「色事の指南」サンプル



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「ブハハハハ!! お前、バッカだなー!」

あまりに高らか且つ、やかましい笑い声に、店に居る客数人がこちらを振り向いた。
無遠慮な大笑いをしているのは犬塚キバであり、その向かいでふて腐れた顔をして座卓に頬杖をついているのは、うずまきナルトだ。
目の前はもうもうとした煙で白んでいるが、それはこの場が馴染みの焼肉屋だからであって、煙は肉の油や野菜の水分が火源に落ちていることにより発生しているものである。

「うるせェよ、キバ。少し声落とせ」と奈良シカマルが眉をひそめて注意する対角線上で、秋道チョウジはふっくらした頬を普段以上に膨張させて箸が止まっている皆の分まで食わなきゃと勝手な責任感を働かせ、網焼きプレートの上の肉を次から次へと掬い上げていた。
他、発言はないものの、サイと、油女シノも同席している。
つまりは、カカシ班、アスマ班、紅班のメンバーの――上司と女を省いた、男のみがその場に集合しており、普段ならば人一倍騒がしいはずのナルトは、今この場で口数を少なくしていた。

時は、某月某日。
寒さも深まり、木枯らしも吹き始めた季節の夕方、焼肉Qにて仲間内……それも男だけで会食することを提案したのは、そもそもナルト本人だった。
内訳は会食なんて上品なものではなく、早い話が自慢話。
その数日前、ナルトは同期の男連中の間で美人だと噂の、二つ年上のくノ一にデートに誘われ、満たされた自尊心にそれはもう鼻高々だったのである。
十七歳の誕生日を迎えて少し。何度となく木ノ葉の危機を救っているナルトは当然として知名度も上がり、周囲から羨望の眼差しを向けられるようになりつつあった。
それまで全くナルトを相手にしなかった女の子達も、道を歩くナルトを尻目に顔を寄せ合い、頬を染めることもしばしば。
実際のところ、ナルトはそこまで恋愛云々に強い興味を注いでおらず、彼女にするならやっぱり長年淡い恋心を抱いているサクラちゃんかな、と思っている程度だったのだが、それはそれ、これはこれ。
モテて悪い気はせず、キバのように分かりやすく羨んでくれる者が居るおかげで尚更天狗になり、大威張りしていた。
それで、羨むキバに「チュウの一つでもしてくっかなー」と勝ち誇ったように笑い、大手を振って出掛けたのが昨日。
斯くして今日、その結果を聞かせるべく、前以てナルトが予約していた焼肉Qに同期の男共は集まったのだが、当のナルトの表情は沈んでいた。
デートが失敗……とまではいかなくとも、積もらせていた自尊心を打ち砕く程度に、よろしくないものだったからだ。
ナルトがデートしたくノ一は、積極的だった。行って早々、ナルトの腕に自らの腕を絡め、ふくよかな胸を押し付けてきた。
サクラやいの、ヒナタを始めとした女の子の幼なじみもいるし、女慣れしていないつもりもなかったが、実情それだけでナルトはぎょっとしてしまい、歩く道すがらぎこちなくなった。
気が散漫になってしまい、何を話したのかもよく覚えていない。日の暮れかけた人通りのない路地で顔を寄せられ、それがキスを促すものだと気付いたが、汗を垂らして「な、なんか腹減らねェ?」とわざと大きな声で言い、辺りを見渡した。
仕舞いには、家に寄って行かない? と指を絡めるようにして手を握られたのを咄嗟に振りほどいてしまった為、年上のくノ一はナルトに冷めた目を向けて「もういいわ」と去った。結果、「チュウの一つでもしてくっかなー」どころではなかったのである。

「……あれは、ぜってー『これだからお子様は』っつー目だったってばよ」

思い出して頭を抱えるナルトに、相変わらずゲラゲラ笑っているキバが、不躾に顔の前に箸を突き付けた。

「実際、オコチャマだろ? なーにが『チュウの一つでもしてくっかなー』だ! まぁなァ……お前にゃ無理だろうとオレは思ってたけどな!」

ナルトがデートに誘われたと知った時、歯噛みして悔しがっていたくせに鬼の首をとったかのような勝ち誇りようだ。

「ナルトは女性が苦手なの? あ、童貞?」

横から、純粋に疑問といった様子でサイに訊かれ、ナルトは色々と苛々して金髪を掻きむしった。

「ちっげーってばよ!!……そうだけど、でもあれは、アッチがあんまりガンガンくっから」

「だからビビっちまったんだろ? あーあ、もったいねー!あんな美人逃すなんて有り得ねェぜ。やっぱナルトに女はまだ早ェってことだなー」

大袈裟にかぶりを振るキバに、「そんなに美人だったの?」と肉を頬張ったチョウジが七福神のように落ち着いた表情で言う。

「ああ、チョウジは興味ねーから知らねーだろうけど、かなりな。スタイルもいいし……俺ならまずその日のうちに押し倒すな」

すると、その反対側からシノが口を挟んだ。

「それは無理だ。何故なら、そのくノ一はナルトに興味があったのであって、キバには興味がないからだ。押し倒す以前に、二人きりで会うことさえ……」

「ンなこたァ分かってるよ、例えばの話だろ! ったく、シノ、てめェはいつも一言多いんだよ!」

明らかにごちゃついているその場で、情けないやら悔しいやら、歯痒くなったナルトは痺れを切らしたようにバンとテーブルを叩いた。
その音で周囲の客が何だ何だ、と再びこちらに注目する。

「……オレだって、おっぱい押し付けられた時はムラムラしたってばよ!! でもそのせいで、逆にいくにいけなくなったんだからしょーがねーだろ!?」

目を瞑ったシカマルは「オレァ、お前らと居るのが恥ずかしくなってきたぜ……」と顔をしかめて首の後ろを掻いた。


若い男の衆の話題が女の子やら下ネタやらに及ぶのは往々にしてあることだが、その興味もまた然りだ。
年頃の男は個人差があれど、そちら方面に強い興味を示すものである。
だがしかし、ナルトはもしかしたら、その興味が同年代の友人達よりも少しばかり薄いかもしれなかった。……というより、色事に弱いとでもいうのか。
今までにも女の子にデートに誘われ、二人きりで会ったことはあるのだが、色気を見せられるといつも途端に、かちんこちんになってしまう傾向にあった。
普段おちゃらけているだけに、急に色っぽい雰囲気になった時に対応出来ず、そういった自分を客観視して恥ずかしくなってしまい、ごまかすように逃げてしまうのだ。
自ら女をアピールしたり、押しが強かったりする女の子が相手じゃなければいいのかもしれないが、ここは木ノ葉、忍の里。
女の子達は揃いも揃って我が強く、自己アピールに抜け目がないという現状だった。
女好きだった亡き自来也の弟子として、顔向け出来ない有様だ。出来事が蓄積するにつれ、ナルトの若干の悩みの種となりつつある。

ぷすぷすと、網焼きプレートの上で黒焦げになり、穴の空いたキャベツを、シノが箸で摘まんで脇の皿に避けた。
小一時間が経って、今やその場は、ナルト、シカマル、サイ、シノの四名だけになっていた。
ナルトの失態を話のネタに笑い転げたキバは「赤丸のシャンプーの時間だからそろそろ帰るわ」と機嫌よく立ち上がり、食い過ぎたチョウジも「じゃあ、ボクも。お腹がいっぱいになったら眠くて」と膨れた腹を摩りながら去った。肉も野菜も皆で――多くはチョウジが平らげた為に皿は空、網焼きプレートにもナルトの心情と同様の燃えかすが乗っているだけだ。

「……要するに、ナルトは女の子に迫られるのが苦手ってことだろ?」

ナルトを除き、性格の落ち着いた者ばかりが残った為、幾分か落ち着いた雰囲気の中でサイに訊かれ、ナルトは眉を寄せた。

「苦手なわけじゃねェってば。ただ、どうしていいか分かんねェっつーか……」

「それを、世間じゃ苦手っつーんだよ……」

呆れたようにシカマルが言い、畳み掛けるように「免疫がないということか」とシノが頷く。何故、皆、上から目線なのか。

「……っ皆、そうは言うけど、お前らだってそーだろ!? いきなり迫られたら、こう……頭が働かなくなるっつーか!」

納得のいかないナルトが応酬とばかりに、サイ、シカマル、シノと三人を順に指差すと、喚くナルトとは一転して三人は落ち着いた表情でナルトを見返した。

「ボクは、別に」

まず言ったのは、サイである。

「根に居る時、ソッチ系も若干ではあるけど、習ったからね」

次にシカマル。

「実際、この歳になれば女に迫られることも否応なしにあんだろ。前、任務でそういうやつに当たったこともあるしな……躱し方くらい身に付けてなきゃやってられねェぜ」

最後に、シノ。

「オレも、特に問題はない」

「エーーーーー!!」

ナルトが一番衝撃を受けたのは、シノである。シノはナルトよりもそういうことに疎そう……というか、シノこそ免疫がなさそうなのに。
目を白黒させて「何で問題ねーのか言えってばよ! いつもの『何故なら』はどうしたんだよ!?」と胸倉に掴みかかると、シノは表情を変えずに言った。

「何故なら、指南を受けたからだ」

「指南……?」

「……だな」とシカマルが顔を引き攣らせ、ぴんとこないナルトに「あれ……ナルト、知らないの?」とサイが訊ねた。

しばらくして、ナルトは暗い夜道を暗い目元で、ズボンのポケットに手を突っ込み、一人歩いていた。
目から鱗というか……皆が知っていて、ナルトだけが知らなかった事実を聞かされたからだ。
肌を刺す風の冷たさにぶるりと身震いし、一つ決心してから、寒さを振り払うように駆け出した。


***


「――え」

晴れた青空の下、カラッと乾いた気候の中で、時は正午の少し前、ところは火影の執務室。
ナルトが同期と会食をした十日ほどのちの日、二週間と少しの任務を終え、やっと木ノ葉に帰還したはたけカカシは、その功績を称えられることなく告げられた内容に抜けた声をこぼした。
同じ空間には、里長である綱手と、その斜め後ろにトントンを腕に抱いて控えているシズネの姿がある。

「それは……」

椅子に腰掛け、カカシを睨む綱手は、怒っているというよりも面倒事を持ち込むなというような顔付きだ。

「だから、色の指南の件だ、ナルトが私に指南役を紹介しろと言ってきた。お前がちゃんと教えてくれていなかったんだと」

そう言われ、任務上がりの薄汚れた格好のままでカカシは「はぁ……」と眉尻を下げる。

「ナルトは、誰かに聞いたんでしょうか」

「シカマルやサイに聞いたと言っていたぞ」

時間を巻き戻すこと一週間前、同期の連中との会食の翌日、この場にて綱手と向き合っていたのはナルトだった。

『だから、そこをどうにか……綱手のバアちゃんの顔の広さと権力でさ!』

書類の山を目の前に積み上げた状態の綱手に食い下がってくるものだから、綱手はこめかみに血管を浮き立たせていた。

『ぬぁーにが権力だ、このたわけが! そんなくだらんことに使う権力はない! だいたい、私は忙しいんだよ!』

『くだらんって、ンな言い方ねーだろ! オレにとっちゃ大事なことだってばよ!』

『だから、そういうことは正規の手順を踏んでカカシに言えと言ってるだろうが!』

『そのカカシ先生が教えてくれなかったからオレが出遅れて、こうしてバアちゃんに頼んでんじゃねーか!』

「かなりしつこかったです。三十分は何だかんだと喚いてましたから……」

困り顔で言うシズネに頷くように、その腕に抱かれているトントンも困ったような顔付きでブヒッと鳴く。

「あ、そう……」

「教えてやっていなかったのか?」

うんざりした口調で言う綱手に目を戻し、苦笑したカカシは頭の後ろに手をやった。

「まあ……あいつは十五の誕生日を迎えた頃はちょうど自来也様と修業に出ていて里に居ませんでしたし……戻って来てからは慌ただしくてそれどころじゃなかったと言いますか……」

「お前らしくもないな。やることだけは早い男だと思っていたが」

妙に含みのある言い方にカカシが薄い笑みを張り付けると、綱手は「まあいい」と言い捨てた。

「何にしても、部下の面倒はちゃんと見てやれ。いちいち細かいことまで私に言ってこられてもかなわん」

「すみません」

そんな流れを経てカカシは解放され、火影の執務室を後にした。


忍たる者、十五を過ぎると、色の指南を受けることが出来る。
それは、ごく秘密裏に粛々と、しかし昔から木ノ葉にある伝統と風習のようなものだ。
色――つまり異性や性に関連することにおいて、一番影響を受けやすいのが思春期の頃。敵、チームメイト、或いは依頼人など任務における他人との関わりの上で、いつの時代も異性や性を意識しやすい忍はそれに足を掬われ、任務の成功率を下げた。
それゆえ、異性や性への耐性をつける為に学ぶことが出来るもの。それが色の指南だった。
とは言っても、受けるか受けないかは任意であって、基本的に本番の性行為まではしない。異性に触れ、性的な意味での身体の仕組みや扱い方を知り、慣れるのが目的だ。
多くは十五の誕生日を迎えた後、直属の上司が『色の指南』の存在を部下に伝え、本人が希望した段階で、そういったことを専門的に引き受けている若い異性の忍を紹介し、秘めやかに事を運ぶ。
伝達や指南役の紹介はいずれも直属の上司の役割だ。
ナルトの場合、それはカカシの役割であったはずなのに、カカシはナルトに伝えていなかった。だからナルトは奮起したのである。


カカシがナルトのアパートにやって来たのは、その日の暮れ方だった。
シャワーを浴びてパンツ一丁で浴室を出たナルトは、窓から訪れたカカシにすぐに気付き、スウェットを着込みながら訪問理由に予想をつけて駆け寄った。
色の指南は好きな相手と行われるものではなく、よく知りもしない忍と肌を触れ合わせ、感情を理性で殺して淡々と学ぶものだ。伝えるのが遅くなったのは悪かったが、細かいことを抜きにしても、ナルトにそういった類いは向かないと思う。
と、前置きし、その上で受けるか受けないかを決めるのはお前の自由だ、と告げたカカシにナルトはあっさり、それも力強く「受けるってばよ」と即答した。

「オレだっていつまでもガキじゃねェ。感情を理性で殺さなきゃなんねェっつーなら、そんなのこの先いくらでもあんだろ」

「……分かった、近日中に指南役の忍を決定して紹介する。後で泣き言を言うなよ」

用件だけ済ませ、カカシが去った後、一人になったナルトは身震いし、ハックショイ!! と大きなくしゃみをした。
カカシはいつも窓から現れ、部屋に入らず話を端的に終わらせる為、その間、ナルトの部屋の窓は開け放たれたままだ。
冬の日の風呂上がりにそれをしては風邪をひく。
ちーん、と鼻をかみ、ナルトは狐目になって少しだけ動きを止めた。
カカシにカッコイイことを言ってはみたものの、色の指南を志願したのは、感情を理性で殺すとか、この先とか、そんな立派な考えではなく、ただ同期の友人達に遅れをとってしまったことが悔しく、負けたくなくて、というのが本音だ。
シカマルやシノは少し前に指南を受けたそうだし、サイに至ってはずっと前に根で済ませたそうだ。シノの話によると、キバはまだらしいが、受けようか迷っていたらしい。

『実際、オコチャマだろ? なーにが『チュウの一つでもしてくっかなー』だ! まぁなァ……お前にゃ無理だろうとオレは思ってたけどな!』

キバの高笑いを思い出し、イラ〜っとしたナルトは使用済みのティッシュを丸めてゴミ箱に放り込んだ。
カカシが言っていた、後で泣き言を言うなよ、の意味が分からないが、ひとまず頼んだ以上、キバに先手を取ったと言える。
色の指南をクリアすれば今後、女の子とデートし、迫られる機会があったとしても、うろたえることなく、きりりと対処出来るだろう。一石二鳥だし、再度キバが悔しがって歯噛みするさまが目に浮かぶようだ。
ニッシッシと笑いながら窓を閉めたナルトの姿は到底殊勝と言えるものではなく、負けず嫌いで子供じみた少年のそれだった。






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サンプルは以上です。





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