肩先まで伸びた赤茶色の髪、その胸元はほのかに膨らんでいて、手足は女性らしく華奢で細い。その隣で笑う女性は黒髪を一つに結っており、胸が大きく腰が括れた挑発的な体付きだ。

「……どっち?」

「んー……右、だな。黒髪の方」

「お前も分かってきたじゃない」

そんな女性二人を眺めながら宣うのは、銀髪の男……カカシと、金髪の男……ナルトだ。

或る晴れた午後、上忍待機所には空きの忍が溢れ返り、暇を持て余したカカシとナルトもそこに居た。
ソファに腰掛け、表情を変えず、斜め向かいでキャッキャと話に花を咲かせているくノ一達を横目に会話を交わす。

「カカシ先生は巨乳好きなだけだろ」

「巨乳だったら何でもいいわけじゃないよ。尻も大事よ?」

「スタイル重視だろ。先生の好みはもう分かってるってばよ」

片方のくるぶしを膝の上に乗せ、頬杖をついたナルトは、エロオヤジ、と呆れて宣った。

「じゃあ、お前は何で右の子の方がいいのよ」

「顔、可愛いじゃねーか」

「顔なんて腹の足しにならないでしょ」

「何で食うこと前提なんだってばよ」

「これだから男って嫌」

言い終わるかどうかといったタイミングで吐き捨てるように降って来た声の主は、男を蔑むような言い方をしているだけあって、男のカカシではない。

「真昼間から、くノ一の品定め?スケベ師弟」

腕組みし、冷めた目で言うのは、こちらも同じくカカシの教え子であったサクラだ。普段は医療関係の仕事に追われて待機所には滅多に顔を出さないから、ここに居ることは珍しい。
他には聞かれていないだろうとすっかりリラックスしていたカカシは、サクラを前に気まずそうに笑った。

「ああ……サクラも来てたの」

「ええ、綱手様に頼まれてた仕事、早く終わりましたから」

言いながらサクラの顔にはカカシに向けて、変態上忍、と書いてある。サクラはくるりとナルトに向き直ると言った。

「あと、ナルトに伝言。少し顔を出せですって、綱手様から」

「俺?何だろ」

隣で立ち上がったナルトを視界の端に入れ、カカシは手持ち無沙汰になった手で愛読書をポーチから取り出し、広げた。

「カカシ先生、俺、行って来るな」

「ああ」

振り向いて言うナルトに答えはするが、カカシの反応はあっさりしたもので本から顔も上げない。


ナルトと一緒に上忍待機所の出入り口まで歩いたサクラは眉をひそめ、今は声の届かない距離に居るカカシに視線をやった。

「……ナルト。あんた、いいわけ?」

「何が?」

「何がって……カカシ先生よ。あんな風に目の前で他の人間に鼻の下伸ばしてるの見て、平気なの?」

「ああ、それか。カカシ先生が女好きなのなんて今に始まったことじゃねーだろ」

納得したナルトはカラッと明るく笑う。

「でも……」

「嗜好っつーの?簡単に変えられるもんじゃねぇだろうし、それに、俺だって女の子は好きだしなー」

あっけらかんと言うと、サクラは軽く目を据え、あ、そ、と腰に手を当てた。

「男同士って、やっぱりちょっと特殊なのね。男女の夫婦だったらそういうの大問題よ」

理解出来ないとかぶりを振られ、ナルトはまたハハハと笑う。


男女の夫婦だったら、とサクラが例えたのは、カカシとナルトの二人が当然『男女』には当てはまらないからだが、しかし――『夫婦』ではあるからだ。
カカシとナルトは半年前に籍を入れ、一緒に暮らしている。
そのことは周囲にも広く認知され、こうしてサクラも知っていた。
付き合いは、里外に出ていたナルトが戻って来た十五歳の頃まで遡り、それから二年半、カカシとナルトは一緒に過ごし、連れ添うまで至った。
同性同士の結婚は可とされてはいたが、本当に婚姻を結ぶのは稀なことだ。
しかし、カカシとナルトの婚姻は周囲にさして驚かれることなく知られた。
それというのも二人の間には、如何にも恋人同士、好き合っている者同士という空気が感じられず、全くの普段通り師弟関係体とサバサバとしており、前記のように好みの女性について語り合うという無頓着な言動まで見られたからであって、互いに家族がなく、互いに一番信頼を寄せている者同士、家族になる為に『結婚』という手段がたまたま選ばれたけだという風に理解されたからだ。
言ってしまえば、婚姻じゃなく養子縁組でも良かったんじゃないかと笑われたぐらいで。甘い空気なんてものもさっぱり漂っていないから、夫婦水入らずでまったりしていても周囲は変に遠慮することなくお構いなしに話し掛けてくる。

出入り口で話していたナルトとサクラが出て行くのを見送り、一人になったカカシは愛読書のページを捲った。
細かに綴られている活字は、一人の美女と、そんな美女に焦がれ迫る男の姿を紡いでいる。
美しく線の細い横顔、たおやかな髪、豊満な胸に柔らかい肌、甘い香り。
本のシーンはそんな女性の身体に男が溺れているというエロチシズム溢れるものだ。
やはり煽情的な女の姿は男の理想であり、今でも変わらず、カカシの目はいい女に引き寄せられてしまう。
ナルトや周囲が認識しているように女好きだが、そんなカカシは肝心なところでは何故か、嗜好とは真逆の、男であるナルトを選んだ。
生まれてすぐに両親を亡くし、一人きりだったナルトと過ごす時間がいつしか多くなり、ナルトが十八歳になってすぐに、カカシは薄っぺらい紙切れを手にナルトの家を訪れた。
『婚姻届』と記載された紙。既に自分の名前を書いたものを「ハイ」と……軽い任務でも告げるような風情で差し出すとナルトは驚き目を丸くしたが、その二秒後には太いサインペンを取って、カカシの名前の隣に『うずまきナルト』と大きく書いた。
付き合いも結婚に至るまでの過程も曖昧でハッキリした形ではなく、それでもナルトはカカシに応えた。

長い時間で存在に慣れ過ぎて、カカシには、たまにナルトのことが空気みたいに感じられる。



夜になり、カカシはベッドの上で寛ぎ、綱手の呼出しを終えて戻って来たナルトも風呂に入り、濡れた髪をタオルでワシャワシャと拭いていた。
本の続きに目を通すカカシから少し離れたところで冷蔵庫からペットボトルの水を取り出し、「カカシ先生」と軽い口調で名前を呼ぶ。

「んー……?」

蓋を開け、こくっと呷ってカカシを見やった。

「俺、明日っから出掛けることになったってばよ」

「……任務?」

綱手の用件はそれだったのだろうと察しをつけて、カカシは紙面から目を離さず口を開く。

「おう。一ヶ月半」

「……長いね。それ、お前じゃなきゃいけなかったわけ?」

寄って来たナルトがベッドサイドに腰掛けて体重でベッドが撓み、目線を本から上げて見ると、目が合ったナルトは少し笑った。

「いんや、別に。でも、人手不足なんだってさ。シカマルとかも一緒だっつーし、綱手のばあちゃん困ってるみてぇだったから引き受けたってば」

「ふーん」

ギシッとスプリングが軋む。ナルトがベッドに膝を付き、上がったからだ。

「……」

カカシの肩に手を置いて顔が寄せられ、軽く一瞬だけ唇が触れて離れる。
至近距離のナルトは碧眼を細め、口角を上げた。

「元気でな、カカシ先生」


もうちょっと言い方というものがあると思うが、ナルトは言葉選びが上手くないから仕方ない。
今生の別れのような台詞を残し、翌朝、「ちゃんと飯食えってばよ!」と手を振ってナルトは旅立った。
夫婦に例えて言うなら、単身赴任というやつか。……例えて言わなくても夫婦だが。
カカシではなくナルトに遠征の任務依頼が入ったのは、メンバーに、話にも出たシカマルが入っていたからだろう。
ナルトとシカマルの二人は真逆のようでいて馬が合い、カカシから見ても波長が合うのだろうなと思える。


ナルトが遠方まで出向いてせっせと働く間、カカシの方は大して難易度の高い任務は入らなかった。
写輪眼を使うまでもない任務ばかり、有り難いことだ。
日帰り出来る任務が多く、上忍待機所にも入り浸っていて、知人のくノ一としばしば話をしていた。

「カカシさ〜ん、聞いて下さいよ」

顔を合わせた途端、そう言って寄って来る。ナルトより数歳年上の、若い盛りのくノ一だ。
前に同じ班になって、空き時間に色々と相談を受けたことで懐かれた。

「何よ、また彼氏と喧嘩したとか?」

「違います……けど、似たようなものです。彼、また他の女の子と飲みに行ってて」

むくれて言いながらカカシの隣に座る。
可愛い顔立ちの子だし、モテるだろうに、恋人との関係について頻繁に悩んでいる。

「飲み行くぐらい、いいんじゃないの。浮気してるわけでもないでしょ」

「でも、分かんないじゃないですか。ご飯じゃなくて飲みっていうのが嫌なんです。酔った勢いで……ってこともありそうで」

分かるでしょう?と目を向けられ、いい齡してとぼけるのも何なので「ヤりそうってこと?」と訊ねれば、くノ一は「そうです」と頷いた。

「カカシさん、そういう経験ないですか?」

「どうだろうね。……ま、俺のことはともかく、若いと可能性は無きにしもあらずってところだな」

「ですよね、男ってやっぱりそうですよね……」

カカシは話しながら出入り口を一瞥した。
少し前に上忍待機所に入って来たサクラが壁に背を凭れて腕組みし、先程から物言いたげにこちらを睨んでいるからだ。

「……お呼びみたいだな」

立ち上がると、くノ一が「あ、カカシさん」と呼び止めた。

「後で、少し時間とれません?まだ色々聞いて欲しくて」

「ああ……いいよ」

軽く返した後でサクラの方に寄って行けば、サクラは顔をしかめていた。

「ナルトが居なくても楽しそうですね。カカシ先生」

まるでカカシがくノ一を口説いていたばりに嫌味な言い方である。

「楽しそうって……あのね、俺は相談を受けてただけだよ」

「綺麗な人じゃないですか。胸も大きいし?カカシ先生の好みでしょ」

「……ま、確かに。可愛い子ではあるよね」

好みと言えば好みかもしれない。
否定をやめて肯定したカカシを前に、サクラの顔には、最低、と書かれた。

「後でまた話聞くんですか?二人きりで」

「二人きりかは知らないけど、頼まれたから一応ね。……で、俺を睨んでたのはその件?」

「違いますよ」

溜め息をついてウエストポーチから四つ折の紙を取り出す。

「任務の依頼みたいです。そのまま集合場所に行けって」

サクラから受け取った紙を広げて目を通し、自分のポーチに仕舞っていると、サクラが難しい顔で口にした。

「異性に恋愛話を持ち掛けるのって、私には下心があるようにしか思えないんですけど」

「別に、そうじゃないパターンもあるでしょ。……何でお前が怒ってるわけ?」

「ナルトが可哀相だからです」

「あいつなら、何にも言わないよ」

放任主義ってやつだ。
ナルトはカカシが他の女を目で追っても同じようにそっちを見て、「カカシ先生の好みはもう分かった」と笑い、時には一緒にあーだこーだと好みについて語る。
一ヶ月半、カカシから離れるとしても浮気云々とは一言も言わず「元気でな」と去って行った。
史上最高にさっぱりしている。
「だから私が代わりに怒ってるんですよ」と憤慨するサクラの頭を「女の子がそうカリカリすると肌に悪いぞ」と撫でてやると、「そういうのが許せないんです!」とサクラは癇癪を起こした。
ともあれ、男女の場合と男同士の場合では、やはり違うのである。


カカシは約束通りくノ一の相談に乗ってやり、それが理由で二人きりで飯を食いに行った。
ナルトの居ない一ヶ月半、誘われれば男女混合の飲み会にも付き合いで参加したし、隣り合ったくノ一と杯を交わしもした。

「……」

少し酒の入った頭で家に帰ると一人きりである為、部屋の中はやたらしんとしていた。



一ヶ月半が経過し、二、三日の遅れを含んでナルトは無事帰って来た。

「カカシ先生、元気にしてたか?」

玄関を開けると、昨日の今日で会ったような軽く明るい言い方で笑顔を見せる。
一ヶ月半の任務で髪がほんの少し伸びて、頬の肉が少しだけ落ちたような気がする。

「そこそこにね」

「良かった!カカシ先生のことだからまたどっかでぶっ倒れてんじゃないかって俺、心配でさァ」

任務上がりのナルトは薄汚れていて、自分の方がハードだってのに旦那を心配する俺って優しくねェ?と自画自賛しながら脱衣所に直行した。
カカシはその後をついて行き、ズボンのポケットに手を突っ込んで廊下の壁に凭れた。
その気配に気付き、ナルトが泥のついたベストを脱ぐ片手間に口を開く。

「カカシ先生、俺の居ない間に浮気してなかった?」

「そうねぇ……しまくってたよ」

「ハハ、マジで。可愛い子いた?」

笑ったナルトは、アンダーシャツにも手をかけて脱ぎ捨てた。
以前より幾分か逞しく……それでもカカシよりはまだまだ頼りない肌が露わになる。
美しく線の細い横顔、たおやかな髪、豊満な胸に柔らかい肌……女のそんなものに夢を馳せるカカシにとって、ナルトの横顔は際立って線が細いわけでもないし、髪は癖が強くツンツンしている。
胸なんて当たり前のようにないし、肌はしなやかさはあるものの、筋肉が至るところについている。匂いだって甘くはなく、汗の香りがする。
抱きしめて、改めてそれを実感した。

「……してるわけないでしょうが。浮気なんて」

背後から汗臭い髪に鼻を寄せ、汚れた身体を抱き竦めると、ナルトは頸を捻ってカカシを振り返り、「知ってるってばよ」と目を細めた。


『しているわけがない』というより、正確には『出来るわけがない』のだ。
いくら女を目で追っても、理想をその身体に描いても、それでもナルトを選んだカカシはそこに理由など持っていなかった。
ナルトは、男とか女とかを抜きにした特別枠だ。
女を目で追っていても隣にナルトが居なければぽっかり穴が空いたような感覚になり、寒々しく感じる。家に居ても外に居ても、時間が長く感じられて仕方ない。
決して態度には出していないのにナルトだけはそんなカカシを分かっていて、カカシ先生って淋しがり屋だよな、と横で良く笑っている。
それがゆえの放任主義だ。

「ただいま、カカシ先生」

汚れた身体で両腕を回し、抱き着いてくるナルトの肌は柔らかくなくても、とても温かかった。

お前って空気みたいだよね、とナルト本人にも言ったことがある。
それは、居ても居なくても同じという意味じゃない。
居ないと生きていけないほど、自分にとって必要不可欠という意味なのだ。






FIN





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