※カカナル魂で発行したかった無配分「影分身が笑う」





ナルトは、青天の霹靂といった心境で目の前の人物を見つめていた。
その人物は少し冷めた、呆れたような眼でナルトに視線を投げている。

「えええっ!何でだってばよ!?何で解けねーんだ!?」

十字の印を慌てて何度も結び直すナルトに対し、頭の後ろに両手をやってぼやいた。

「別に……解けなかったら解けなかったでいいんじゃね?二人居たって支障ねーってば」

「は!?あるだろ!」

――お分かりいただけただろうか。
そう……ナルトの前に居るのは同じくナルト。
別に鏡に映したわけじゃない、同じ姿、同じ思考を持ちながら違う行動をとっている。影分身だ。


多重影分身を使った修業方法、師のカカシにそれを教えて貰って以来、ナルトはいつもその応用で修業をしていた。
今日も今日とて朝から演習場にてざっと五十人ほどに影分身して修業に励んでいたが、太陽が高く上がり、昼が近くなってきた頃、腹が減った、そろそろ一回引き上げて一楽にでも行こう、そう思い、影分身の術を解いた。
ボンボンと一気に影分身達は姿を消したが、掻き消えた煙の中には何故か消えずに影分身が一人残っていた。
それで、お互い一瞬ぽかんとし、オリジナルのナルトは冒頭のような悲鳴をあげたというわけだ。
何故、たった一人だけ。
意味が分からない。解術しても姿が消えない為、ナルトは辟易して言った。

「じゃあ、お前が自分で解いて消えてくれってば」

解術はオリジナルのナルト、もしくは影分身のナルト、どちらからでも構わない。しかし、影分身のナルトは少し不服そうな顔をして言った。

「……俺ってば、やりてーことがあるんだけど」

「えっ?」

やりたいこと。
影分身のナルトがやりたいことであれば、オリジナルのナルトも勿論やりたいはずだ。
行動派のナルトはしたいことがあればすぐに行動に移す。そんな心当たりがなく、自分のことなのに困惑して「何だってばよ?」と問い返した。
影分身のナルトは少し恥ずかしそうに、だが、真っすぐな眼差しで答えた。

「カカシ先生に告白したい」

オリジナルのナルトはパッカリと口を開け、顎が外れそうになった。

「こ……こくは、く……?」

「そうだってばよ。いつまで経っても行動に移そうとしねーじゃん。俺、そういうの嫌なんだ。性に合わねえ。ハッキリ言っちまいてえんだってばよ。カカシ先生が好……」

「わーーっ!!」

ナルトの声を大声で掻き消したのは、他でもないナルトだ。
周りには誰も居ないが、取り乱し、慌てふためいた。

「な、ななな何言ってんだってばよ、お前!!」

「何って……本当のことじゃんか。そういうさ、ごまかしたりすんのストレス溜まるってば。いつかは行動に出れたらって思ってたけど、お前、全然動かねーじゃん。だったら俺が言ってやる、もう我慢出来ねえってばよ」

「……」

オリジナルのナルトは愕然として、目の前の男……自分の影分身を凝視した。
自分自身であるから、言っていることは嘘ではなかった。
上司であるカカシをナルトは慕い、淡い想いをずっと抱いていた。
それを、ナルトは直視せぬようにしてきた。
カカシが笑ってくれると嬉しくなり、カカシが女性と話していると苦しくなり……そんな気持ちに蓋をして、ただ慕っているだけ、だって昔から知っている先生だから、ただそれだけだと言い聞かせてきた。
目の前の影分身は、ナルトがずっと見ぬようにしてきた感情を、真っ向から受け止め、受け入れている。
驚かないわけがなかった。
解術が出来ないのは、同じナルトでありながら違う思想を持っている……そこら辺の事情で反発し合い、内にうまく吸収されない状態なのかもしれない。

「こっ……告白とか!そんなん、キモいと思われるに決まってるだろ!?出来るわけねーじゃんか……!男なんだぞ、絶対断られて気まずくなるに決まってるってばよ!」

拳を握り締めて喚いたナルトに、影分身のナルトは眉をひそめた。

「付き合えるって確信がなきゃ行動しねーのか?大事なのは、自分の気持ちを伝えることだってば。それに、カカシ先生はそんなことで俺を避けたりする人じゃねえ。万が一、それでカカシ先生が俺のこと一方的に避けるような人だったら、それはそれで見る目がなかったんだって気持ちよく諦めきれる」

どっちもナルトであって、どっちもナルトが言いそうなことだ。
まるで、心の中の葛藤を目にしているようである。
実際、ナルトは心のどこかで何度となくこういうことを思っていた。
迷いが生じ、唇を噛み締めて顔を俯かせる。
その途端、影分身のナルトはナルトの前から姿を消した。
術を解いたのではない、瞬身を使ってその場から消えたのだ。
ナルトは弾かれたように顔を上げ、辺りを見渡した。
さざっと頬を掠めた風が木の葉を揺らして過ぎて行った。
周囲にもう気配はない。
どこに行ったのか――……。

『カカシ先生に告白したい』

想像に難くなくて、ナルトは青ざめた。



「カカシ先生!」

上忍待機所に向かおうとのんびり歩いていた銀髪の男は、かけられた声に頚を捻って振り向いた。
見慣れた部下が笑顔で走って来る。

「ナルト」

「どこ行くんだってばよ?」

僅かに通りすがったこの道で、随分目敏く見つけたものだと感心しながら返した。

「待機所。今日は予定が空いてるからね」

「……空いてんだ」

「……ん?」

含みのある言い方に頚を傾げる。あのさ……とナルトは上目遣いにカカシを見て、服の袖をクイと引っ張った。

「あの、ちっとでいいんだってばよ。俺、カカシ先生に話したいことがあって……」

「カカシ先生に変なこと言うなってばよ!」

張り上げるような声が被さり、後ろからもう一人、周囲を跳ね飛ばしそうなすごい勢いで走って来た。
事実、辺りの人はギョッとして道の端に寄っている。
そっちもナルトだ。
カカシの服の袖を摘んでいたナルトの手に新たにやって来たナルトが手刀を落とし、身体を突き飛ばしてカカシから引き離した。

「いってえ……邪魔すんなってばよ!」

「うっせえ!お前ってば何考えてんだ!」

カカシは何事かと呆けて二人を見比べた。
どちらかが影分身だということは分かり、先にやって来た方が影分身だということも薄々分かった。
だが、何を考えているも何も、そんなもの訊かなくともナルト自身なら何を考えてるかなんて自分が一番よく分かっているだろう。

「えーと……新しい遊び?」

到底理解出来なくて遠慮がちに訊ねると、「いや、とりあえず、また今度!」とナルトは引き攣った顔で答え、「まだ話は終わってねえってば!カカシ先生!」とカカシに手を伸ばすもう一人のナルトを無理矢理引っ張って駆けて行ってしまい……カカシは呆気にとられてそれを眺めた。


影分身のナルトを強引に家まで連れて帰り、本体のナルトは頭を抱えて声を荒げた。

「マジで勘弁しろってばよ!お前が早まってカカシ先生に好きだなんて言っちまったら、残された俺はこの先どうすりゃいいんだよ!?」

影分身が消えた後、後始末を任されるのは自分だ。
その言い分に、影分身のナルトは本体のナルトを睨みつけた。

「だったらお前が消えろってば。本当の気持ちも言えねーで怖じけづいてるやつなんて、俺じゃねーよ」

「……」

痛いところをつかれている、とは思う。

「消えろったって……俺が本物だ、お前なんか、ただの俺の影分身じゃねーか!」

図星をつかれたら人間怒るものだ。
ムッとして切り返すと、「それでも、本体のお前より真面目に生きてるってば。俺は、自分の気持ちに嘘ついたりしねえ」と頑として切り返された。
強い眼差しにナルトは怯む。
……確かに、自分の気持ちに嘘をつくのは嫌いだ。
正直でいたいと常日頃思っている。
だが、それと、これまでの関係を天秤にかけることは出来ない。
下手したら全てを失うかもしれないのだ。
カカシの優しさも、笑顔も。
佇んだナルトを前に、影分身がハッとして窓の方を見た。

「カカシ先生」

「えっ」

ナルトもギョッとして窓の方を振り向く。
その瞬間、カカッ!と鋭い音がして、ナルトの身体は壁に張り付けられていた。
放たれた手裏剣がオレンジ色のジャージの袖や肩口、肘の周り、裾を縫い付けるように刺さっている。

「お、お前……」

「へっへーんだ!騙されてやんの!何だかんだ反応すんだよな、結局好きなんだから」

窓の外にカカシの姿はなく、影分身に担がれたのだと知り、ナルトは怒りで顔を赤らめた。

「……ふざけんなってばよ!俺の一張羅、穴空いちまったじゃねーか!お前だって分かってんだろ!?」

影分身のナルトはナルトの前まで来て、口の端を僅かに上げる。

「ああ、分かってるってば。けど、服なんかよりずっと大事なもんあっからさ、カカシ先生に言わねーと」

カタ……と音がして、そちらの方向を見て、ナルトは驚愕した。

「何やってんの」

窓には、呆れたような顔をしたカカシが足をかけていた。

「様子が変だったから心配して来てみれば……お前ねぇ、いくら暇だからって自分の影分身と喧嘩してるんじゃないよ」

先程、影分身のナルトにカカシが窓の外に居ると一杯食わされたが、どうやらこちらは本物のカカシのようだ。
そして、どちらが本物のナルトかも分かっているらしい。
床に足を下ろして、影分身のナルトに目をやり、「腹が立ってもこんなことしちゃダメでしょうよ」といなすと、壁に張り付けられているナルトに向き合った。
腕の辺りの手裏剣を外そうと手を伸ばす。
その手が手裏剣に触れる前に、阻止するように影分身のナルトの腕がカカシの腕に絡み付いた。

「カカシ先生。俺、先生のことが好きだ」

カカシが眼を見開き、時間が止まる。
そのカカシに顔を寄せ、口布越しに影分身のナルトが唇を合わせた。
……それは、オリジナルのナルトの目の前で。
ナルトは、自分がカカシにキスするのを第三者の視点から見た。
文字通り、手も足も出ない状況で。

「な……」

現実だと認識するには些か難しい。
衝撃のあまり、ぐらりと視界が歪んだ。
一番にナルトに沸き起こったのは怒りだった。

「カ……カカシ先生のアホッ!なんで避けねーんだ!!」

……しかも、カカシに対して。
避けられたはずだ、カカシほどの忍なら。
危険を予測出来る状況判断力も、行動に移すだけの実力も兼ね揃えている。
何故避けなかったのか、自分なんかにキスされて。

カカシに嫌な想いをさせてしまったということと、自分の影分身とはいえ、容易く唇を許してしまったカカシへの嫉妬から血が沸き立つ。
カカシは成り行きについていけていないようで、「いや……」とぼんやりし、放心状態だ。
視線は影分身に向かっている。
影分身のナルトは真っすぐにカカシを見た。

「嘘じゃねえってばよ。本当にずっとカカシ先生が好きだった」

「……」

カカシは絶句し、言葉に詰まっていて、それをまざまざと見せつけられているオリジナルのナルトは消え入りたい気分だった。
ホラ、だから言ったじゃないか、と絶望する。
キモイと思われるって、気まずくなるだけだって。
惨めで、いたたまれなくて、見ていられずに顔を俯かせる。








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