※風丸が不老不死設定。






とある、記憶が堕ち行く。それは、なだらかに、清らかに、しいては歪んで。

夢は朽ちて、誰かの足元踏みにじられて。夜明けは蒼く。清々しく。




降りしきる雪の中、ふたりは初めて合間見えた。
ちいさなこども。その白に蹲りて。


「      」



深緑色の髪を揺らし、こどもはわらった。












「貴方は本当に変わりませんね。」

時代は刻々と時を刻むというのに。
深緑色の髪がふわりと。その瞳は平穏を保っていて。

目の前にはごろごろと転がる彼。その空色の髪がばさばさになっていく。

「……そんなに時代は変わってない」
「貴方が鈍感なだけです。」
「………あんたと俺とじゃ感覚が違うんだよ」

そう言いながらむくり、クッションを手の内に抱いて起き上がる彼。ふりふりと犬のように頭を振る。
呆れたようにそせそせと近づくもうひとり。
其の手には少し大きめの櫛が。

「こんなにぼさぼさにしてしまって……。せっかくの髪が台無しでは無いですか」
「たかが髪じゃないか。其れの何処に価値がある」
「ええ、貴方の髪は絹糸のようにしなやかでとてもつややかで美しく、そして清流のようにしたたかなのですから」
「……相変わらずふざけたヤツ」

呆れた、と言わんばかりに重くため息を吐く蒼。それはこの部屋の二酸化炭素濃度を少し高くなることに貢献して。捕まれた身体。慣れてしまい、暴れることさえ止めた鴉が眼を動かせば、ちりじりと燃える暖炉。窓から見える風景は、何時もの映像に白を足したようなもので。
またひとつ息を堕として眼を瞑る。頭には何かが通る感触。ミルクティーの香りが夢へと誘って。

「――眠いのですか?」

ぼとり、おっこちた其れ。ふと顔を上げるとその瞳。とろり、視線が合って。いわば、見つめ合う形となりて。
それにいつの間にか気付いて、目を逸らす。ついでに顔を下げる。紅い絨毯が目について。

「眠いって言ったら?」

悪戯に云う言葉。誰かの鼓膜に届いて、溶けて。

「そうですね……、先ずはベットにて寝かせますかね。ああ、オルゴールを子守唄代わりにするのもいいですね」
「お前はどこぞの母親だ」

そう考察する彼に、再び呆れるひとり。ゆらり、ゆれて、かたよって。

かち、かち、かた、
と、見つける数字。とある刻限を示し、人々を誘う。
彼もまた、そのひとりであって。
其の腕が離れ、思わずバランスを崩しそうになり、やはり最終的にはその白い布団にダイブすることになり。

「……行くのか?」

せっせと仕度をするおとなに尋ねるこども。その風景は親子のようにも見えて。

「ええ。残念ながらもうこんな時間です。」

そう円盤を見るひとり。其れを流し見するひとり。

では、行ってきます。



ばたん。音を吐き出して閉じるドア。最終的にその音は何処かに堕ちて、跳ねることは無く。めらめらと燃える火の音が微かに鼓膜を揺さぶって。
ごろり。四肢を投げ出し、今度は本格的に寝転ぶ。押しつぶされる白いクッションはあの日と同じ色をして。
ミルクティーはしずしずと冷めていき。

其の中ゆっくりと、瞳を閉じた。

















かちり、かち、こち、かちりり。
絶えず聞こえる音。小刻みに。しかし其の音は消せなくて。

「―――」

目が、覚める。その紅い目に、灯る炎がゆらりと映って。たちあがって。
時計は、見ない。理由は簡単。きらい、ただそれだけのこと。
そろそろと身体を動かす。ずっと同じ体制で寝ていたのか、地味に右肩が軋む。痛んで。

広い屋敷。多分今此処にいるのは雇われているメイドたちと自分。雪に埋もれるこの場所。

ふと、思い立って着替えを始める。髪は、寒いので束ねないでおく。





彼女らはほとんど自分に干渉しない。それは、他人と関わるのを嫌う自分を思っての彼なりの気遣いなのかもしれない。確かにある意味清々しいのでそれはそれで楽でいい。


屋敷の門を潜れば行き交う人々。帽子を被り、コートやマフラーで自身を守っている。
雪は今のところは止まり、ただ彼の涙の残留が此処に在るだけで。

そして、自分もそんな街を行く。高く聳え立つビルやら建物やら集合住宅やら。その間をぬって、街を行く。

途中、ため池に氷が張ってあったり、空調管理が整っている場所が繁盛していたり、寒さに震える野良猫を見つけたり、路地裏にはいつもの奴らがいたり。たりたりりありゆらり。廻る風景。

すべて、しろく、しろく。空ははいいろに、にごりゆきて。

誰かが云っていた。雪は埃の塊だと。いわば、穢れの塊だと。
確かに、そうかもしれない。雨だって今は前と随分と変わっているという。この国も、世界も一昨日より穢れが濃くなっている気がする。しかし、これは感覚での問題でしかないのだけれども。




時折、白い埃を被った野良犬が倒れている。その身体は細く、痩せていて。良く見ればまだ子供だと気付く。
その白を取り払ってみる。
まだ少しだけだがぬくもりを感じる。多分、近いうちに此処で命を燃やしたのだろう。
毛は薄汚れ、この端くれた場所にて転がっている。


「………」


うらやましい、そう想うのはこんな身体の異常者だからだろうか。
眠る横顔。その表情は悲しみに溺れているようにも見えれば、安らかな顔色にも見え、はたまた怒り狂っているようにも見える。
それでも、結果は変わらず。結論は、ずれず。

ただ、このいのちは消え、たましいは輪廻へと運ばれた。


いつか、自分もそうであれるだろうか。また、繰り返す輪廻の果てに乗れるだろうか。
血のように赤い瞳が捉える、"死"というもの。



「またほっつき歩いてるんだ、君は」

「うるさい」

振りかえずとも見える声。廃れた路地裏に反響して、消えて。
林檎のような髪色を揺らし、云う彼。
そんな彼は空色の前にある物体に気付き、淡々とぼやく。それは何処にもいけなくて。

「ああ、死んだの。それ」

其の眼に哀愁かつ哀れみは無く。かといって喜びさえも表情すら皆無で。
見たら判る。そう言って堕ち行く言の葉。
ふらり、揺れて、立ち上がって。

「……それで、何のようだヒロト」

「あ、久々に名前呼んでくれた」

「………人の話聞いてんのか?」

「ごめんごめん、いやはや久々に自分の名前を他人から聞いたもんだから、つい」

もういつだかわからなくなるほど、前に。そろそろ忘れそうだったんだよ。
笑顔で頭をかく彼。その姿は灰色と白が混ざり混ざらぬ風景には映えて。
ふい、そう吐く息が白く。それらは彼らがいきている印で。

「あのさ、唐突だけど風丸君――、」

斬り出す言葉。背後にて二階つきのバスが過ぎ去って。
其の眼は交わらず。

「……そろそろもう、疲れたんじゃない?」


息をすることに。



奔る唇。丁寧に、無機質に並べられた言葉。

つまり、彼が言いたいことは。


「俺さ、やっと見つけたんだ。この不老不死という呪縛から、呪いを、消し去る方法を」

輝く瞳。つられて驚きを隠せない隻眼。
赤と蒼が交わって。

「――、つまり、それはね」



"大切ナ誰カヲ殺スコト"


はたり、ふわり。埃のように舞い散った其れ。色も無く形も無く、路地裏に、足元に弾けて消えた。


「―――……、は…?」

「例えば、愛している誰かでもいいんだ。とても、とっても大切な誰か。死んでも守りたいひととか、ずっと傍に永久に居たい人。」


にこり、叶い叶ったと微笑むその顔。きっと彼の中にはひとつの罪悪も無くて。
ふわり、雪の花が蕾を広げ。


「すばらしいことだと思わない? だって相手をころしたら、もう自分はしねる身体になるんだよ。そうしたらさ、俗に言う後追い心中。つまり、俺達みたいな、永遠を持たない相手ともずっとずっと一緒に居れる。もう誰かが時代の波に掻き消されて行く孤独感とはおさらばさ。ほら、とてもいいことだろう?」

ほんとうに、かれは笑顔で。

確かに、彼の言うことは最もなのかもしれない。
不老不死という呪いまがいの特異体質を持つ自分たちにとって、"誰かと死ぬまで一緒"だなんて夢のまた夢。否、其の前に死ぬということすら赦されない自分達。
それはそうだ。彼らと自分たちの在る時間は全くもって違うのだ。
彼らにとっては一年でも、自分達にすれば一週間。そんな、矛盾のシーソー。

だから、自分は時がきらい。時さえなくなれば、誰も彼も自分さえもそれらに縛られずに歩いていけるのに。


「風丸君はどうする、もう、実践しちゃったりする?」

それでも、それはただ単に自分が空虚を掘り起こすだけで。
でも、今の自分やらにとっては、それがいちばんの幸せで。


覗き込むターコイズ。其の意思に邪光は一切無く。


揺らぐ、何か。堕ちる、音も無く。
歪む、シーソー。乞える、願う誰か。



踵を返し、其処を後にする。ただ、マフラーだけがこの道に揺れ残って。

「いってらっしゃい」

何かの音が飛んだ気がする。でもそんなもの、いまでは全く関係なくて、いらなくて。

何だか無性に悪寒や恐怖といったものが物凄い速さで全身を支配していく。其れをとっぱらうように、埃に塗れた表通りを駆け出した。
ただ、わけもわからず。
いや、わかりたくもなくて。












"あの世で一緒になる"
そんな、考え抜かれた言葉が脳裏をよぎる。たいせつなだれかを、傷つけて、自分も傷ついて。思えば、こんなものだけ天秤は平行していて。

ぐるり、毛布にまるまる。暖炉はいつものように。ミルクティーは既に冷め切って。

「―――。」

そうやって、駆け巡る言葉。自分を守ろうとする腕が、手が、指がわけも無く震えていて。

でも、もしも、もしも。其の情報がガセだったらどうしよう。そうだとすれば、自分は彼を失い、はたまた全てを失うことになって。
もう、元には戻せなくて。時を追うごとにその虚しさは空にまで響いて。
華は枯れ行く。彼逝くのは、当然の未来なのに。

こわがっているんだ、じぶんは。ただ、いまが物凄く楽しくて。そんなに濃い味とはいえないけれど、それでも丁度いい温度で、ぬくもりで、かおりで。
これで十分してしまっている自分がいて。


そうだ、彼はこの世界の流れによって死んでいくわけで。それは、この世の定義であり、常識であり。
つまり、だ。

彼が死に逝くときに、それを実行すれば、きっと自分は笑顔で逝けるのではないか。
ふと、冴える思考が道を作る。それはただの線で。



それが、今の自分にとってたぶん、いちばんしあわせな生き方。逝き方。


ごろり。再び地に足を置く。そして、防寒具を取り出し、身にまとい。



「……迎えにでも、いこうかな」


そろそろ帰ってくる時間のはず。
なんだか、とても今彼の傍にいたくて、急いで仕度をする。

その横顔は清々しく、凛々しく。


待っていて。どうか、今、迎えに行くから。





























ひそひそ、たそたそ。
道行く人々が自身の思考と言葉を道へと吐き捨てる。


「ねえあの子…、ずっとあそこで何をしてるのかしら」
「もうずっとよ。ずうっと。」
「奇妙ね。何時からいるの?」
「……さあ、うちの母もうすぐ還暦迎えるんだけれどね、」
「ええ、それでどうしたの?」
「その母が生まれた時にはもうあそこに居たらしいのよ」
「………冗談よしてよ奥さん」
「いえ、此れは本当よ。ずっと、居るの。」
「まるで、いきながらしんでるようね」
「そうよ。だからね、あの子は――」







白い白い雪の中。
埃に塗れながら今も誰かの帰りをまつ猫が其処に居て。










(まだ、帰りのバスは停まらないようだ)