※蘭丸・拓人の口調・性格は全て捏造勝手設定。曲「WORLD'S END UMBRELLA」パロ













「おかしい、そうは思わないか?」

とあるある日、少年は彼に言いました。
しとしとといつもと同じ黒い雨。灰色に染まる町。あちこちが錆びた鉄のように見えます。
そんな町を見下ろせる峠に、とあるふたりの少年が。ひとりは美しい晴れ渡る空の色の髪を持ち、もうひとりはいつまでも太陽を待つ曇天のような髪色をした少年でした。
ふたりが生まれたころには、この状況が町でずっと続いていました。どうやら、話を聞けばあの遠くに見える大きな"傘"と呼ばれる機会塔が地を覆ってもう何百年。そして毎日続くこの漆黒の雨はその塔から漏れるものということ。
しかし、そんなことを聞いたところで人々の解答はきまってこうなるのでした。

「おかしくないさ。だって、いつものことだし、これはただの"掟"だろう?」

眩しいほど鮮やかな蒼を揺らして少年は笑いました。
どうやらそんな彼さえも他の人々と同じだったようです。
皆が皆、この雨は"掟"だからだと、いつものことだと、そう彼に言います。しかし、それは間違ってはいませんでした。
確かに、"掟"とはそういうものだと薄々少年も気づいていたのですから。

毎度のことながら、サイレンがこの町に。しかし其れさえもこの黒い雨は許しませんでした。ブラインドのように、音を掻き消し、遮断していきます。
ただ、いつもどおりの光景でした。
足元小さく咲いては枯れる花も、見えない空の色さえも、すべて、いつもと同じでした。

ぐらり。

ふと、何事かと思い青色の少年が顔を上げました。その右手は既に彼に掴まれて。
傘も差さず彼は走り出しました。状況がいまいち理解できず、混乱する少年がひとり其処にいました。

「っ、! シャドウ、一体どうしたんだ?」

思わず少年が声を張り上げ、自分の手を引っ張り疾走するシャドウに尋ねます。持っていた傘が転げ落ち、枯れ果てた草の上に寝転がりまして。
そしてシャドウは答えます。


「もっと、きれいな空を見に行こう」

たとえば、昔ふたりで読んだ絵本の中に見つけた、あの、きれいなそらを見に行こう。

シャドウがこの町や、"掟"を不思議に思った原点でありましたその絵本。
その絵本に描かれていたのは、見たこともない色鮮やかできれいな大空。ひかりが舞い散って、色とりどりの花が其れを迎えて、あおからきいろやらあかまで、幻想的でそれはそれは美しいせかいがそこには広がっておりました。

そうしてシャドウは今でも思っていました。きっと、あの傘を抜ければあの風景が見れる。
とおいむかし、ふたりは小さな約束をしました。いつか、あの上まで行ってそらを見よう。ふたりで、そして花畑で転がりたい。ふたりで、どうか、ふたりで。

そんな想いが彼を更に加速をさせていきます。もう、顔や体中に降りかかる雨なんて気にも留めていませんでした。
そうやって自分を導く彼を拒むことを彼はしませんでした。
きっと、少年の片隅にでもちいさく、その願いは絶えていなかったからでしょう。

そしてふたりは刹那雨の中走り去っていきました。悲しむことさえも、ましてや感情さえも置き去りにしていき。







そうして音は遠く、蜃気楼へと変わっていきます。

降り頻る雨を忘れ、その扉に手を触れました。両開きのそれは、あっけなく開き、ふたりを拒むことさえ覚えていませんでした。
鍵なんてものはあっても意味がないのでしょう。
その扉の向こうの――。


長い、長い月日と夜の旅を思い起こさせるのはこの古びた螺旋階段。ぐるぐると、其れは絶えず、ふたりを導いていました。
煤けては光を消したその黒い中。滴る時雨が反響しては、彼らを迎えていました。
まるで、いのちがはじけるように。

ふと、ひとりはもう既に気づいてしまっていたのです。
その深海に染まった長い髪が音を弾んで、流れていきます。
誰もがあの塔へ上ることをあきらめた理由。彼はいつも頭が冴えると言われておりました。確かに、彼自身も予想をしては当たるごとに不快感を感じるほどでした。
そんな彼が、ひたり、見出してしまったのでした。ひとり、外れていてほしいと願う未来が瞳に浮かんでいきます。

「、シャドウ」

声が、うまく出せませんでした。ふるふると、ただ虚しく空虚に消えそうな、そんなか細い声でした。
しかし、そんな彼を、今にも泣き出しそうな彼をシャドウはそっと手を握って。

「大丈夫」

そう、優しく少年をあたためました。


震えた手をシャドウが支えて、そんな背中を少年は見つていました。ただ、静かに、長く短く時は流れていきます。
嗚呼、そうだ――。
そんなあたたかさに包まれながら、ひとり少年は想い馳せます。
ただ、見ぬそらを。



ゆらり、ふらり、するり。

「走るぞ」

気づいた彼が、その白い腕を引きます。たったったったったったった。ひゅるり、そわり。背後から近づいてくる感覚がふたりを襲いました。


走って、奔って、ふたりが行く先々には檻の群れが彼らを待ち受けていました。
それでも、たった小さな願いからふたりは駆け抜けていきます。もう、何も考えることはありませんでした。どうして云々どうのこうのなんて、理由を探すこともしませんでした。そんな気すら、もうふたりには残ってはいませんでしたから。


闇に内なる歯車が笑い声を上げます。滑稽だと、犇く笑い声を上げます。
反響して、刻む音を鳴らし、いきのねがきこえて、風の音が鼓膜を揺らしていきます。


「――風が、流れてる」

少年は、髪を揺らしながらそう言いました。
それに、彼が小さく相槌を打ちました。
それでも続く、足音。暗い、暗い闇の道。

絶望的に小さなふたりを、誰が見つけることもありませんでした。
誰が、見つけることなんてありませんでした。



気がつけば白い影はもう追ってはきておらず、その消え失す姿はとても悲しそうだったのは、気のせいだったのでしょうか。

錆びた鉄のにおいや、煤けた闇色さえ、走り逝くごとに色を淡く変えていきました。まるで、ウタカタにおぼれた、そんな気さえも感じさせて。
何処からか聞こえたような。気がしたような。忘れた、ような。
もう、さび付いて廃れていくふたりの思考回路にはなにもかも全てが忘れさられておりました。
そうして、見つけた終着点にはとても小さな扉がそこにありました。
埃を纏い、ふたりを待っていました。
その隙間からは、何も憶えることはありませんでした。
いえ、そういうことだったのです。
少年ははたまた思考回路を手繰らせます。――嗚呼、そうだ、そうだったのです。


「開けるぞ」
「うん」


ちいさくうなずいて、ちいさなふたりがそこにいまして。





其処には何もかもがあるような気さえ、ふたりは感じました。
色とりどりに咲いた花、深い青空。
散りゆく花びらたちはふたりを歓迎して、風と舞い踊っていました。

正に、まさしくでした。ふたりが、いままで長い間願っていたもの。
えほんの、せかい。


滲み眩む世界にふたりきり。
もう、なにもかも消え去っていきます。

もう、もう何もいらない。もう、すべて、満たされたから。
少年は静かにその瞳を閉じていきます。

絵本の中、とじこんだ空をその手で返していきます。
きっと、在るべき場所に返せばもう、永遠に忘れることは無いと誰かが云いました。

君がくれたちいさな拙い花束は遠く、空に散っていき。
ふたり、笑いながらそっと肩を寄せました。

せかいのさいごにかさをさす。

そうしてふたりは想うのです。
ずっと、こんな世界ならばよかったのに。と。


「もう、悲しくないよ。君の隣ならば……」

その声さえ遠く、夢に消えていきます。






ふたりの手は、かたく、にぎられておりました。
せかいがふたりを見放そうとも、ふたりは、お互いを強く願っていたのでした。
花の咲いたその傘の丘には、とても幸せそうな顔で夢に浸るふたりが其処におりました。

ずっと、とおく、とおく――。











「……また、何読んでんだ霧野」

「あっ、人のモノとっちゃ駄目なんだぞー」

「授業中に本読んでたやつに言われたくない」

ふと放課後。まだまだ日は遠く、地面を照らして。
がしり、と桜が持っていたその本を奪い取る夜桜がおり。
短い黒髪が揺れ、それに続いて桜色の髪が流れて。
そんな、とある教室にそんなふたりがいて。

「"WORLD'S END UMBRELLA"……?」

ぺらぺらと、興味を持ったのかその赤黒い表紙をめくり、しだいにその薄い紙をめくりつつ。
無駄に横に並ぶ文字の羅列。眼が追いついても、その脳内がまったくそれに追いつかず。

「――…霧野、もしかしてこれ…」

思わず目の前に居る彼に尋ねる。しかしその答えは既にわかりきっており。
ふらふらゆらゆらと霞む視界。気づけば疲労か、机に手を置いて。

「うん。全部英文だよ」

しかも多分意訳しないとわかんないよ。そう、にこにこと咲き誇る桜。

「そうか、なら俺がこんなに頭を痛めるのも無理ないな」

ふう、と深く息をひとつ。空色に溶けていき。ふたりを包む。


「……にしても何でこんなもの持ってるんだよ」
「ちょっと昨日部屋整理してたらねー、たまたま。どうやら昔父さんが外国から持ち帰ってきたヤツっぽい」
「はあ……。相変わらずお前よく読めるな、こんなの」

そう言って再びその本へと眼を傾ける。太陽がその表紙を照らして。
空は青く、あたたかく。まるで絵本のようにしみひとつ無い大空だとひとり想い馳せ。

「そりゃ昔から読みなれてるからね。」

そのおかげで彼は特に、英語面では彼の右に出るものはこの雷門にはおらず。現に、学年トップである神童を差し置いて毎度学年一位である。

「あんたの親父さんに礼を言うか言うまいか……」
「学年トップがよく言うよ」

そう笑うのは毎度英語学力模試95点を切った経験のない人間。……それでも悔しいものは悔しい。そう言えばいきなり撫でられる頭。ぞわぞわと、感覚が。

「それなら俺だって悔しいよ。こんなに拓人が可愛すぎて、どうにかなりそうなんだから」

「………よし、お前に選択肢を三つ用意してやろう。1、蹴られる。2、顔面パンチ。3、跳び膝蹴り。」

「昔から拓人は恥ずかしがり屋で不器用だけど、俺はそんなお前が大好きだよ。だからどんな過激な愛だって俺は受け止められるから安心してね!」



そんなことを言った0.1秒後、桜は空色の教室に舞い散って。

桜が舞い散った1分後、外は雨になりて。

外が雨に塗れた二秒後、ひとりが傘が無いと彼に告げ。

傘が無いと彼に告げた23秒後、夜桜は傘を差し。

夜桜が傘を差し出したその1秒後、さくらんぼが弾けて。

さくらんぼが弾けたその0.01秒後桜が芽吹き。

桜が芽吹いたその後、ふたりは傘の下へ。



遠い、昔話のように。






(あなたと、ずっとかさのした)