ガタタン、ガタタン、と揺れる車中で、それまで閉じていた目をふと開けた。
午後七時過ぎ、通勤の為に利用している電車の座席に座り、自宅最寄り駅に着くまでの時間は長く、退屈だ。
目を閉じ、頭を垂れることでエセ睡眠状態に甘んじていた高校教師のはたけカカシは、自分の左肩に軽い違和感を覚えた。
目をやれば、近い距離にフワフワとした金髪が目に入る。
グレーのブレザーを着崩し、大股を開いて眠っている男子高校生……居眠りしているその子が、カカシの肩に頭を凭れるか凭れないかといった様子で、こっくりこっくりと結構な舟を漕いでいる。
無意識に踏ん張っていると見えるが、恐らく先程は一瞬カカシの肩に凭れたのだろう。
その重みでカカシは目を開けたのだ。
電車に乗ってからずっと目を閉じていたから、いつこの子が隣に座ったのか分からないが、制服はカカシが教師を務める高校のものではなく、通勤途中にある木ノ葉高校のものだ。

次第に眠気に耐え切れなくなってきたのか、金髪男子の頭は完全にカカシの肩に凭れかかってきたが、大して迷惑にも感じなかった為、カカシはそのまま少年の体重を受けた。
男なのにも関わらず、甘い匂いがする。
何気なく少年の手元を見て、ああ……と納得した。
その腕は、男子が持つには似つかわしくない女の子のような紙袋を大事そうに抱いており、その中には綺麗にラッピングされた縦長の箱がちらりと窺えた。
バレンタインのチョコレート。
それもそうだ。今日はバレンタインデーだし、斯く言うカカシも、職場で同僚の女性やら女子生徒やらに多量に差し出された。
中には、本命だと思しきチョコレートも多分にあったが……気持ちも品物も抱えきれず、ほぼ全部を断った。持ち帰ってきたのは、年配女性の校長がくれた義理チョコだけだ。
しかし、この金髪男子の様子を見るからに、このチョコレートはきっと本命から手渡されたものなのだろう。
そんなことを考えていると、電車の揺れにより少年の頭がカカシの肩からかっくんとずれて、手に持っていた紙袋を取り落としそうになった。

「!?」

何が起こったのかといった案配で少年が顔を上げる。
これまで少年はずっと頭を垂れていたから、その時、カカシは初めてまともに彼の顔を見た。
白い肌にぱっちりとした目元、瞳は透るようなブルー。
随分とはっきりした顔立ちで可愛らしい男子である。

「あ、すんませ……」

自分がカカシの肩に凭れていたことに気付き、小さく詫びて居直る。
居眠りして隣の人間に肩を凭れることなんて電車の中ではよくあるし、見慣れた光景だ。
カカシは僅かに頷き、「いや」と唇だけで象って、それから何駅か過ぎた駅で少年は降りて行った。



それから、帰りの電車で、金髪男子と同じ時間であることが多い事実に気付いた。
カカシの勤務先の高校の最寄り駅から、二駅過ぎた頃に少年は乗って来る。そして、少年が降りる駅まで五つの区間を共にする。
もしかしたら以前から一緒だったのかもしれないが、先日、頭を凭れられて目が合った時、カカシは初めて少年の存在を認識した。

また、少年の方も。

「……」

話しはしないが、その後、時折、電車に乗ってカカシと目が合った時にはペコリと会釈するようになった。
それを受けて、カカシも軽く頷くように頭を下げる。
それぞれ立っていたり、座っていたり、場所が離れていても目が合うと、それは必ず繰り返された。
……不思議なことに、少年とはよく目が合った。
よくよく考えてみれば、ひょっとすると、互いが互いの姿を探しているがゆえに、そんな事象が起こったのかもしれない。
少なくともカカシは帰りの電車に乗ると、今日は居るだろうか、と少年のことを考えることが増えていた。
乗ってくることもあれば、時間がずれたのか、乗ってこないこともある。
乗ってきた時には「ああ、今日も居た」と思う。思うだけで何の接点もないし、接触するつもりもないが。




「……隣、いいっすか」

或る日、電車に揺られながらそんな声に顔を上げると、いつもは会釈するだけの金髪男子がカカシの斜め前に立っていた。
車中は適度に混んでいるが、空いている席はカカシの隣以外にもいくつかある。

「ああ……どうぞ」

内心、少し驚いて言うと、少年はぽすんと勢いよく隣に腰掛けた。

「……」

「……」

ガタタン、ガタタン、と電車が揺れる音。その振動。車掌が喋る声。雑音、笑い声。
そんなものが周囲をせしめているが、カカシと金髪男子の間には沈黙がある。
知り合いではない。だが、中途半端に顔見知りで、互いが互いを意識し、話題を探しているのは分かる。

「よく会うね」

先に口を開いたのはカカシだが、少年はホッとしたような顔で「ほっ本当に!」と声を上擦らせた。

「ほとんど、毎日会うってばよ」

初めて、まともに会話をした。
金髪男子がカカシの肩に凭れた日から、実に、ひと月が経過した日のことだった。


それをきっかけに、会うと少年はカカシの顔を見て、カカシに対し、話し掛けるようになった。
少年の瞳や声や、ともすれば笑顔まで自分に向けられる。
それは気分の悪いものではなく、カカシは少しずつ金髪男子のことを知った。

名前、学年、おおよその住所、食べ物の好み。それらはいずれも会話の流れから知ったものだ。
高校生にしては遅い帰りは、部活動によるものらしい。

たった五つの駅、二十分そこらの時間。
カカシは殊更、少年が乗ってくる駅で、その姿を車中から探すようになった。



そうすることで、或る時、或る光景を窓越しに見かけた。
駅のホームで、桃色の髪の少女と話す金髪男子。
嬉しそうに笑顔で話し、手を振り合って少女に別れを告げ、少年が電車に乗り込んでくる。

「……」

一連の流れを見届けたカカシは妙にモチベーションが下がり、姿勢を崩して前に向き直った。
今更になってふと思い出したのは、バレンタインの日のことだ。
少年が大事そうに抱えていた袋と、その中身のチョコレートと思われるもの。

……あの子か。

隣には一人分座れるスペースがあったが、カカシを見つけた少年が笑顔でこちらに寄ってくるのを目の端に捉え、カカシはそのスペースに自分の鞄を置いた。
カカシの前まで来た金髪男子は座る場所を奪われて一瞬きょとんとしたが、すぐに「何の嫌がらせだってばよ?」と顔を崩して笑うと、カカシの鞄をカカシに押し付けて強引に隣に座った。
しばらくして、隣に座っても少年を見ず、違う方向を見ているカカシを気にし、「……今日、何か機嫌わりぃの?」と頚を捻る。

「別に……」

これといった事情はないが、少しくさくさしてるだけだ。
鞄を台座にして頬杖をついた手で口元を覆い、カカシは言った。

「彼女?」

「へ?」

車中に視線を投げて言った発言を受けて「え?彼女って?」と少年がカカシの視線の先を辿る。
乗客の女性のことを言っていると思ったようだ。

「そうじゃなくて、さっき駅で話してた子、お前の彼女なのかって訊いてんの」

「駅……?ああ、さっきの?え、見てたのかよ?」

合点がいったような顔をした後、驚いたように言う少年にカカシは、「たまたま見えたんだよ」と瞼を半分落とした。
たまたまではなく必然的なタイミングで見てしまったのだが、何となく。

「可愛い子だろ?サクラちゃんって言うんだってばよ」

「……へぇ」

「俺の彼女」

「……」

やはり彼女か。
まあ、もう高校生であれば彼女の一人や二人……。
そう思いつつも、カカシと電車で顔を合わせるたびに笑顔で寄ってきた金髪男子のこれまでを思い出すと、妙に苦々しい気持ちになる。
「って言えたらいいんだけどさぁ」と金髪男子は盛大にふて腐れた顔をした。
数秒溜め込んだようなその言い方に、カカシは目を見開いた。


……話によると、少女は少年の彼女ではなく、ただのクラスメイトとのことだった。
駅で他の高校の友達と待ち合わせをする為、今日はたまたま一緒だったと。
気になり、ついでにバレンタインのチョコレートの件も訊いたが、それもその子から貰ったものではないとのことで、しかし、じゃあ誰からと訊いても答えてはくれなかった。
ただ、現在、彼女は居ないらしい。




ガタタン、ガタタン、と揺れる車中。
午後七時過ぎ、通勤の為に利用している電車の座席に座り、自宅最寄り駅に着くまでの時間は長く、退屈だったが、それは過去のこと。
目を閉じ、頭を垂れることでエセ睡眠状態に甘んじていた高校教師のはたけカカシは、自分の左肩に軽い違和感を覚えた。
目をやれば、少し離れた距離にフワフワとした金髪が目に入る。
グレーのブレザーを着崩し、大股を開いて眠っている男子高校生……居眠りしているその子は、今日に限っては部活がハードだったとかで座り込むなりぐったりしていた為、カカシは自分の肩を貸した。のだが、今、こっくりこっくりと結構な舟を漕いで、カカシとは反対側に座る若い男の肩に頭を凭れてしまっている。
その重みがなくなったことで、カカシは目を開けたのだ。

「すみません」

金髪男子が肩を凭れていた相手に詫びて、カカシは手を伸ばし、ぐらぐらしているその子の肩を抱き寄せると、自分の肩に金髪の頭をそっと凭れさせた。
くうくうと小さな寝息を間近に聞いて、頬は緩む。

自宅最寄り駅に着くまでの時間は長く、退屈だったが、それも今は昔。
最近は、短くさえ感じるのだ。







FIN(20130216)
診断メーカーよりバレンタインに自分にチョコを買うナルトというお題でした





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