※某様の日記の研風より。グロ表現含。



静かにひっそりと、静寂に包まれるは木々の生い茂るこの場所。

刑事であり、そして今まで追ってきた連続殺人犯をやっとの思いで見つけた鬼瓦。
今まで彼の"生贄"となった仲間や人々。その思念を受け継ぎ、彼はその憎き相手を火の海に捕らえた。
じき、奴は生きたまま高熱の炎により焼け死ぬだろう。

鬼瓦にそんな思考をもたらした程、相手は罪を背負いすぎたのだ。


星星は悲しいほど満天の夜空に輝く。彼がこの世から消してきた人間たちの魂も、あそこで静かに居るのだろうか、なんて御伽噺のような考えが脳裏に過ぎった。
奴は、死ぬ。これで終わり。長かった。
ふう、とため息をつき、その弔いの炎に背を向ける。あばよ、お前の生もここで尽きた。

しかし、現実は違った。呻き声。
何か音が聞こえると思い、振り返れば、とあるひとつの人影がゆらゆらと歩いている。
森の奥へと、消えた。
――まだ動けたか!
畜生、と唾を吐きながら鬼瓦もそれを追いかける。逃がすわけにはいかない。

絶対に、逃がしはしない。


それほどの執念を抱えながら、彼はその場を後にした。





「―――ヴァ……ッ、ハ…」
人が聞いたら、さぞかし化け物の呻き声に聞こえるのだろう。

身体は、事実的には常温をはるかに越え、皮膚の一部は焼け爛れている。

「―――…っ」

それでも、会いに行かなければいけなかった。彼、研崎竜一には。

愛に、行かなければならなかった。



がこん、最早限界ともいえるその身体を何とか操り、たどり着いた場所。
ドアを開けた振動か、それとも彼を咎める何かか、木に咲いていた赤い華がふと、彼の肩に落ちる。
しかしそんなことなど気にせず、彼は探す。探す捜す。視界さえもう消えてきている。

「カ…ゼマルクン……ドコニイルンデスカ…カゼ、マル…クン」

呼吸さえ、困難。躯となりつつその器、しかし中身はそれを許さない。まだ、終了条件は満たされていないのだ。

音も聞こえない、五感さえほとんどもう無い。

とある人間のなきごえ。それだけが車内に落ちる。

手探りで、やっと、見つけた。

愛しき、モノ。

「カゼマル、クン…、ワ、タシ、ノ…カゼマルクン…ミツケ、タ……」

笑う。哂う。微笑む彼。

彼が表情を見せる先、愛を注ぐ先には人の子の首。首、頭。
瞳は瞑っていた。息も、当然ながらしていない。
さらりと、撫で下ろされた髪は絹のように。
人形のよう。――いや、人形といっても過言ではない。
彼はいつかまでその命を働かしていた。研崎を愛しながら。想いながら。どれだけ彼が壊れていきながらも、亭主に仕える妻のように、従ってきた。

遺体にしては、うつくしすぎる程。


そして、そんな人形をそっと、研崎は抱え込むように抱きしめる。それこそ、赤子を愛でるように。
ぽたりと、血が彼の瞼を濡らし、その蒼い髪に相反するように血の涙がひとつ。そしてふたつ。流れ落ちていく。

しかし、その顔はおそろしいほど穏やかであった。
残酷な殺人鬼に殺されたということは、どんな死に方をしたかも目に浮かぶ。
例えば、四肢を切り落とされたかもしれない。指を、ちぎられたかもしれない。
そう、そんな眠り方をしただろうに、その顔は慈愛に満ち、まるで子を抱きしめる母親のように微笑んでいた。研崎の血が、彼を泣かせているようにも見える。

女神を象った人形。

それが、一番正しい感想ではないだろうか。

この世で一番美しく、消えた命。






鬼瓦は、唖然とした。
あの、幾多の人間を残虐に葬り去ってきた彼が。殺人鬼が、誰かを抱いている。
いや、誰かの首を大切そうに抱えている。
彼は不気味に感じた。死体を、抱いている、だなんぞ。
確かに奴は不気味や異体の塊、いや、そのものと言っていいほどであった。
それでも、だ。


そして研崎は、その未練を消し去ったのか、そのまま灰となり塵となりてこの世を去った。
灰が、その女神を守るように、風が凪ぐ。


もう、彼は居ない。

やっと、居なくなった。





その後、鬼瓦が車内を探索したとき、その女神は椿の華に彩られていた。








あいしていました。いや、いまもあいしています。

あなたはいつもそばにいてくれた。かみを、なでてくれた。

いつでもおれをまもってくれた。たいせつにしてくれた。

おれにつみがあるのなら、あやまります。

あなたがそのてをよごさなければならなかったりゆうが、おれにあるのならば、おれはそのつみをつぐないたい。あなたを、くるわせたのがおれならば、ごめんなさい。

ずっと、あのままでいたかった。はじめのころのように、さくらのきのしたをあるいていたかった。

でももう、はなはちったのですか。あなたのこころのはなもちってしまったのですか。

あわれなひと。かなしい、いとしいひと。

こわくないといったら、うそになります。

でも、おれはあなたをあいしています。

あなたがこわれていくさまをみていくのが、おれはこわかった。もう、どのパーツをじょうずにくみあわせれば、あなたはもどるのか、それだけしかかんがえれなくなった。

ずっといっしょ。あなたはいいました。しっています。あなたとおれはずっといっしょ。

それでもあなたをすくいたかった。

あなたの、せおうはずのなかったウソのつみを、おれはつぐないたかった。


だからいま、あなたのつみをすべてうけいれます。

あなたがみちをふみはずしたぶん、おれがもっていきます。

ごめんなさい。うそをつきました。ずっといっしょじゃなかった。

おれはあなたをすくえなかった。だからすくうのです。おれがじごくへとそのウソを、つれていきます。


だからあなたは、そこでしずかにねむっていてください。






また、らいせでてをつなげるまでのあいだ。





(愛が罪ならば、罰は愛し合うことですか)