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想花歌





廊下をこちらへ向かってくる銀の髪をした二人組を、経正殿は呼び止められた。

「遙香殿、こちらが従兄弟の知盛殿と重衡殿ですよ」

「初めまして。遙香と申します」


経正殿から紹介を受け、緊張しながらも私はお辞儀する。

双子のようにそっくりな二人。


「重衡と申します。遙香殿、ようこそ平家へ」


優しい声に顔をあげる。

私の眼を捕らえたのはその声の持ち主でなく、もう一人の射抜くようなまなざしだった。


「‥‥‥よろしく、遙香殿‥‥」


その男は腕を組み、柱に凭れていた。
何が楽しいのか、人を嘲笑うような表情を浮かべて。


(苦手なひと)



初めての印象はあまり良くない。
知盛殿の眼は私の心を見抜いていそうで、怖く思った。




私はこの日、生前の父と清盛様との約束により、平家にやってきた。
清盛様のご兄弟の子である、経正殿に嫁ぐ為に。



「こちらが遙香殿の部屋です」

「ありがとうございます、経正殿」


この時になって、いつか夫となる人物をようやく、ゆっくり見ることが出来た。
優しく穏やかに笑む人。

どんな人に嫁ぐのか不安だった私は、彼の笑顔に安堵した。
このひととなら、長い時間を共に過ごせそうだ、と。














私が平家にやって来て、幾度目かの秋を迎えた。

その間に清盛様が亡くなって、幼き少年のようになって帰って来られた。
怨霊だとは聞いたが私にはどうでも良かった。優しい清盛様がいて下さるならそれで。
ご嫡男の重盛様も黄泉返られたと噂で聞いたが、ご本人は

「俺は有川将臣だ。重盛と似てるから還内府だとか言われているが」

と事も無げに否定していた。




戦が始まって、平家一門も随分流転したように思う。
変わらないものは、私と経正殿の関係だろうか。


私達は未だ婚儀を執り行っていない。
平家の姫でなく、客人でもなく、中途半端なまま一門と共にいた。













「遙香殿は、何をしておいでで?」

背後から声が掛けられる。いつも、気配を感じる事なく近付いてくるひと。


「知盛殿‥‥蟻を見ておりました」

「‥‥‥蟻?」

「はい。面白くて、つい」

花を愛でているとでも思ったのだろうか。
知盛殿は小さく笑った。


「‥‥‥面白い姫君だ‥」

「ありがとう、と言えばよろしいでしょうか」

「‥クッ‥‥」


私と知盛殿はいつしかよく話すようになっていた。
皆が戦の準備で走り回ろうと、この男だけは何もしない。戦う事しか頭にないようだ。
相当暇なのだろうか、毎日のように顔を合わせる。


「蟻には、戦はないでしょう?」

「‥‥遙香殿は、戦がお嫌いで‥‥?」

「‥‥‥‥父も、戦で亡くしたわ。兄も。我が家に仕えてくれた、兵達も皆‥‥」

「‥‥‥‥」

「関係ない人が沢山死んでしまった。そうまでして争う事が辛い」


私は何を言っているのだろう。
知盛殿は武将なのに。戦いの中で生きてきたひとなのに。
私が戦いそのものを否定して、どうなるというのだ。


「遙香殿は‥‥経正と‥同じ考えをなさる」

「‥‥‥‥そうね」


知盛殿の口から、経正殿の名前を聞くのは胸が苦しくなった。
泣きそうに歪んだ顔を見られたくなくて、私は俯く。




「‥‥それでも、俺は‥‥‥」




「え‥?」

今の言葉が聞き取りにくくて、もう一度聞こうと顔を上げた。
今まで見たことのない表情の知盛殿がそこにいた。
私の髪を優しい手つきでかき上げる。


「‥‥‥よく、お似合いで‥‥」

「‥‥‥?」


それだけ言うと、知盛殿は踵を帰し、ゆっくりと館に消えていった。


髪に手をやると、一輪の花が飾られていた。


薄紅の秋桜の花。


(知盛殿)


私は、彼を呼び止める事が出来なかった。

たった今気付いた想いを持て余して、消えゆく背中をただ見ているだけだった。







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