※はたまた某様原案。流血シーン等有。因みに魔術やらごっちゃしてます。






「――っ、はっ、…はっ」

金色の背中まで伸びた髪を無造作に揺らす。
その姿は灰色に暗雲が隠す街ではひときわ目立って見える。
少女にも伺えるその美少年は息を荒立て、寝静まったこの夜を駆ける。

「いたぞ!」

何処かで声が聞こえた。男の荒立てた声。
くっそ、唇を噛み舌打ちを道に放り投げる。その様を路地で目を光らせている野良猫が嘲笑っていた。



聞こえるのは、どたどたと重苦しい軍靴をかき鳴らす幾多の人間達。
その身なりからか、全部が全部ブリキの人形に見えた。
其れを背後に感じ、少年は身体を預けている壁……いや廃れた建物。もう少し詳しく言うならば廃ビル。その中に潜り込んだ。


黒く塗りつぶされた夜空の隙間から、血溜まりを固めたような満月が静かに街を見下ろしていた。



現代は魔術社会。科学など過去の産物。
――と、言ってみてもそんな魔術云々は遥か昔からあるのだが。
科学も科学で、一応重要でもあると言えばある。

しかし、いつの時代、国や世界でも争いは絶えない。
主に今全世界の戦争の原因等もこれまた、魔術関連モノが多い。
例えば、"禁忌魔術"の収集。この世界で魔力濃度が飛躍的高い聖地の取り合い。そして、神の力を受け継いでると云われている"御子"の取り合い。それか捕獲。

世界は、魔術に侵されている。魔術、いや魔力が強いもの程上級人間に。逆に低ければ低い程下級人間と判断される。
階級が違えば住む場所も、生きることさえ制限されていく。
それにもちゃんとした理由が勿論在る。

全ては、いつ勃発するかわからない全世界魔術戦争に、この大国が勝ち残るためである。


少年が追われる理由も、その理由に含まれる。
彼らは神の意思に力を受け継ぐ、いわば神の化身と言っても過言ではないのだ。
御子はこの世に指折りしか居ないと言われている。それは、御子である当の本人、宮坂でもわかっている。

全てが全てどの神の御子なのか、そして何を司るのかははっきりしていない。ガセを流して人を騙す詐欺師までいるこの世の中だ。はっきりとはわからない。

「――………ふぅ。」

走り続けたせいで疲れきった体を壁にひたり、密着させる。
瞬間、伝ってくる冷たい温度。火照った体をちょうどいいところまで下げてくれる。

しかし、このまま逃げ切れるのだろうか。

不安が、脳裏によぎる。

いくら自分が御子で、神相応の力をこの身に秘めていてもだとしても、だ。
彼は元々魔力が皆無な家柄の間に生まれた。下級民族だと言ってもいいだろう。
しかし神とは実に子供らしい。そんな家族の元生まれた彼を、神の化身に選んだのだ。
だれがその力を得るかは、生まれてからでないとわからない。まさに、ロシアンルーレット。

そのせいもあり、彼には魔術という魔術はあまりというかほとんど使えない。せめてものは"空想具現化"ぐらいだけ。しかしこれも少々厄介なもので、発動には膨大な魔力を要する。幻想を現実にするのだ、それとしては致し方ない。しかし問題は他にある。
普段魔力を制御するだけで精一杯な彼にとって、一度それを発動してしまえば、また元に戻せる自信はない。逆に力が暴走する可能性のほうが大いにあるのだ。

せめてもの救いは、あと右耳に煌いているピアス。実は魔道具の一種で、魔力等関係なく発動できる優れもの。
しかし後はこれだけ。そして力は使えない。最悪条件が揃いに揃った顔ぶれ。

「くっそ……」

此処に入るのを気づかれるのも時間の問題。取りあえず何かアクションを起こさない限りこの鬼ごっこは長引くだけだ。

とにかく、今いる自分の場所を確認したい。
それには、高い場所……そうだ、屋上。屋上に行けば、とにかく現在地もわかってこの街を脱出する手口もわかるかもしれない。
そう、階段に放り投げた足を這いつくばせながら、とある光の御子はその身体を動かした。





「……っは、」

ふらつく体を急かして、やっとたどり着いたこの場所。

屋上はまっぴろとしたコンクリートの平地。時折、ひびが垣間見える。

重い灰色に染まった俯瞰風景。
強い風が、何かを消し去ろうとするように荒々しく凪ぐ。


「ここなら、―――」

宮坂の気力のパラメーターが一気に上がる、そのとき。

ぐわし、

身体を捕まえる何か。そしてゆらゆらと、這い上がってくる深緑の触手のような何か。
――否、触手ではない。もっとも近い表現で言えば鰐。鰐の尻尾の様な物が幾多にも、にょろにょろと蛸の足のようにゆれいでる。

「ここなら、何だ?」

「っ!?」

はっと思考が急回転エンジンを加速する。
その翡翠の瞳が捉えるは、無造作に風に遊ばす多い髪。その鋭い目。浅黒い肌に、顔が憎たらしくも弧を描いている。
まるで魔術を発動した本人も鰐のようである。

「ちょっとエスカバ、殺すなよ。というか俺の手柄とんないでくれる?」
赤黒い瞳をじとじとじとと。奥から出てくるは、その長い髪を箇所箇所で結い、その顔立ちは少女に類した少年。闇の色に良く似た髪を指先で遊ばしている。

「……あいよ。これが終わったらケーキでも奢ってやる」

「いえーい!気が利くねエスカバは!」

呆れた様子のひとりに、喜ぶひとり。そして、いっぱいいっぱいのひとり。

「ぐあッ…!」

ぎゅるるる、蛇がどくろを巻くような、そんな締め付け感。
その光景に淡白な視線を送る。

「"光の御子"……どうも軍やらなんやら騒いでたからどんなもんかと思えば…。たいしたことねえな」

「……まあ、確かにね。こればかりはこの俺ですらエスカバに同意。」

「おいまて今なんか余計に言わなかったかこの野郎」

「んー?余計なことってなんだろうねー」

「あおんな!」

ああいえばこういう。こういったらああいう。ぐちごだぐちりりり。
端から見れば一種の舞台。二人は、ほっぽいて別の世界に入り込んでいる。
しかし此れは宮坂にとっては絶好のチャンスとも言える場面であった。

「"Bust"」

ちいさく、つぶやいた。

そして、おおきく輝いた。













「んむ」

口の中に無花果の味が染み渡る。
街はずれの森。

(……今の、)
ゆらゆらと、風が取り巻く。水のように滴る髪をさらり、風が凪いで遊ぶ。

雷…、ではない。何か別のもの。

「………。」

木から下りる。もう寝ようとしていたんだけれども。

ロングコートが、ふわりと一瞬風を運んだ。



少年は隠れていく満月を背に、翼を広げた。













「――そんな小細工、俺に通用すると思ってるの?」

いや、俺とかじゃなかったら確実に今居なかっただろうけどね。

顔が地面を擦り、腕は掴まれ背を踏まれている。
ちりちりと、髪が少し切れたのがわかる。

「しかしまあ、最後にあんなモノを使ってくるとはね」

ごりごり。肉と骨がぐちゃぐちゃになる音がした。その音、振動は逆にミストレにすれば快感の瞬間であり。

「閃光石か。特徴やらから考えれば。はじめてみたな。」

いたって普通なエスカバに対し、ミストレ。

「でもコレは結構レアっぽいね。魔力の質が純粋だ。」

「あっそ。でももうつかっちまって中身はカラだけどな」

「――っ」

踏まれ続けているせいか、だんだん痛みにも慣れてきた……あれ、軽く自分危なくないか?
そう考えている宮坂の思考回路も、十分衰退してきたようで。

「あーあ、つまんない。さっさと終わらしてスイーツバイキングでも行きますか!」

「どんだけ行きたいんだよ!」

そんな後の楽しみを噛み締めながら捕獲作業に移るミストレ。

ふと、そんな中エスカバは空を見上げた。
暗雲に隠れた月。そして、今にも降り出しそうな雨。
いや、ぽつり。予測範囲。もう、雨が降ってき―――。

「ミストレ伏せろ!」

「はあ?何俺に――ッ!?」

自身危険信号が二人の間に、一瞬の火花のように迸った。

そしてその一秒後、まるで地震でもあったかのような音。

其れが何連発、幾つも。

安全地帯に避難し、ミストレが霧が晴れていくのを見届ける。


屋上に、幾多もの巨大な氷柱が突き刺さっていた。

そしてふわり。真ん中中央宙ゆらり。

長い浅葱の髪は風と戯れ、その瞳は先ほど隠れた満月とよく似た色をし、黒いロングコートから垣間見える手足もその顔だけでなく中性的で、華奢。
そしてなんとも、その背から生えているのは闇色の六枚の翼。
ばさり、ばさり。その律動を刻むたび、ひとひら、ふたひらとゆらり落下していく羽根。

ふと、彼が左手を上げた。

――ヤバイ。

純粋に、本能がそう告げた。
瞬時、その巨大氷柱と漆黒の羽根がこちらへ向かって放たれた。
弾丸のように。はたまた、弓矢のように。






ずぼぼぼだぼ、

重い音が空に響く。
カルテット、否交響曲のように。

「――消えた」

ぽつり、鴉が言う。
片方がテレポーターだったのか。まあいいか。

ふと、見つける、翠。


彼を守っていた氷柱。触れれば、無かったかのように、一瞬にして消え去った。

「……貴方は…?」

純粋な瞳が、こちらに向かう。

「お前と同じ。」

「同じ、ですか」

「そう。同じ」

淡々。

「何で、俺を…」

聞き返す彼。

「お前は、俺の恩人だから。」

ふすら、にこりと微笑む。まるで天使だと、直感的に思考が流れた。




宮坂の中の、無花果がはじけた瞬間だった。










「お前達二人が尻尾を巻いて逃げてくるとは、珍しい。」
かつ、かつ。ブーツの音が部屋に響く。
応急救急室。

「だれが尻尾巻いてなんか」
傷だらけのミストレ。その自慢の顔にもこびり付いており。そして普段結われている髪は下ろされている。

「生憎だなバタップ。だがな、御子が二人もこの街に居ただなんぞ俺は聞いてねえぞ」
エスカバが口にすると、滅多に表情を変えないバタップが一瞬眉間に眉を寄せた。

「"御子が二人"……!?それはどういうことだエスカバ」
「そのままの意味だ。」
はっきりと、言の葉をぶちまける。
すれば、黙るひとり。
「それは、どの御子だ」

「さあ、……そこまでは――」

「多分、アレは"鴉"だよ」

長い髪を揺らしながら、言い放つのはミストレ。
その容姿顔立ちから、本当に少女に見間違えそうである。

「"鴉"……?」
エスカバが復唱する。そしてその言葉をなぞるように
「そう、鴉。」

不敵に笑む、彼。



鴉はね、神話では"神の使い"だなんて呼ばれているんだよ。








(死の穢れを祓う者)