それは突然の事だった

 僕には協力者がいる。公安の協力者だ。その人物は目の前でコーヒーを啜っている影本夢、一八歳だ。性別は女、性格はよく読めない。腰まである黒髪を何時も靡かせていて、目を惹かれないものはいないだろう。ただ、生活がだらしなく最近彼女の家に上がり込んで家事全般をこなすのが僕の役目になりつつある。
 さて、何故こんな他者紹介をしたかというと、僕の目がおかしいからだ。彼女の顔一面に小さくはあるがたくさんの花が散りばめられているからだ。四徹目で頭がおかしくなったのだろうか。事実、公安のものに彼女の姿を見せても普通の顔をしていて、「降谷さん、休まれた方が……」と心配されるほどだ。うるさい、俺は疲れていない。しかし、目の前の光景は明らかに異常だ。
 はあ、と溜息を吐くと影本が顔を上げた。

「安室さん? どうしたんですか? 溜息なんて吐いて」

 花の靄がかかっているせいで彼女の表情が読めない。ただ、心配そうな声色が聞こえなんとか彼女の感情が分かる。
 いや、ちょっと疲れてね、と困り顔で返せば、ちゃんと休んでくださいよ、と何時もの声色で言い、珈琲を再び啜る。今日のバイトが終わったらそうするよと微笑みながら返答すると、そう、とさも興味なさげに返される。心配しているのか興味がないんだか。

「あ、そうだ」

 彼女はスマホを弄りながら“例の”と呟く。

「“宿題”、終わりましたよ」
「もうですか。昨日出たばかりでしょう?」
「私にかかればこのくらいお茶の子さいさいですよ」

 “宿題”とは、僕たちの中の隠語だ。集めて欲しい情報があるとき、彼女に頼むのだが外でそれを報告する際『調べ終わりました』などと口にするのはまずい。どこで誰が聞いているか分からないからだ。そこで僕たちは隠語を使うことにした。幸い、彼女は学生。“宿題”と口に出しても違和感はない。
 ブー、ブー、と僕のスマホが振動する。察するに“宿題”のデータが送られてきたのだろう。梓さんに三番に行くことを告げ、トイレで確認する。……成る程、完璧だ。お願い以上の情報がびっしりと詰まっている。流石僕の協力者、といったところだろう。
 スマホをポケットにしまい、トイレの水を流して店内に戻る。何食わぬ顔で手を洗ってから消毒し、作業に戻った。




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