「……カカシ先生って可愛いよなぁ」 明るい昼日中、ナルトがうっとりとこぼした声に、シカマルは「は?」と返した。 団子屋にて団子を頬張りながら、少し先の道で他の忍と立ち話をするカカシの姿を見つけた。 それで、「カカシ先生だ」と呟いたところ、ナルトがそちらを振り返り、遠目にカカシをじっと見つめて、そんな風に言ったのだ。 シカマルから見るカカシはいつも通り――忍装束と斜めにつけた額当てにマスク姿である。 可愛いというより怪しい。 しかし、高身長だし、雰囲気はクールで、顔もマスク越しとはいえ、よく見れば整っている風だ。カッコイイとは言えるかもしれないが、けれど、決して可愛くはない。 「ホラ、笑うと、こう目が細くなって、眉毛もハの字になんのな!あの顔とかさぁ〜……すげーほのぼのしてるし」 向こうで笑っているカカシに目をやりながら、ナルトが自分の眉尻を下に引っ張った。 「あと、カカシ先生ってああ見えて、メンタル結構弱ェんだってばよ。ちゃんと支えてやんなきゃ危ねェっつーか、なんつーの?守ってやりたくなるっつーの?」 そう言って、自分の肩を抱きしめて、 「口が上手いとか自分では言うけど、実は不器用だと思うんだってばよ。肝心な時に何も言えなかったりするしさー……そういうのも放っとけねーし、オレがついててやんねーとなぁって。考えてたら最近、先生がすげー可愛く見えてきてさぁ……」 しみじみとカカシを見て、鼻の下を擦った。 ツッコミどころが多すぎて、どこからどうツッコめばいいのか分からないが、今にもカカシを抱きしめたいと両手をワキワキさせるナルトに、シカマルはツッコむことをやめて引いた。 シカマルのテーブルの向かいに座り、机上に頬杖をついてカカシを焦がれたように見つめている。 意外や意外。 昔からサクラが好きなのだと思っていたが、幾度にも重なる戦いの末に、男に目覚めたのか。 戦いの中で特別な感情が目覚めるというのはもしかしたら有ることなのかもしれないが、それにしても、だ。 相手はカカシ。男で、ナルトの上司で、師でもある人間だ。 おまけに、ナルトのこの言い様は、恐ろしいことに、カカシに抱かれたいというよりはカカシを抱きたいという勢いである。 シカマルはチラリとカカシを見やった。 ……恐らく、ノーマルだろう。ナルトにそんな風に思われても困るに違いない。 「……ナルト。言いたかねェけどよ……」 シカマルがやんわりと忠告しようとすると、ナルトは突如、「アーーーー!!」と叫んで立ち上がった。 「もう我慢できねェってばよ!!オレ、行って来んな!」 「え、行くって……あ、オイ!」 引き留めるも、ナルトはそのままダッと走って行ってしまった。 行く先はカカシのところである。 話していた忍とちょうど話を終えたところだったらしいカカシは、ナルトに声をかけられ、足を止めた。 「……」 シカマルは離れた団子屋からその光景を見て青ざめた。 (スンマセン……カカシ先生) せめてナルトを止めてやれていれば、カカシはナルトに言い寄られて引かずに済んだだろうし、ナルトも無邪気に言い寄った挙げ句、傷つかずに済んだだろう。 今やシカマルが出来ることは、カカシに拒絶されたナルトが落ち込んでテーブルに戻って来た時、慰めてやることぐらいだ。 距離があって、二人が何を話しているかは分からないが、ナルトは頬を染め、身振り手振りで一生懸命話しており、カカシはうんうんと頷いている。 しかし、やがてナルトの話が核心に触れたのか、カカシは目を丸くし、驚いた顔をした。 カカシを可愛いと思っている、とか、好きだとか言ったのだろうか。 (あーあ……、言わんこっちゃねー……) のちに傷ついてすごすご戻って来るであろうナルトのフォローを考えるのも億劫だ。 シカマルは俯いて額を押さえ、その陰からナルトとカカシの方に目線を戻し、 「……」 瞠目した。 マスクを下ろしたカカシが、ナルトを抱きしめ、キスしている。 自分で言うのも何だが、カカシの次に名前を挙げられるぐらいクールなキャラなのに、その片鱗もなく、ぽかんと口が開いた。 思考停止状態のシカマルが見ているところで、カカシは唇を離すとマスクを上げ、ナルトの肩に手を置いて何やら話している。 ナルトは頬を染めたまま、こくこくとそれに頷いた。 そのさまにカカシがにこにこと笑い、ナルトは満面の笑みでカカシに手を振って、カカシもそれに手を振り返し――ナルトは興奮冷めやらぬ様子で頬を上気させ、シカマルのところに戻って来た。 「オレ、カカシ先生と付き合うことになったってばよ!」 椅子を跨いで、またテーブルにつく。 IQ200以上と謳われているが、理解不能な事柄には頭が働かないようだ。 何と返していいのか思いつかず、シカマルはやっとのことで「マジか」と言った。 「おう、先生が付き合おうって言ってくれてさ」 へへ……とナルトが照れくさそうに頬を掻く。 お互い、今まで全く恋愛対象では――少なくとも、つい最近まではなかったはずなのに、告白して、キスして、すぐ付き合おうなんざ、安い恋愛ドラマでも見ているようでにわかに信じがたい。 そもそも……、 「……お前、さっき言ってたようなことカカシ先生に言ったのかよ?」 「さっき言ってたようなこと?」 「だから、可愛いとか、守ってやりたいとか……」 自分の言葉でもないのに、口にするだけでサブイボが立つ。 シカマルが少々身震いして言うと、ナルトはまた照れくさそうに、あー……とはにかんだ。 「言ったってばよ!そしたらカカシ先生……」 『ハハハ……。ま、でも、オレはネコは無理だから、それはお前にしてもらうけど、いいでしょ?』 「……っつっててさ!」 「……。お前、それで何て返したんだ?」 「なんでいきなりネコの話が出て来たのかよく分かんねーけど、カカシ先生って忍犬使いだし、猫より犬派ってことだろ?まあオレ、猫飼う予定とかねーけど、猫触らなきゃいけねー時はオレが面倒見ればいいんだろうし。だから、分かったって答えたってばよ!」 不憫だ。 ナルトが本当にカカシを抱きたいと思っていたかどうかは別として、今、ナルトが「ネコ」の意味も知らぬままカカシに言いくるめられ、詳細を把握せずに、カカシとの付き合いにウキウキしているのは明白だ。 さすがはどこか天然のナルトで、さすがは策士のカカシである。 (やっぱ、どう考えても、可愛くはねーよな……) そう思ったが、シカマルはあらゆる意味で面倒くさく、すべてを聞かなかったことにして「頑張れよ」と言った。 それから数日後、「ネコ」の意味を身体で知ったらしく、腰を押さえてよたよたと歩くナルトを見かけ、そりゃそうなるよな……と少し憐れにも思ったが、更にのちに聞いた話によると、ナルトが「……カカシ先生って可愛いよなぁ」とデレデレして言っていたあれは、どうやら「抱きたい」と言った類いのものでなく、どちらかというと母性に近いものだったと知って、 (……結局、幸せなんじゃねーか) 「付き合いきれねー……」 シカマルが小さくこぼしたのは、彼のみが知る話だ。 FIN(20140915) 前へ 次へ戻る1/1 |