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―――雨の日はいつも



そう、いつも



彼女は空を見上げている―――





雨音





平家に来て二年。




遙香の送る日常で、経正と過ごす時間が一番長い。

けれどそれは、双方共に「気が合う」事が理由で、恋仲ではない。



経正に取っては如何様な理由であれ、遙香の傍に居る事は叶って居る。

だが、彼女から時折垣間見る溜め息の理由を聞き出せる事は、叶わぬ程の距離。









‥‥‥将臣ならば。

彼女の同郷で、幼馴染みていうあの男にならば、打ち明けるのだろうか。

この場には居ない男に、微かな羨望と嫉妬を燻らせる。





将臣が羨ましい。

彼女の「素」を引き出せる、旧知の友と言う間柄が。






思えば思うほど身動き取れなくなるのは、不条理な想い故。










初めて、彼女の表情に惹かれたのは、やはり雨の日だった。



今と同じ様に欄干に凭れ、空を仰ぐ娘の後ろ姿に足を止めてしまった。

あの瞬間に全てが始まったのだろう。









灰色で、美しさとは離れた濁空を

熱心に見つめる眼に、



‥‥‥何が映っているのだろうか、と。



『遙香殿。あまり長く居ては御身体を冷やされてしまいます』

『‥‥‥思い出してしまうんです。ここに来た、あの日のことを』

『あちらにどなたか、大切な人でも居られたのですか?』

『‥‥‥大切な、人‥‥‥』






雨に、
雨空に姿を重ね。



その様に彼女に切ない眼をさせる人物に‥‥‥興味を持った。






こんなに若い娘を置き去りにしただろう存在に、その時馳せた想いは、怒りか嫉妬か。






輝く未来を持つ人間の娘に、怨霊など相容れぬ。


だからそれは、秘めた想いの始まりだった。
















しとしと、降る雨音と重ね

ひたひたと近付く緩やかな足音。




「‥‥‥上がる気配はありませんね」



柔らかい声が降る。

その響きを遙香は胸に納めた。



何が上がるか、それは言わない。
きっと雨だけでなく、遙香の様子も指しているのだろう。


いつだってそう。
この人は言葉の奥に優しさを込めてくれる。



「そうですね。時雨と呼ぶには長い雨。止む気配もないし」

「‥‥‥その口振りですと、遙香殿はずっとこちらに座られていたのでしょうね」



今度は少し咎めるそれ。

柔和な面立ちに微かに潜められた眉の、けれど怒りではなく心配を宿している事に気付けば、素直に零れる謝罪。



「すみません。動く気になれなくて」



苦笑を添えた。

経正は目を細めるだけで何も言わない。

どうやら、身体を底から冷やすこの行為を、本気で咎めているらしい。




一瞬でも気を抜けば、呼吸が荒くなる。
それを見とがめた経正をもっと心配させてしまう。


だから、笑顔の裏で必死で押さえ付ける。

けれど、そんな努力はあっさりと看板されてしまった。




「‥‥‥貴女の強情振りは、平家でも知らぬ者はおりません」

「経正さん。私の強情なんて平家の皆の前では、物の数にもならないですよ。有名な訳ありませんって」



隣に座りながら「強情な」面々を思い浮かべたのか、経正は渋面を余儀なくされた。



そして、二人を包む沈黙。


雨雫が欄干を打ち、小さな飛沫が肩や顔を湿らせてゆく。




雨音以外何も聞こえず、二人を俗世から遮断したような
この瞬間が、何よりも愛しい。













出合った時には、既に死に人だった貴方に

私はどうしようもなく恋をしている‥‥‥。





 
 


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