※研崎様が吸血鬼。同棲設定。いろいろ捏造




広い、広い屋敷。彼と自分が居座る、ひっそりと佇む洋館。
外見は紅と褐色が織り成す麗しいレンガ造り。
周りは森に囲まれ、その不気味さ故に近づく人間は居ないと言っていい。
これほどの遺産は、彼の祖父から受け継いだという。狂気と呼べる彼の祖父から。
重苦しい紅に金が装飾された扉を開ける。
「――っふ、」
精一杯の力を押して中へと入る。
最初の頃と比べると随分慣れたものだ。
当時は開ける事すら、開けても其れだけで息が上がってしまった。
――いや、今でも少しは開けにくいと感じるのだが。
しかし裏口から入れば良いというのに、わざわざ此処から入るのにはそれなりに理由がある。

ばたばたと大広間のレッドカーペットが敷かれた階段を駆け上がる。
このルートを使えば幾分か裏口からより早く彼の居場所へと着けるのだ。


「っどわッ!?」
どて、鈍い音が静寂に包まれていた部屋に弾けた。それでも荷物を死守した自分を凄まじく褒め称えたい。
勢いをつけ過ぎて思わず転んでしまった。
地味に痛がる膝と、恥ずかしさで温度を増す顔。
「――ふふふっ」
右側で椅子に腰掛けていた彼が突然の事に一瞬驚き、するとその顔が一気に綻ぶ。
「わ、笑わないで下さいっ」
わたわたと目の前にいる人物に抗議する。しかしそんなことじゃ全く説得力が無いことは分かっている。
それでもそんな事を条件反射でしてしまう自分に戸惑う。学習しようか、そろそろ。
異様に熱を帯びた頬にその、白い指が撫でられた。
更に熱を帯びてきたのはこの部屋の暖炉のせいだと信じてみる。

「全く、……その可愛さをどうにかしてほしいものです。」
ぼそり、何か聞こえた気がした。
「?、何か仰いましたか?」
「いえ、ただの独り言です」
「?」
なんだろう、そう首を傾げてみるが答は見当たらない。
とにかく、ずっとへばっていられないので、そろそろ起き上がる。
「大丈夫ですか?」
そっと手を差し伸べられて、思わず手をのせる。
「あ、はい。大丈夫、です。」
ありがとうございます。
自分よりも、幾分と大きいてのひら。そして、白くて脆い手。
あ、そうだった。
少し、頭から避けられていたけれど、そうだ。
彼は吸血鬼と呼ばれる類の者であったのだ。なのに、最近はその特徴である吸血を彼は行っていなかったのである。
吸血人種は血を吸わないでも、多少は生きていられるが、ずっと飲まないでいられることは彼らにとって、養分を蓄積してないと似たようなものだと、知り合いでありこの事情を知っているマックスが言っていた。
吸血に関しては自分が、他人に吸血をしてはいけないと言ってきたので、かといって彼も自分をあまり吸血することはないし。話を聞けば、自分が彼と会うまでは普通に吸血をしていたらしいのだが……。
何故だかわからないが、それきり彼ははたりと、その行為を止めたのである。
そのせいか、はじめ会った時よりも随分肌が白くなっている気さえする。
………。
もんもんと、思考をたぐらかしてみる。
そして、ひとつの決意が自分の中ぽつりと生まれた。

「研崎様」
「はい、なんでしょう」
いつものように尋ねてくる。そして、

「俺の血を、吸ってください」





「俺の血を、吸ってください」
彼にとってはその言葉はひととき心臓を貫きそうだった。
だって、彼は元々この目の前にいる、風の妖精として童話にも出てきそうな愛する者のために、今まで行ってきたその行為を止めていたのである。
確かにすぐ、というのは多少無理もあったが、この者のためだと思えば、それほど辛くはなかった。確かに物足りなく感じたとしても、その穴をこの少年が"愛"というもので埋めてくれたから、寂しく感じることは全然無かったのである。

そんな、水晶でもあるかのような彼が、自分に"その行為をしろ"と言ってきているのだ。驚くのは当たり前で。

「どうしたのですか、そんないきなり」
「研崎様はあれからずっと血を吸っていないのでしょう?」
意思の強い目がそう言う。確かに自分はその行為をずっと今までしていない。
「それは貴方が禁止したからでしょうに」
茶化すように言えば、そうですけど、とまるで叱られた子供のように小さくなる彼。
少しやりすぎてしまったかと思い、宥めようとすると、突如音が聞こえた。
「……別に、ただ………俺だって貴方の一部になりたいんです。俺だって、求められたいんです……―――」
悪い、ですか。
頬を赤らめ、少し前かがみに立つ、愛しきもの。
その姿は小さなスズメのようで。
研崎竜一の中にある、何かのパラメーターが急上昇したのは言うまでもなく。



「いいのですか?止まらなくなっても知りませんよ?」
「あ、でもそれは困ります。そうじゃないと……その…、」
「何ですか」
「…………っ、だって、触れられ…ないじゃ、ないです……か」





(さて、今宵は月が紅く昇る)