良くも悪くも自分は其処に居た。

茹だる喧騒。すれ違う誰かと誰か。何もぶつかる事すらせずに。見える景色はよくある風景。流れる人だかりは水中を進む魚たち。
灰色のようで、ぎんしゃらと着飾る色が路上に躍る。ぐちゃぐちゃと詰め込まれ。全て足され掛けられ無色に戻る交差点。
何拍かさえ図る事も忘れたとして、メトロノームは何時までも針を揺らす。


駅のホーム。少なからず自分はそんな風景を眺めていた。見下ろす限り。
口に含んだ飴玉を転がし、香るレモンの黄色。何処かに行く鳥の声。剛速球で通り過ぎた特急電車。うつろう景色。くるくるはらはらさらはらり。マフラーが空にするはら漂い泳ぐ白金魚。長い髪がぱさぱさひらり。思わずの風圧と荒ぶる装飾品に思わず顔をしかめた。少し力が入ったのか、舌の一箇所留まったレモンキャンディ。広がるキかした刺激甘味が濃厚じわじわ少し広がった。
ばさばさ。首をぶんぶん振っては絡まる髪やらを大雑把に整えた。はーっ。息を吐く。白くミルク色に目の前数秒霞み。改めて季節を思い返した。
鞄に手を伸ばそうと素手をポケットから、冬の寒さに嫌よ嫌よと耐えながら駆り出される右手。余りの気温の差に更に敏感よと赤く若干湿った手が、早く済ませようと機敏に動いた。雪が降ってないだなんて嘘だ。そんなことを思いながらひとり夏を懐かしむ思考。
あぁでも、実質夏になれば今がすごく恋しいんだろうな。思った以上に人間は単純だ、なんて少し自嘲してみた。高く、薄い空にフラッシュバック嗚呼いつかの海。……いやいや、逆に今時水やら想像なんてしたら更に寒さが身体を染めていくじゃないか。酸味が呆れてはくちを刺した。

がたん。
到着したのは大きな鉄塊。鮮やかな黄緑と鋼色が線を引いた。少しの風が自分を掠めた。更なる冷たさに思わずマフラーの中に蹲った。
二番ホーム、電車が到着致しました。ららら。少し癖のある声のアナウンスがホームに突如響き。反響しては頭上電子掲示板に記号がずらり。流れて時の始まりを告げる。

ぞろぞろと足音がごちゃまぜにやってきた。そのよせ集まった集団は言い換えれば怪物のよう。大きく、大蛇のような不可思議カラフル巨大生物。チューブに模された車両から、破り這い出たデカブツ。
何時の間にか結構な程出たと思えば、ぞどぞど。その穴へと侵入を開始する客たち。車両の中に入るその姿はさながら寄生虫のようにも捉えられた。冬眠をしようといそいそ潜り込む寄生物の行列。なんとも大人気であります。あの中はさぞかし暖かいのでしょうね。段々とちいさくなっていく飴玉を舌で遊ばせる。
空は、遠い。


「おや、何処へ行くおつもりですか?」

無心に電車を待つひとり。その傍見上げる長身の男。見覚えのある、目、鼻、身体、腕、手、指、睫、髪、色イロイロイロイロハニホヘト。

「っ、けけ研崎さっ……!?」

べべべべべべべ。呂律が回らない。
目の前に、ダークブラウンのコートを身にまとった人間ひとり。性別はオス。位置関係は恋にヒトとかけまして。思わずの遭遇に頭は白紙空白ノート。真っ白けっけ。
いや、まさか。本当にまさか。何でこんなところに居るんだ。何年も付き合って、彼の突拍子な行動や言動やらなんやらに慣れてきたものの、流石にこれは予想のヨの字さえ存在なんてしてなかった。というかこのヒト電車乗れるのか……!妙な感動が巻き起こったのは多分、このレモンの酸味のせいにしておけばいいや。
そんな自己世界ワールドには目もくれず、気づきもせず。奇抜男は隣の席ベンチに腰を降ろした。
あぁどうしましょうか。何も出て気やしない。もう慣れたっていうのに。電子掲示板はいつもと変わらず次の電車情報をただ横流し。たぶん、いまの自分の心臓より何倍も遅い速度なんだろう。ここまで来ると笑えてきてしまう。
そんなことも知らずに貴方、何時までも自分の傍。雑踏なんて何処にももう聞こえやしない。

「奇遇ですね」

「そりゃこっちの台詞ですよ……っ」

「まさか、私が電車に乗れないとでも……?」

大当たりー!
何処かで叫ぶ、ガラガラみくじのバイトの声がする。少し痛い眼差しを受け、横流しに視線をそらした。

「……いつも大概車か、もしくは家に引きこもってるじゃないですか」

しかも外車。外車ですよ奥さん。大事な事なので二回言いました。
因みに黒光りする、深い鴉色の長い車体。家もあれは家と呼ぶべきなのか。屋敷、または豪邸と呼んだ方が適切なのかもしれない。
残るあと少し。酸味が切れてきた。

「たまにはいいかと思いましてね。そんな風丸君は恋人を差し置いてどうしたんですか」

「あー……、ちょっと用事で」

「何か必要ならば私に言えば良いのに」

少しむくれる成人男性。他の人間からすれば、その感情は読み取る事さえ難しいだろう。けれども今の自分にはわかる。ヤバい。拗ねているぞこのヒト。
むう。がりがりと悩みに頭を掻いた。
どうしようか。拗ねていると、いつもより突拍子度が上がり、何が起こってもおかしくない。屋敷ならまだしも、此処は駅のホーム。ましてや公共の場。人目が多い。首都圏ということもあるけれども。あぁ、何も考えつきません。レモンは何処かに消え去った。

直後、何かと何かが触れたのでした。




(ポップキャンディレモン味)