他国には、この時期、ハロウィンという催し物があるそうだ。
もともとは秋の収穫を祝い、悪霊などを追い出す宗教的な意味合いのある行事であったが、今は本来の意味合いはほとんどなくなり、カボチャの中身をくりぬいて飾ったり、子どもたちが魔女やお化けに仮装して近くの家々を訪れてお菓子をもらったりと、一種のお祭りのようなものになっているらしい。


「トリック・オア・トリート!」

玄関を開けて早々、そんな声が飛び、オレは脱力した。
そこに居たのは、教え子であるナルトにサクラ、それに、サイだった。

「……なーに、どうしたの」

無気力に問いかけると、ナルトが無邪気に白い歯をこぼし、「ハロウィンだってばよ!」と答える。

「ハァ……だからってなんでオレん家に。だいたい、お前達、もう『子ども』じゃないでしょ」

子ども達が魔女やお化けに仮装して近くの家々を訪れてお菓子をもらったり……というのに当てはめているのなら。
今の彼らは、もう十六歳である。

「細かいことは気にすんなってばよ!オレらがもっとガキの頃ってそうゆーのなかったしさ、子ども時代が遅れてやってきたんだってば」

「ナルトがどうしてもやりたいって言うから。すみません、カカシ先生」

「どうも」

言いながら颯爽とオレの部屋に押し入って来たのは、サクラにサイ。
そういうサクラは魔女の格好か、黒いローブに身を包み、大きめのハットをかぶっている。乗り気じゃないような口調だが、ずいぶんノリノリに見える。
サイはドラキュラだろうか。白いシャツに黒いマントを羽織り、元がいいからか、かなりサマになっていた。
その後に続いて入ろうとしたナルトを、オレは呼び止めた。

「……ナルト」

「ん?」

「その格好は、何?」

「これ?仮装だってばよ」

「……」

魔女にドラキュラといったサクラやサイの格好は理解出来るが、さてナルトはと言えば。
中忍以上の忍が身を包むアンダーシャツに同じ色のズボン、深緑色のベスト、斜めに結んだ額当てに鼻から下を覆うマスク。
そう……それはまるで、オレのような格好だ。

「お前、それは仮装というか……」

何というか。
コメントに困っていると、先に部屋に入ったサクラが口を出した。

「悪趣味でしょう?一応、止めたんですよ。ただの怪しい人になっちゃうからやめた方がいいって」

フォローどころか、突き刺すような台詞を放ったサクラに、オレは苦笑いするしかない。

「なあ、カカシ先生、食いもんねーの?子供が菓子をもらいに来たら大人はあげなきゃいけねーんだってばよ」

「……無茶言うなよ。お前らが予告もなく来たんでしょうが」

「しゃーないからラーメンでもいいってば」

「無いもんは無いよ」

菓子やラーメンどころか、オレの部屋には十代の少年少女が訪れて楽しいと思うようなものなんかない。
部屋に入ったものの、どこに居ようもなかったのだろう。
サクラやサイは部屋を見渡し、腰を落ち着けることもなく、「帰りましょうか」と言った。

「ここに居てもカカシ先生の迷惑になっちゃうし」

気が利くなあと思う反面、退屈だったんだろうなとも邪推する。

「来たばっかなのに」

「いいから。ホラホラ、帰るわよ」

弟を見る姉のような口調でサクラがナルトの背中を押すが、その最中、ナルトが足を止め、オレを振り向いた。

「……?」

「オレ、後で行く」

「え?なんでよ?」

「ちっとカカシ先生に用あって。すぐ行くから先に行ってて」

サクラは変な顔をしたが、しょうがなさそうに「行きましょ、サイ」と言って出て行った。
二人きりになったのち、部屋はしんとなった。
静寂の中、オレはナルトに視線を流す。

「……用って何?」

すると、ナルトは珍しく少々もじもじし、上目使いでオレを見上げた。
落ち着かなさそうに手遊びする手にも、オレと同様の手甲がついている。

「先生……ホントにねーの?オレにくれるもん」

照れたような表情でありながら、拗ねているようなものである。

「……菓子の類いなら本当にないよ」

「菓子じゃなくてもいいってばよ」

「……」

ねだる目線をもらい、オレは沈黙した。
何かを期待するようにナルトの頬が染まっている。

(……ああ)

もしかしたらとは思っていたが、考え過ぎかと自分をいさめていた。
そうだよなぁ……と思った。
近頃、ちゃんと相手をしてやれていなかった。
ナルトがわざわざこんな格好をしてきたのは、それだけオレを意識しているというアピールだろうか。

「……菓子じゃなくてもいいの?」

「おう」

「キスでも?」

「……うん」

その答えを受けて、オレはまず自分のマスクを引き下ろし、その後でナルトがしているマスクも下ろしてやった。
間近にオレの顔を見てナルトはますます赤面し、待つようにぎゅっと目を瞑って唇を引き結ぶ。

「……」

オレはその唇に自分の唇を軽く唇を押し付けた。


数か月前にそういう関係になったナルトとの付き合いはまだ深くはなく、キスさえも数えるほどしかしていない。
これまでの師弟関係を根底から破壊することも出来ず、未だ清い関係である。
だから距離感はまだふわふわしていて、お互い手さぐり状態だ。
そして、時折どう接していいか分からず、師の仮面を装うオレに、ナルトはその仮面をはぎ取るかのような愛らしさをもって近付いてくる。
これがまあ可愛くて、そのたびにオレは手に入れた充足感に満たされ、幸せな現実を思い出す。
どちらかと言えば、日々、ナルトのペースだ。

「……」

触れただけの唇を離し、頬の三筋の痣を親指でなぞってから呟いた。

「……お前までマスクすると、手間が増えるね」

「手間……?」

至近距離で、ナルトが頬を赤らめたまま不思議そうに首を傾げる。

「キスする時に」

オレが自分のマスクを下ろし、ナルトのマスクまで下ろすとなると、そもそもマスクなんてしていないカップルに比べると、二重の手間がかかる。
混乱しているのか、それとも、これからもこの格好をするつもりなのか。

「あ、ああ!……じゃ、じゃあそん時は、オレが自分で下ろすってばよ」

ナルトがわたわたしてそんなことを宣ったが、オレはとんでもないという思いを込めて、そのナルトの額当てをほどいた。

「お前には似合わないよ」

揃いの格好にすることによって生じる絶対領域。
左目を隠した額当てと、鼻から下を隠したマスクから唯一覗く意志の強そうな碧眼の右目は、それだけでかなり人目を引く。
より、その存在を周りに印象づけ、記憶に残すのではないかと思えるぐらいだ。
恐らく意味を分かっていないだろうが、手にはまっている手甲も脱がせてやって指を絡めると、ナルトは照れくさそうに、そして嬉しそうに笑った。

ハロウィンの日。
オレの仮装をして、オレのキスをもらいに来たナルト。
「そういえば、その服はどうしたの」と訊ねると、「イルカ先生がストックを貸してくれた」とのことで、よく考えるとそれにナルトの身が包まれているのも少し嫌だったから、結局オレは、それらを全部脱がせてやった。
こうして、ナルトにあげたのはキスだけじゃなくオレ丸ごととなって、サクラ達に「すぐ行く」と言ったナルトはその日、自宅に帰ることはなかったのだった。








FIN





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