、ひらり。
あの大空のようにうつくしい蒼色をした長い髪。しなやかな四肢を持ち、露になっている右目は暁のように。――何とも、うつくしい女神。
「私は風の神。彷徨える貴方様をお助けいたしました」
そう云っては微笑む風神。小鳥が、その肩に乗り。
「助けた……?一体どういうことなのですか」
私は、今まで罪を犯してきたというのに。穢れに、満ち溢れているというのに。
女神は、そんな人間を助けた。それに神は人間をさげすんで居るはずなのではないのか。
其の前に、目の前の存在は本当に"神"だというのか。
そんな、ぐるぐると廻る彼の思考を感じて、華は咲き。
「おびえなくてもよいのですよ。――確かに、貴方様は今まで戦にて幾多の命を突き刺してきました。」
しかし、
「私には貴方様を裁くことは出来ませんし、することさえ皆無です。」
その仕事は冥界神であるハデスらの仕事であります。
そんな、楽園の中で。風神は言葉をなぞりて。
「其の前に貴方様はまだ死んでおりません。まだ、此処ににて生きているのです。」
その白い指がふと、彼の頬に触れ。一瞬、柔らかな風が彼を包み。
ただ、彼は涙が溢れそうになりました。どうして、こんな、しかも人間にこんなに優しくするのだろう。自分は、今まで戦で同じ人間を傷つけ、殺し、差別しては故郷を捨てたというのに。
こんな、こんな穢れの塊のような私を、どうしてこれほどにまで、
「――私たちは全てをあいします。人間も、動物も、貴方様も。いのちを、全てあいするのであります。貴方様にはまだ時間があります。」
私、たち……?
おぼろげな思考と感覚の中、彼はひとつ疑問を芽生えさせ。しかし、その芽はすぐに開花し。
女神の後ろ、はたまた美しいもうひとりの女神が。透明に。
――嗚呼、そうか………。
そして彼は全てを知り。その瞼を閉じ行った。
「私が、呪いの様にこびり付いたその穢れを浄化させていただきます」
小さな、ささやきが聞こえ。
◇
「え、じゃあこれで叩き起こせばいいじゃん」
「マックス!?いやそれ死ぬからな、本気で殺人になるからな!」
「えー、たかが鍋で死ぬほど人はヤワじゃない筈だよー。多分」
「多分て何ソレ答えになってない!知ってるか、鍋は石から出来てるんだぞ、おい」
「そんな常識的なことは君より知ってるさ」
「じゃあ尚更だろ!」
とある国。とある民家。とある二人。
ドーム型の家の中、二人の少年がごちゃごちゃと口喧嘩を広げてる最中。鍋やらを出してわーぎゃーわーぎゃーと騒ぎ。
彼らの的。彼らがこうも騒ぎ立てる原因。それは隣の寝床にて眠る一人の少年のこと。
城門前にて倒れているのを、たまたま片方が発見し(勿論国の方には事情を説明した)暫くの間自宅で面倒を見るよう言われたためである。
「というか、どうするのコイツ」
「……しんねーよ。取り敢えず本人起きてからだろ」
後なんでお前片手で鍋持てんだよ。
僕だもん。
訳わかんねーの。
そんな少年たちの会話。若干反響し。
「まさかコイツ、あの砂漠ン中歩いてきたのか……?」
ふと、ボロボロになった拾い物を見て、そう言うひとり。
「そうじゃないの?へえ、半田よりは結構強いじゃん」
「おいそりゃどういう意味だこら」
「其のままの意味だよ、ヘタレ」
「殴るぞ」
「わー、この人わたしを殺そうとしてるーぅ」
「もういっそマジでなぐっぞ」
わなわなと闘志を無駄に燃やすひとり。そんな彼を茶化すひとり。いつまでも眠り続けるひとり。
そんな三人がこの小さな部屋に密集し。室内は混沌と化して。
ふと、何かを思い立ったようにひとりがその横たわっている少年の傍へと駆け寄った。
「あ、半田」
「何だ」
「こいつ起きるよ」
「………はい…?」
突如起床宣言をした彼に思わず唖然とするもうひとり。しかし、流石にどうせふざけて言っているのだろうと目をそらした瞬間であった。
小さく、声を漏らし、その双眸が露になりて。
「………はの…此処、何処ですか…?」
むくりと上半身を起こし、まだ眠たそうに瞼をこする彼。
風が、揺らいで。
「ほら、言ったとおり」
「……お前何者だ」
「ただの一般人だけど、何か?」
そう哂うひとりが其処におり。
「――で、本題だ」
丸い机をはさみ、対峙するふたり。
林檎を齧りながらひとり、彼が寝起き直後の彼に問いただす。
ふと、甘い香りがし。
「故郷は?」
ぶるぶる。横往復。無い。N0。
無くした。
「歳は?」
ぶるぶる。右左。疑問符。はてな。
知らない。
「……名は?」
てんてん。静止。What。
あったような、無かったような。
「……半田、どうするの」
「しんねーよ」
あまりにも情報が無く、項垂れるふたり。ふと、あのまま放って置いたほうが良かったかもしれないと、ひとり思考が呟いて。
「お前、もしかして此処に来た理由……迷ったとか、そういうのか…?」
恐る恐る。まさか。そして最後に問いただすファイナルアンサー。ぽて、ひとつ花が堕ちる気がした。
そして、最後に彼はこう示すのであった。
ぶんぶん。上下。縦。Yes。
逃れて彷徨っていた。
「わーお。当たりだね。良かったね半田一等賞だよ」
「嬉しくない祝福をどーも、マックス」
ぱちぺちとその手を鳴らすひとり。痛い音が鳴り響き。
「にしても、よくたどり着いたな。確かに此処は水やらに恵まれている国だが、余所者があの砂漠を乗り越えてくるなんて滅多に無いぞ。大概はあの砂漠を、しかも徒歩でなんて渡る気すら失せる」
確かに、彼の言うとおりこの国は砂漠が隣にある。しかし、この国一帯は水やらに恵まれ、しかももし砂漠のほうで竜巻やら何かがあったとしても、絶対にこちら側には来ない。来る前に消えるか、元居た場所に戻るらしい。
「あそこ、"裁きの門"とかって言われてんだぜ。」
ほお、と感心するひとり。
目は大きく見開き。
「まあでも、守護神様のご加護があったらなんとかなるんじゃない?」
ふと、人差し指を突き出してそんなことを。
思わずもうひとりが反応して。
「そんなことってあるのか、マックス……?」
「今のところ、一種のファンタジーだけどそうとしか考えられないよ。あそこは冗談抜きで死人の溢れ場所さ。"一度渡ったら冥土に向かう"とまで言われてるし」
「……確かにそうだけどさ…」
「……守護神、さま…?」
何事かと、彼はそんな彼らに尋ねる。一体、それはどういうことなのだろうか。
「嗚呼、そいやあんたは知らないんだっけか、この国の守護神様。いい機会だ。多分此処で一生を終えるだろうあんたにちょっとした噺をしてやるよ。」
遠い、遠い噺を。
そう云って二人は彼に微笑むのであった。
Θ
それは、とても感慨深い神話であった。
彼らの、この国の噺。この国を創ったといわれる、ふたりの神の噺。
幼い風の神と出逢うはずの無かった闇に潜めく沼の神の愛の賛美歌。
ふたりは共に朽ち逝き、そして永遠の旅をすることになった。
彼らは転生し、また共に水の神と風の神としてこの国を創った。
愛に満ち、愛をつなぐために。
かく言う私はそんな彼らが私にくれた、この神々の名を名乗ることにした。
"研崎竜一"と――。
(くるくるまわってきみのそば)