※サンプル「夏のいたずら」
「まあまあいいじゃん。一緒に遊ばねえ?色々奢るしさあ」
「えー……どうする?」
「遊ぶって言ってもねぇ……」
誘いをかける二人の少年を前に、悩んでみせる水着姿の少女が二人。
目の前にはキラキラと輝く海の水面、真上には高く青く晴れた空がある。
浜辺や水際を埋め尽くす人の数は半端ではないが、シーズン中と言える八月前半の猛暑日の今日は絶好の海水浴日和だから、この人混みも納得出来ようというものだ。
「やっぱりやめとく!」
「え〜!!何でだよ!?」
「じゃあね〜!」
ヒラヒラと手を振って去って行った女の子達の尻を目で追って「ああ……、いい身体してたのになあ……」と口惜しそうに呟いた焦げ茶色の短髪の少年は、その隣の、一つ結びの黒髪の少年を軽く睨みつけた。
「シカマル、おめーがやる気見せねえからだぞ」
「あぁ?面倒臭え……。どっちかっつーと、キバ、お前がガツガツしてっからヒいたんだと思うぜ」
シカマルと呼ばれた、少しだけ吊り眼の少年は「大体俺ぁ別に女に興味ねーんだよ」と吐き捨て、言葉通り面倒臭そうな顔をする。
「興味ねえっつったって、しょうがねーだろうが、男二人で遊んだって楽しくも何ともねーよ。ナルトだってあの調子だしよ」
「……」
そう言って投げた二人の視線の先には、海の家の前で楽しそうに笑っている金髪の少年が居た。
彼らと年の頃は変わらない少年……彼がナルトである。
何を隠そう、ナルトもキバやシカマルと同じ高校の同級生で、共に海に遊びに来ている友人なのだから年の頃が変わらないのも当然の話。
しかしキバは、そのナルトの隣に目線を移して顔を顰めた。
「……まだ話してやがんのかよ。誰だありゃあ」
ナルトの隣には、彼らの同級生ではなく、また、連れでもない銀髪の男が居た。
歳も結構上のようだし、ナルトとも顔見知りといった様子ではなかった。
つまりは、この海に来て初めて出会った相手だ。
長身で、遠目から見ても男前な青年である。
見ていると、気が合ったのか話は随分長引いているようだ。
「知るか」
同様に苦々しい顔をして、シカマルは目を逸らした。
ナルト、キバ、シカマルの同級生三人は、一ヶ月半の夏休みを利用して今回この海へと遊びに来ていた。発案者はキバだ。
夏と言えば海、海と言えばナンパだ、と軽い脳みそを代弁するが如く言い放ち、単純なナルトはそれに乗っかって、面倒臭がりのシカマルは乗り気でなかったが仲間の誼で連れて来られた。
キバ程ではないが、そこそこに女の子に興味があったナルトは、この機に彼女が出来たらいいなぁ……などと淡い想いを抱えていたのだが、いざ海に来てみると本来の明るく元気な性格が優先されて気分はすっかり幼少に戻り、遊ぶことに夢中で、彼女云々はすっぽり頭から抜け落ちていた。
遊ぶ気満々で、後々の利用頻度など考えもせず青色のビックサイズの浮き輪まで買ってしまって、輪の中心部分にヨッコラセと乗っかり、サイド部に上体と太腿を凭れて波に揺られる。
キバとシカマルは何が起こったのか少し離れたところでギャーギャーと騒ぎながらクロールで追いかけっこをしていて、ナルトはウハ、と笑って目を閉じた。
カンカンと照り付ける日差しの下で波に揺られて日光浴。
足もつかず、爪先を動かしたところで海水をパシャパシャ蹴る程度だ。
冷たい水の温度が火照った身体に心地好い。
(……気持ちいいなー)
浜辺からそう離れてもいない場所で、辺りではキャーキャーと子供や女性が楽しく遊ぶ声が聞こえ、普段は騒がしくしか感じないそれすら風情に感じられるのだから、シーズン中というのは全く乙である。
そんな風に和んでとても寛いでいたナルトだったが、近くではしゃいでいた女性にぶつかられて、ビックサイズの浮輪が横転した。
当然その上で揺られていたナルトも容赦なく海へと突き落とされ、不意のことだったのでかなり驚いた。
しかもその上に浮輪が降ってきたから顔を出す場所をいまいち掴めず、落ち方も心の準備などあったものではなかったので海水が鼻に入り、知らない人々の足や腰にぶつかって……早く言えば軽くパニックになった。
吐き出す息が気泡となって海面に立ち上がる。
誰かの手が伸びて、ナルトの腕を掴んで引っ張り上げたのはその時だ。
海上にザバッと顔を出して、真っ先に視界に入ったのは目に焼き付くほどに眩しい光を放つ太陽だった。
直視出来ず、目を瞑る。
「……ぐっ、ゲホ!ゴホッゴホ!カハッ」
「大丈夫?」
「ゴホゴホッ!……ハ」
次に視界に入ったのは、光彩を受けて反射する銀。
ナルトを掴んで引っ張り上げてくれた相手は、銀髪で体格が良く……それでいて一目見ただけで端正だと思える顔立ちの大人の男だった。
「コラ、アンコ。謝れよ」
男が振り返って言うと、スタイルのいい、これまた大人の女性が後ろから顔を出した。
「あーごめんごめん、君にぶつかったの私。大丈夫?」
「え……あ、はぁ……ゴホッ!大丈夫、です」
あまり悪びれなさそうに言う彼女より、彼女の連れと思われるその男性の方がナルトを気遣ってくれたようで、流された浮輪を取ってくれた後「一回上がったら?苦しそうだし」と心配そうな顔をした。
「ゲホ……はい」
「一人で行ける?」
「はい……」
赤の他人に随分親切だ。
それにひきかえ、彼女の方ときたらナルトをこうした張本人のくせにまるで他人事である。
背中から「ねえ、カカシ」と男を呼ぶ明るい声が聞こえた。
二人で海に来るぐらいだ、恐らく付き合っているのだろう。
(ちくしょう、いいなー……)
カッコ悪くも溺れかけた、こんな自分を心配してくれるような彼女が俺も欲しい、と思いながら浮輪に掴まって水際に泳いだ。
彼女はいなくても友達はいるのだが、その友達のキバとシカマルはナルトが溺れかけたところなんて見ていないので、話したところであくまでも反応は軽かった。
「浮輪持っときながら溺れるって、お前アホだろ。んなことより昼飯食おうぜ、腹減った」
軽いというか心配していないだろうと思える態度で言い放たれ、不満を抱えたナルトは、災難なことに三人分の昼飯を買いに行く係を決めるジャンケンでも負けて、散々だと肩を落として海の家や屋台がある方向に足を向けた。
屋台は数多くあるが昼時は利用客も同じく多く、どこもずらりと人が並んでいる。足の裏の砂は焼け付くように熱いし、ジリジリと肌を焦がす日差しも痛い。
仕方なくヤキソバの屋台に順番に従って並び、陽の光を遮る為に頭の上に手を翳した。先に待っている人が既に何人もいる。
一体何分かかるのだろう。
はあ、と溜め息をつき、屋台を眺めていると、後ろから「あれ」と声が聞こえた。不思議に思い、振り返ってナルトも「あ」と呟く。
「やっぱり。さっきの子だよね?」
それは、先程ナルトを引っ張り上げて助けてくれた男だった。
「さっきはありがとうございました」
「いや、こっちこそごめんね。君を溺れさせたの俺の連れだから」
「や、あ、えーと……ヤキソバ?」
自分の後ろにいるのはその用事か、という意味で尋ねると「うん」と頷いて「結構並んでるね」と男は屋台に目線を投げた。ナルトが彼と知り合ったのは、そんな経緯だ。
***
「平気?」
「う……うん」
先に岩場に下りた男が、ナルトに向かって手を差し出す。
ナルトはその手を掴んで足場の悪い岩を下り、男の前に立った。
海岸線の端にある岩場は、波に削られて出来た岸壁のおかげで一部日陰になっている。
足を踏み入れやすい場所でもないので海辺の他の場所と違ってここらは人気がなく静かだ。
ナルトは胡座をかいて座った男の隣に腰を下ろした。
ヤキソバを買う為に男と共に並んだ時間は、十分ちょっとくらい。
待っている間、互いにやることもなく手持ち無沙汰だったので雑談をした。
先程ナルトを海に突き落とした女性は男の彼女ではなく、前の職場の同僚だったそうだ。
だから本当はあの女性以外にも何人か一緒に来ている人がいるのだが、たまたまあの時は二人の状態で、女性がナルトにぶつかってナルトが溺れかけたから慌てて引き上げたとのことだった。
俺の連れがごめんね、と重ねて謝られて、なんて律儀な人なんだろう、とナルトはそれだけで男に好感を抱いた。
男はナルトよりもだいぶ年上であることが窺えたが、話してみると、クールそうな見かけと違って人当たりの良い人柄をしていた。
穏やかで、話す声は低いのに口調はどこか柔らかい。
笑うと目が細くなって優しい印象だった。
それを知って、当たり前か、と思う。
海で見知らぬ自分を助けて心配してくれたぐらいだ、いい人に決まっている。
順番が来てヤキソバを買ってからも何となくそのまま立ち話をしていて、少しの時間が経過した後、ナルトは手に持ったヤキソバの存在をやっと思い出した。
すっかり忘れてしまっていたが、待っているであろうキバやシカマルの顔が頭に浮かぶ。
またどやされる、と慌てて男に別れを告げた。
すると、男が言った。
「――『待ってるからまた後で会えないか』なんて……なんで?」
胡座をかいた足元を眺めて、先程男に言われた台詞をなぞり、真意を問えば、隣の男は涼しげな目をナルトに向けた。
「せっかく仲良くなれたから、もう少し話してみたくてね」
そう言ってにこりと微笑む。
「……変なの」
ナルトは困って目を泳がせた。
男は本当に整った顔立ちをしていた。
背が高く、身体は鍛えているのかしなやかな筋肉に覆われていて男らしい。
左目には縦に走る細い傷痕があるが、それすら気にならないくらい……微笑まれると、男のナルトでもドキリとしてしまうようなかっこよさがある。
『待ってるからまた後で会えないか』
そう言われたナルトは、男の目的が分からず会うことを躊躇ったが『気が向いたら来て』と付け足された言葉が気にかかり、結局足を向け、こうやって会っていた。
行かなければ延々と男は自分を待ち続けるのかと思ったら、気が咎めて、行かずにいられなかった。
キバやシカマルには適当に理由をつけて、少しだけと離れた。
男と話して多少打ち解けた感じはナルトだってしていたし、いい人だとも思っていたが、それはわざわざ呼び止めて改めて約束を取り付けるほどのものだろうか。
まるでナンパみたいな誘い方だと思った。
この容姿であれば大抵の女は喜んでついていくだろうに、それが何故、どういった理由で男の自分を誘ったのだろう。
せっかく仲良くなれたからもう少し話してみたくて、という理由は納得に値するだけの説得力がない気がする。
「……名前、訊いていい?」
不意に訊かれて、ナルトは目を見開いた。
「あ……」
「あー……ごめん。もしかして、ナンパみたいとか思ってる?」
ナルトの気まずそうな顔を見て察したのか、男が苦笑した。
言い当てられて益々気まずく思い、ナルトが俯くと「そういうんじゃないから」と男は少し笑う。
「今日一緒に来た連中と居るのは少し疲れるんだ。誘われて付き合いで来ただけだし……見たでしょ?さっきの俺の連れ。ああいうのがウジャウジャいて、それだったらたまには君みたいな若者と話したいなって思っただけ」
「あ、ああ……」
そりゃそうだ。眉目秀麗な男なら引く手数多だろう。
さっき自分でも思ったじゃないか。男でガキでごく平凡な自分相手に、普通変な気は起こさない。
暑さのせいではなく、勘違いの恥ずかしさから少し熱くなった頬を海から来た涼しい風が撫でていく。ナルトは面目ないと思いながら笑顔を作った。
「ナルト。……うずまきナルトだってばよ」
「ナルトくん?」
「ナルトでいいってば。『くん』なんて慣れてねえし」
「ナルト」
「へへ」
男が自分を誘った理由が、変な裏があるものではないと分かって、ナルトはようやく本来の元気を取り戻し、人懐っこく笑う。男もつられたように目を細めた。
「お兄さんは?名前なんての?」
「俺は、はたけカカシ」
「へー……。変わった名前だな」
「良く言われるけど、ナルトに言われたくないなあ」
「うん、俺も良く言われる」
肩を並べて見下ろす岩礁や岩場に打ち付ける波。
吹く風や、見上げる空の青さもとても清々しくて気持ちいい。
こんなところでこんな風に、今まで名前も知らなかった人間と二人きりで話すことも人生では起こりうるのだ。全てはきっと夏の開放感が与えたものだろう。
不思議な気持ちになり、座っている岩場に後ろ手をついて顔を綻ばせた。
「……ナルトは、今日は誰と来たの?」
その横顔を眺めて、男……カカシは訊ねた。
「学校のダチだってばよ」
「彼女とかじゃなくて?」
「彼女いねーもん」
「そっか。学校の友達ってことは……ナルト、高校生?」
高校生だと、まだ親権者の保護の下で生きていて、卒業さえしてしまえば全ては自己責任……そんな気がする。
あくまでもイメージの話なのだが、今せっかく目の前に開けている夏の開放感が、高校生と言ってしまえば狭まりそうな気がした。
「大学生」
「本当?見えないな。童顔って言われない?」
「言われる、かな」
しかし、言ってみれば何のメリットもない嘘である。大学の名前を訊かれたらボロが出てしまいそうだ。
「……カカシさん、は」
「ん?」
話を逸らそうと先を考えず口に出して、咄嗟に思い出した。
「さっきの女の人を前の職場の同僚だって言ってたけど……仕事、辞めたのか?」
「いや、辞めてないよ。異動になって職場が変わるだけ」
「こんな時期に異動?」
「九月からだけどね」
「ふーん。仕事って何?」
普通に興味が湧いて訊けばカカシは「内緒」と笑った。
「なんで?」
「俺の仕事って社会的な評価の意味でちょっとうるさいのよ。今日はプライベートで来てるから、仕事の話は無しで」
「社会的な評価って……。警察とか?」
「無しって言ったでしょ?それよりもっと楽しい話しようよ」
「え〜、だって気になるってばよ。……大体、楽しい話ってなんだよ?」
「そうだな……。ん〜じゃあ、家族の話とか?ナルトは何人兄弟?」
「一人っ子」
「……そうなの?」
「俺、両親もいねーんだ。ちっせえ頃、事故で二人とも死んじまったんだって。だから一人きり」
「……」
楽しい話しようよ、と振った話題で思いがけず楽しくない回答をしたナルトは、何とも言えない気分になって海に目をやった。
この話は事実で、ナルトは中学までは祖父の家に世話になっていたが、高校に入ってからは一人暮らしをしていた。
物心ついた時から両親がいないので、親がいないことはナルトにとって当たり前だった。幼い頃はよその家庭と比べて悲しい気持ちになったりもしたが、中学に入る頃には仕方のないことなのだと割り切った。
いないものはいないのだから納得するしかない。けれど大抵が、この話題を振ってくる者はナルトの回答を聞くと「聞いちゃいけないことを聞いてしまった」「可哀相に」という顔をする。
ナルトはそれが嫌だった。ナルトにとっては当たり前のことなのだから、それを「可哀相」などと思って欲しくない。
だから敢えて、聞かれない限りこの話題は自分からはしないようにしている。
自分も相手も嫌な思いをしない為だ。
このカカシという男も同じように自分を憐れむような表情をしているのだろうか。
そう思って、カカシを見ず、海を眺めたまま明るい口調でナルトは言った。
「カカシさんは?何人兄弟?」
「俺も一人っ子だよ」
「父ちゃんと母ちゃんは?」
「両親とも俺が小さい頃に死んだよ。俺も、一人きり」
ナルトは海に向けていた視線を、目を丸くしてカカシに移した。
カカシは先程までのナルトと同じように海を眺めていて「同じだね」とさして暗くもない口調で言う。
「カカシさんも……家族いねえんだ」
「うん。似てるね、俺達」
ナルトを見たカカシが目を細めて、ナルトは俯き、口を歪めた。
「ん?」
そのナルトの反応に「何?」とカカシが顔を覗き込む。
「カッカカシさん……」
「うん」
「……ダメじゃん」
「え?」
「ぶはっ!楽しい話しよう、とか言って、全然楽しくないじゃんか!なんでその話題選んだんだってばよ!」
何だかおかしくなってしまってナルトが腹を抱えて笑うと、カカシも笑った。
「や、まあ俺はともかくナルトはそうでもないかなと思ったんだよ」
「でも、同じだったんだ」
「そうだね」
本当に同じなのだろう。両親に恵まれ、家庭に恵まれた者は、そうでない者を大抵憐れむ。
けれど、ナルトに向けるカカシの目は悲観していない。
それは等しい立場で、ナルトがどういう心境で生きているか分かるからだ。
「けど……ナルトはそんな感じはしないね」
「え?」
かけられた言葉の意味を図りかねてカカシに目をやると、伸びたカカシの手がナルトの側頭部を撫でた。
「真っすぐで明るくて、太陽の光を存分に浴びて育った向日葵みたいな感じがするよ」
向けられた視線がとても優しく、ナルトは俄に赤面する。
「カ……カカシさんは、そんなに俺のこと知らねーだろ」
「ま、そうだけど……イメージの話」
ドキマギして、髪に触れていたカカシの手を掴み、さりげなく引きはがした。
触れた手はナルトのものより大きく、しっかりとしたものだ。
大人の男というのは包容力と落ち着きを持っているのだ、と何となく実感した。
自分をさらけ出して、頼ってしまいたくなるような。カカシの振る舞いはそういったものを持っている。
「……カカシさんは、なんか天然のタラシって感じがする」
照れ隠しに目を逸らしてわざとぶっきらぼうに呟けば「は?」と驚いた声が返ってきた。
「多分、女の子ならそんな風に言われたら惚れちまうってばよ」
岩場に打ち付ける波の音が時折声を掻き消す。
今日は本当に天気が良く心地好くて、暑いけれど、岸壁に作られた日陰でナルト達が今居る場所は比較的過ごしやすい。
直射日光が当たっていれば岩の上など火傷しそうな熱さだろうから、とてもこうやって平然と座ってはいられないだろう。
ナルトは、うーん、と伸びをして、上体を仰向けに倒した。
そうすると視界一面、青い空しか目に入らなくなる。
直射日光を受けないのに目の前が天然で作られた青色でいっぱいなんて、こんな贅沢はなかなかない。
「あー最高……。気持ちいー。カカシさんも寝転んでみろってば」
横になったまま隣を見て促すと、カカシは無言でナルトのすぐ傍に寝転んだ。目を細めて空を数秒眺めた後、瞼を閉じる。
「な?気持ちいいだろ?」
「うん……気持ちいい」
「海……来て良かったなー……」
ナルトは心底そう思い、熱のある、海の香りのする空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
「こんな風に夏を満喫出来て、青い空が独り占め出来て……カカシさんにも会えたしな!」
空を見上げて言えば、カカシは目を開けて顔をナルトの方に向けた。
「そりゃ嬉しいね」
「カカシさんも俺に会えたしな」
「ふふ。そうだな……」
熱い空気は肌に心地好く、カカシの低い声は耳に心地好い。口角を上げたナルトは満足して目を閉じる。
「……ナルト」
「んー?」
何だか、少し眠くなってきた。
午前中泳いで昼飯を食った後の午後といったら言い表せられないくらいに眠い。
高校に入ってからは水泳の授業はあまりないが、その少ない中でも覚えている限り、後の授業は大抵爆睡してしまい、まともに授業を受けた記憶がない。水の中というのは思った以上に人の体力を奪うのだろう。
「ごめんね、さっきの嘘なんだ」
「……え?」
重い瞼を上げてカカシの方に目をやると、カカシは上体を起こしてナルトを見ていた。
「ナンパじゃないって言ったの、嘘」
「……」
ナルトは横になった体勢のまま、開ききらない目でカカシをぼんやりと見返した。
「笑った顔が可愛かったから……、ナルトに興味もったんだよ」
ビュウ、と一際強い風が二人の間を通り過ぎていった。
眠かった頭は予測しない告白によって覚醒し、経験のない状況にナルトは固まった。
何も答えられないうちに、カカシがナルトの脇に手をつく。
見えていた青空がカカシの身体によって遮られた。
〜本文より抜粋〜