(……アイタ)

腕がじーんと痺れ、身動きが出来ないような感覚に襲われて、カカシは薄く片目を開けた。
ぼんやりと見えるのは、代わり映えしない自宅の天井だ。次いで頚を捻り、重くてたまらない左腕の方を見やる。
瞬間、顎をフワリと毛のようなものが擽り、カカシは片目どころか両目をぎょっと見開いた。

顎を擽ったのは「毛のようなもの」ではなく、毛そのものだ。……正確には、髪の毛。金色の短髪。
カカシの左腕を枕にし、カカシ側に顔を向けてすうすうと気持ち良さそうな寝息を立てている部下――ナルトの姿がそこにある。

「……」

カカシは硬直して固まり、ドッドッと激しく打つ心臓で不整脈を起こしそうになりながらぎこちなく顔を元の位置に戻し、天井を見た。
――ナルトが何で自宅に居るのか、何故自分がナルトに腕枕しているのか、全く記憶にない。


昨夜は上忍同士で飲み、カカシはほろ酔いで帰宅した。
しかし、その席にナルトは居なかったし、帰り道でだって会わなかったと思う。
ナルトの家を訪れて、ナルトを自宅に連れ帰って来たなんてこともなかった。と思う。
だいたい、もしナルトの家を訪れたのならわざわざ自分の家に連れ帰る方が手間だし、カカシは寧ろナルトの家で目覚めなければおかしいはずだ。

もう一度恐る恐るナルトの方に顔を向けると、ナルトはやはり熟睡しているようだった。
もう十五歳のナルトは身体もそれなりに大きくなり、頭を乗せられているカカシの腕もそれなりの重さを感じている。
伏せられた睫毛は、髪と同じ黄金色だ。ぷくっとした唇が柔らかそうである。

(……)

思わず手を伸ばしたカカシは、ナルトの頬に指先が触れるすんでのところでこらえ、その肩を掴んだ。

「おい、ナルト」

ゆさゆさと揺さぶると、薄く開いていたナルトの唇がモニュモニュと動く。

「ナルト、起きなさいって。お前、何してんの」

「んーっ……」

嫌そうに眉をひそめ、手首の辺りでゴシゴシと目をこすり、ナルトは覚醒した。

「何だってばよ……。今日休みだろ」

「休みだろ、じゃないでしょ。お前、何でうちに居るのよ」

言ってから、腕枕した状態だと異様に顔の距離が近いことに気付き、カカシはナルトを押しのけて腕を抜き、上体を起こす。
腕枕はカカシの意識がないうちから長時間に渡っていたらしく、カカシの左腕は麻酔でもかけられているかのように痺れている。その腕を擦り、眉をひそめると、ナルトは「覚えてねぇの……?カカシ先生」と目を眇めた。

「えっ」

(覚えて……)

記憶にある限り、自分がナルトを連れ込んだ覚えはないが、でもひょっとしたらもしかして、そんなこともあっただろうかとカカシは記憶の糸を辿った。
再び心臓がドキドキと拍動を強め、汗を垂らす。
ナルトは神妙な顔で告げた。

「昨日、カカシ先生ん家に来たら窓の鍵が開いてたから、そっから入って一緒に寝たんだってばよ」

カカシ先生のことだから、てっきり狸寝入りしてるんだと思ってたってば、とカカシの枕に顔を寄せ、寝転んだままで言うナルトに、カカシは目元を暗くした。

「……覚えてるわけ、ないでしょ」

寝ているうちに勝手に家とベッドに侵入し、カカシの腕を枕にしておきながら「覚えてないのか」とはどういった了見だ。
それに、ナルトは忍として成長し、もう随分気配を消すのも上手くなった。酒に酔って寝に入っているカカシが気付けるわけもない。


ナルトには昔からこういうところがあった。
十二、三歳の頃、担当上忍についたカカシにいつの間にか懐き、頻繁にカカシの家を訪れ、サクラやサスケの居ないところではカカシに飛びかかってきたり、抱き着いてきたりと全身を使って甘えていた。
カカシは辟易しつつも、家族の居ないナルトは身近な大人である自分に父親か、兄弟を求めているのだろうと相手をしてやっていたが、当時、ナルトはまだ小さく子供だったから良かった。

自来也との二年半の修業を終え、大きくなって戻って来て、流石にそんな子供じみた接触はナルトも封印しただろうと予想していたが、実態はこのザマだ。
図体は大きくなっても中身はまるで成長していないと証明するように、ナルトは幼い時と同じように両腕両足を使ってカカシに甘えてくるのである。









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