そわそわと落ち着かなく動き回っている金色の塊を視界の端に入れ、苛々してハァッと大きな溜め息を吐き出した。 「何やってんだよ、行くんなら早く行けよ。カカシ兄ちゃん待ってんだろ」 「分かってるってばよ」 自宅の二人部屋で、会話を交わす二人。 慌ただしく出掛ける準備をしている方がナルトで、そんなナルトに冷めた目を向けている方がメンマだ。 同じ顔立ちをしている二人は一卵性双生児であるが、髪の色と顔付きが大きく異なる。 ナルトは金髪、メンマは黒髪。髪の色を除いて識別しろと言われれば、表情と感受性が豊かな方がナルトで、それが乏しい方がメンマだと周囲は見分けるだろう。 メンマはナルトより勉強がちょっと出来て運動もほぼ僅差ではあるが、勝っている。抜けているナルトより少しだけしっかりしているし、ほんの少し器用だ。 だが、ナルトはその明るく元気な性格で昔からいつだって、メンマより周囲を引き付ける。誰だって一番にナルトを覚えるし、ナルトに声をかける。 メンマは髪の色と同じ……まるで、ナルトの影のような存在だ。 予想はしていたが、幼い頃からの想い人すらもナルトに惹かれ、ナルトを選んだ。 それはつい最近のことであって、まだ傷は癒えていない。 「なぁ、メンマ。お前、マジで一緒に行かねぇのか?」 バタバタと服を着込んでいるナルトに目を向けられ、メンマは眉を寄せた。 「何で楽しくて、付き合いたてのカップルのデートに俺が付き合わなきゃなんねぇんだよ」 「デ、デートって……それに、カップルっつーか、別に」 ナルトが頬を赤らめて慌てる。 メンマの想い人であった向かいの家の住人……幼なじみのカカシはナルトの想い人でもあり、現在はナルトの恋人である。 メンマがカカシに告白し、フラれた翌日、カカシとナルトは付き合うようになった。 今日はカカシの車にて二人でドライブに行くらしく、寝坊したナルトは整理整頓がなっていないクローゼットを漁って先程から、あれがない、これがない、と引っ掻き回していた。 「あ、で……でもさ、あの、人数多い方が楽しいし、カカシ兄ちゃんだってそう言うんじゃねぇかなって……」 「……」 メンマがじろりと睨むと、ナルトは肩を竦め、「分かったってばよ」と尻尾を丸めるように発言を慎み、部屋を出て行った。 一人になったメンマはチッと舌打ちする。 ナルトの性格は分かっている。ナルトは別にカカシにフラれたメンマに同情し、誘っているわけじゃない。むしろ、そういった同情を誰よりも嫌う方だ。 どうやらナルトは、カカシと二人きりで出掛けることが緊張するようなのである。 これまでどこかに出掛ける時はいつもカカシとナルト、それにメンマの三人だった。たまたま何かのタイミングでカカシと二人きりになることはあっただろうが、付き合うようになり、改めて二人で出掛けましょうなんてのは初めての試みだ。 その為、メンマを加えてその緊張を解そうとしている。メンマの存在は中和剤か緩和剤といったところだ。 同情されて誘われるよりはマシだが、それにしてもデリカシーがない。 苛々を持て余したメンマはワシャワシャと黒髪を掻き乱した。 カカシと二人になることに緊張するナルト。一方、カカシはこれまでナルトがそんな風にメンマを引っ張って行った時、いずれも少し残念そうな顔をした。想い人のナルトと二人きりであると思っていたのに、メンマがおまけでついてきたものだから予想ハズレといったところか。 大人であるカカシはすぐ何事もなかったかのように微笑むし、そこにメンマへの悪感情がないことも分かっているが、メンマはそのたびにやる瀬ない気持ちになった。 そして、カカシから直接誘われない限りはもう二度と行くものかと心に決めた。 窓から外を見下ろすと、向かいの家の駐車場でナルトがカカシの車に乗り込むところだった。 メンマは鼻で息をつき、目を背けた。 その夜、カカシと晩飯まで食って戻って来たナルトは、少し様子がおかしかった。 やたらぼーっとしているし、たまに何かに思い悩むように頭を抱えたりしている。 出て行く前は出て行く前で落ち着きがなかったが、用件済ませて帰って来た後もとは、とことん落ち着きのないやつだ。 胡座をかいてテレビゲームに勤しんでいたメンマは、二段ベッドの下段で妙な動きをして、たまに大きな溜め息をつくナルトが目障りで「何なんだよ」と睨んだ。 「カカシ兄ちゃんと何かあったのか?……ああ、フラれたとか?」 意地の悪い声をかけると、顔を上げたナルトは瞳を揺らし、「違うってばよ」と口を尖らせる。 フラれたなんて、勿論本気で思って言ったわけじゃない。 メンマの目から見る分には、カカシはナルトのことしか見ていないし、ベタ惚れだ。あの分じゃ、ナルトがカカシをフることはあっても、カカシがナルトをフることはないだろう。 ベッドから抜け出たナルトは足音を立てて部屋から出て行き、テレビに目を戻したメンマは「意味分かんねぇ」と吐き捨てた。 カカシに想われているナルトに、何を思い悩むことがあるのだろう。 翌朝、メンマが起きて二段ベッドを降りると、ナルトの姿は既になかった。 普段なら朝寝坊がデフォルトなナルトなのにもぬけの殻だ。頚を捻りながら一階に降りても姿はない。 「ああ、ナルトならもう三十分くらい前に出掛けて行ったわよ」 皿洗い中の母親クシナに言われ、メンマはぽかんと口を開けた。 何事だろうか。一応、バスケ部に所属しているメンマと違い、ナルトは帰宅部、部活もやっていない。 平日朝早く、出て行く用件などないはずなのに。 朝飯を食い、制服に着替えて家を出ると、ちょうど出勤時刻な為、向かいの家から出て来て玄関のドアに鍵をかけているカカシと鉢合わせた。 メンマに気付いたカカシは「よ」と片手を上げたが、すぐにもう一人の存在を探した。 「ナルトは?」 「知らね。なんか今日、早く出て行ったらしいぜ」 「ああ……そうなんだ」 「……」 その表情は、やっぱりか、といったばつの悪そうなものだ。 昨日のナルトの様子からカカシと何かあったのだろうとは思っていたが、カカシのこの反応からして間違いなさそうだ。 ナルトやメンマの通学とカカシの通勤は同じ電車なので当たり前のように肩を並べて歩きながら、メンマは敢えて質問することを避けた。 以前ならいざ知らず、今はカカシとナルトの二人は恋人同士であって、メンマはただの部外者だ。 首を突っ込むのも憚られるし、むしろ恋人としての二人の付き合いなんて知りたくない。 駅に向かう途中、窺い見たカカシはやはりカッコよかった。 背が高く、足が長く、男としても憧れるような体躯で、男であっても惚れてしまいそうな――実際、ナルトもメンマも惚れてしまったのだが、甘いマスクをしている。 昔から優しかったし、双子のナルトとメンマのお兄さん的立場だった。 道路沿いの狭い道を歩いていると、近い距離で隣り合う手が触れそうになった。 カカシの大きな手を眺めて、メンマは少し殺伐とした気持ちになってしまう。今、カカシの隣を歩いているのがナルトなら、カカシは迷わずその手を握り、先導して歩くだろう。ナルトじゃないから、そうしない。例え双子で、幼なじみのメンマであっても。 ……まあ仕方ない、と匙を投げて目を据えた。 そういうカカシの、明確な違いを見せるところもメンマは好きだった。 その気もないのに気をもたせたりしない。 カカシがあくまでもナルトだけを特別扱いし、見ていたから、メンマはおかしな期待を抱かずに済んだのだ。 「メンマ」 脇を大型の車が走り抜けていった時、カカシに肩を抱かれ、ドキリと心臓を弾ませた。 「こっち歩きな」 車道側を歩いていたメンマを気遣い、歩く位置を交代する為のものだったらしい。すぐにカカシは離れたが、動揺したメンマは「ああ」と声を上擦らせた。 今となっては兄弟の恋人だ。ドキドキすること自体、背徳的だし、不毛である。 (でも……) やっぱ好きだなぁ、と胸中で呟いた。 混み合う電車に乗った後、カカシとメンマは入口のドア付近に立って揺られていた。 見上げたカカシの横顔は浮かないもので、メンマと目が合うと、少し迷ったような顔をして口を開いた。 「……あのさ」 「ん?」 「ナルト……昨日、俺のこと何か言ってた?」 やっぱりナルトのことか。メンマと居ても、カカシはいつもナルト、ナルトである。 むしろ同じ顔立ちをしたメンマであるからか、見ていてナルトを連想してしまうようだ。 「……別に、何も言ってなかったけど、でもまぁちっと変だったぜ」 「……やっぱり?」 返答を聞くと、カカシは僅かに眉尻を下げた。 メンマは少し沈黙を気取ったが、この空気で何も言わないことはあまりに気まずい。 だから「ナルトと何かあったのか?」と言った言葉は、言いたかったというより、言わされた言葉と言える。 「喧嘩?」 「いや……まあ、ちょっとね……」 カカシは体裁が悪そうに目を泳がせ、頬を掻いた。 「……どうせ、ナルトのことだから、ちっとしたことで一方的にキレて避けてるとかじゃねーの?俺から言っとこうか」 二人の仲に関しては別段続いて欲しいわけではないが、好きなカカシが困っているのは放っておけない。乗り気でないながらも口出しすると、カカシはメンマに目を戻し、一度目を伏せた後、口を開いた。 「……喧嘩じゃない。……昨日、出先から戻った後、ナルト、少しだけ俺の家に寄ったんだよ」 それの何が悪いというのか、と思ったが、続きがあることを推測してメンマは、うん、と相槌を打つ。 「それで一緒にテレビを見てて、俺が、ちょっとね……」 ガタンガタンと揺れる車中でカカシの声がどんどんボソボソと小さくなっていくから眉をひそめ、耳を澄ました。 「ちょっと……?ちょっと何だよ」 カカシの口元に耳を寄せると、歯切れ悪くカカシが口にする。 「ちょっと……キスしちゃって」 衝撃で、メンマは一瞬、辺りの喧騒が聞こえなくなった。 ……。 ……そうか。まあ、そうだ。 付き合っていれば、そんなこともある。することもあるだろう。 良く知ったカカシとナルトがキスなんて、如実に想像力を働かせながらもいざ聞かされると、頭を鈍器で殴られたような衝撃だ。 それでナルトは昨夜、様子がおかしかったのか。 だが現実には、メンマは「あっ、へー」と平静を装った。 「そういうことか、ああ、それでナルトのやつ避けてんだ。あいつ、ガキだよな、キスぐらいで」 鞄を脇に抱え、笑い飛ばすが、メンマ自身はまだキスの一つもしたことがない。 キスぐらいで、とは言っても、メンマもカカシにキスされれば、ナルトのような反応をするかもしれない。 変に脂汗をかき、笑ったメンマは「いや、キスは前にもしたことがあるんだ」と濁したカカシの声で、笑顔のまま表情を固めた。 「昨日はその後、つい……押し倒しちゃってね」 無意識にというか、本能的にというか。そしたらあいつ、飛び出して行って……。 キスだけでも衝撃だというのに、その上をいく内容を耳にして愕然とし、カカシが喋る声がエコーのように繰り返しメンマの頭の中にこだまする。 しかし、衝撃は突き抜けると、却ってスコンと胸に落ちてくるものだ。 「……、カカシ兄ちゃん、手ェ早過ぎじゃねぇ?」 我を取り戻したメンマが口にしたのは、それだった。 普段ならナルトではなくカカシを擁護するが、色々と鑑みて考えると、今回ばかりはナルトに同情する。 何故かって、ナルトはああ見えて初々しいところがあって、カカシに手を握られたり、頭を撫でられたりするだけでいつも恥ずかしそうに頬を染めていた。傍に居たメンマはそれを知っている。 まして、カカシとナルトは付き合い始めてからまだ十日も経っていないのだ。そんな状態でいきなりカカシに押し倒されて、ナルトが逃げ出さないはずもない。 「あいつ、あんな馬鹿っぽい感じだけど、それは流石に順序ぶっ飛ばし過ぎっつーか……」 優しいお兄さん、紳士的にすら見えていたカカシだが、実は結構なけだものだったのか。 少し目が覚めたような気分だ。 メンマが驚き呆けて目を向けると、カカシは良心が痛んだようで苦い顔になった。 「……分かってるよ、昨日のは全面的に俺が悪い。……けど、ナルトを見てたら無性にムラムラして……ホラ、あいつ変に無邪気でしょ。たまらなくなって」 溜め息をつき、「勃っちゃったんだよ」と独り言のように続けたカカシに、メンマは今度こそ完全に呆れた。 メンマがカカシを好きであったことは、告白したのだからカカシも当然知っていて、カカシがナルトの恋人になった今でさえ、メンマが未だにカカシにドキドキしてしまっていることも、もしかしたら知っているはずで。 そんなメンマに、血も涙も遠慮の欠片もない台詞の数々。 エロいし、理性足らずだし、この片思いが叶う可能性は一分すらもないのだと思い知らされて、カカシを好きでい続けることが馬鹿らしく思えてくるほどだ。 昼休み、メンマは隣のクラスのナルトのもとを訪れ、弁当を渡した。 ナルトが今朝、普段より一時間も早く家を出たせいで手作り弁当が間に合わなかったクシナが「ナルトに持って行って」と出掛けにナルトの分の弁当までメンマに押し付けたのだ。 サンキュー、と弁当を受け取ったナルトは黙々と弁当包みを解いた。 「……お前、カカシ兄ちゃんのこと避けてんだろ?」 メンマが言うとナルトはピクリと反応したが、聞こえなかったかのように弁当の蓋を開けた。 「帰り、家に寄れってさ。カカシ兄ちゃんから」 「いいってばよ」 メンマが言い終わらないうちにナルトは即答した。 「行かねえってば、俺……今日、疲れてるし」 頬を赤くし、怒ったように言う。 ナルトの事情も心情もメンマは知っているが、ナルトの席の前の椅子の背凭れに尻を凭れ、敢えてやる気なく返した。 「自分でそう言いに行けよ」 「いいじゃねーか、それ伝えるくらい」 「だから、そう言うくらいならお前が自分で言いに行けっつってんだよ。……つーか、携帯だってあんだろ」 いつかもこんなやり取りをしたなぁ、と思う。 あの時は立場が逆で、メンマがカカシにフラれた翌日だった。カカシはそのフォローの為にメンマを家に呼ぼうとし、メンマはカカシとナルトをくっつける為に行かなかった。 ほろ苦い思い出であり、カカシに好かれてキスされ、押し倒された羞恥から逃げ回っている今のナルトとは雲泥の差だ。 言い合うメンマとナルトの光景にすっかり慣れてしまったナルトのクラスメイトは関心を持たなくなり、自然現象でも目にするように超然と過ごしている。 ナルトは嫌だ嫌だと子供のようにしばらく駄々をこね、言い張っていたが、メンマはやがてそんなナルトに腹を立て、「分かった」と言い放った。 「じゃあ、俺が行ってやるよ。カカシ兄ちゃん、お前に話したいことあったみたいだけど、代わりに俺に話してくれるかもしれねぇし」 メンマから目を背けていたナルトがぎょっとして顔を上げる。 「ああ……それか、お前にしたかったことを俺にしてくれるかもしれないしな?」 白飯に描かれたハートマークが恥ずかしいと前にナルトとメンマが言ったおかげで、今日の白飯の上には無造作にふりかけがかかっている。 それを眼下に、ナルトは得も言われぬ顔をした。 悲しいような、怒ったような、それでいて焦ったような表情だ。 そりゃそうだよな、とメンマは胸中で呟いて薄笑いを浮かべる。 カカシに襲われたと逃げ回ってはいても、ナルトはカカシのことが大好きなのだから。カカシがナルトにしたかった――エロいことを、メンマにするかもしれないと聞いて心中穏やかでいられるはずがない。 意地が悪いかもしれないが、メンマはナルトのその表情で少しばかり憂さが晴らせた気分になった。 自分をちっとも見てくれないカカシがあれだけ溺愛しているナルトだから、少なくともナルトにもメンマと同じぐらいか、それ以上に、カカシのことを好きでいて貰わないと納得出来ない。その気持ちが少しは満たされて胸のすく思いである。 ナルトは自分と同じ顔であるメンマにカカシが揺らいだらと思い、焦燥感を覚えているのだろうが、そんなのは絶対に有り得ないことだ。 可愛さ余って憎さ百倍に転んだっていい。いっそ、ナルトと同じ金色に髪を染めてナルトと同じ口癖で以てカカシを誘ってやろうか。 今朝の電車の中でそんなことを考えたが、考えれば考えるほど無理だろうな、と思った。 フラれてもカカシのことが全然憎くならないし、血を分けたナルトのことだって……嫌いになれない。 「俺がナルトの代わりに相手してやろうか?」 全く全然、欠片もその気はなかったが、メンマが訊いた時、カカシは困ったように目を細めた。 例え、けだものだとしても、求める相手はやっぱりナルトだけ。 だが、メンマはひょっとしたら、カカシがそうやって迷うこともせず断るのを心のどこかで期待していたのかもしれない。 カカシが「気持ちは有り難いけど、無理だ」と穏やかに言った時、切なさと同時に嬉しい気持ちも込み上げたのだ。 放課後になって鞄を手に立ち上がると、ナルトがものすごい勢いで廊下を駆け抜けて行くのが目に入った。 カカシに会いに行くのだろうと察しをつけて、メンマはにやりと口角を上げる。 ナルトが会いに行ったら、カカシはさぞ驚くことだろう。 実のところ、今回に至ってはカカシは「ナルトに家に寄れ」などという伝言をメンマに依頼してなんておらず、むしろ、ナルトに脱兎の如く逃げられたことで、これは当分、家には呼ばない方がいいな……と自重しようとしていた。 つまり、メンマの作り話である。 しかし、これぐらいの意地悪は許されるはずだとメンマは機嫌よく立ち上がる。 もしかしたら意地悪にもならない意地悪かもしれないが……まあ、二人に恩を売っておくのも一つの妙案だろう。 「……さぁて」 鞄を肩にかけ、メンマはのんびりと歩き出した。 FIN 前へ 次へ戻る1/1 |