コトノハ





……言葉は一つの単語でありながら幾通りもの意味を持ち、時に誤解を招きがちなものだ。
その弊害を、俺は少し前に身を以て痛感した。
長年の思いの丈を込めて「好きだよ」と伝えた相手、教え子で部下であるナルトが「俺も!」と即答で明るく笑ったことによって。
子供の仲良しごっこなんかとはまるで質が違う、俺の「好き」の意味……
こいつ、絶対分かってないな。
そんな脱力感と共に。

俺の告白はまるで世間話みたいに流されて、日々も流れて、それからもお互い何の変わりもない。
やっぱり、同性だからか。それとも、俺がナルトよりずっと年上で『オジサン』と言われる領域の人間だからか?
相手が女であれば「好き」が指す意味なんて一つしかないのに。
任務上がりに、ふぅ、と吐いた溜め息は空気に溶けて、俺は背後に目を配った。
サクラやサイと並んで歩いているナルト。
一楽に誘ったところで他の二人も一緒に来るだろうし、何だかなぁ……望みなしってやつだろう。

「じゃ、俺は帰って報告書仕上げなきゃならんから、ここで」

振り向き、片手を上げてみせると、サクラとサイは「ハイ」と声を揃えた。
ナルトの顔を見ずに瞬身を使って消えた理由は、顔を見てしまえば未練がましい視線を向けてしまいそうだったからだ。
けれどナルトからしたら、己とだけ目線を合わさない感じの悪い上司ってところかもしれない。

(……言わない方が良かったか)

認識すらされない「好き」なんて。


自宅に着いて、ドアの鍵穴に鍵を突っ込もうとした時に、カチャンと乾いた音をたてて鍵が手から滑り落ち、床を跳ねた。
俺の不注意というよりは、唐突に俺の腕を引っ張った力があったせいだ。

「……ナルト」

振り向くと、眉を寄せ、息を切らせているナルトが立っていた。

「何……」

わざわざ追い掛けて来た動機が見当たらず、半ば呆気にとられて呟く。
部屋の鍵はナルトの足元に落ちて鈍い光を放っているが、ナルトはそれには目もくれず僅かに気色ばんだ。

「……もう一週間だってばよ」

「…………え?何が?」

思わず、間の抜けた声を出してしまった。
だって、本当に分からなかった。
非難めいた目を向けられている理由。まるで、俺がやるべきことをやらずに一週間経過したと言いたげな……。
そう思ったが、

「好きだって言ったくせに」

それはある意味では然りだった。

「全然いつもと変わんねーし、誘いもしねーし、何なんだってばよ。……すげー喜んでた俺ってば、バカみてーじゃん」

顔を真っ赤にして真っ向から睨みつけてくるナルトを立ちすくんで見つめ、思い知った。

『好きだよ』

『俺も!』

あのやり取りでナルトはちゃんと分かっていた。
新たな関係に歓喜し、年上で、大人である俺が、付き合いにおいてはリードしてくれるのだろうと胸を弾ませて。
そうして誘いを待ってみたが、俺はナルトを誘うどころか目も合わせない有様。
意味が分からず、腹を立てて、興奮気味に追い掛けて来たのだと。

気づいて欲しいと願いながら、何の裏もない真っすぐなナルトの気持ちに気づいてやれていなかったのは、俺の方だった。


「俺の方から誘えとか思ってたんなら、ずるくねぇ?カカシ先生の方が、そういうの経験豊富なくせにさ」

足元から鍵を拾い、部屋に招き入れると、まだ気がおさまらない様子のナルトが憮然として言い募ってきて、俺は申し訳ないやら甲斐性がないやらで苦笑するばかり。

「悪かったって。……ま、お前の方から誘ってくれるなら、それはそれで嬉しいけどね?」

ごまかしがてらにそんな風に言って笑ったら、俺の言う「誘う」に違う思惑を感じたのか、ナルトは赤面してそっぽを向いた。


「好き」とか「誘う」とか、言葉は一つの単語でありながら幾通りもの意味があって、時に誤解を招きがちなものだけれど、俺が望むものとナルトが思い描くもの――見事に合致してるのは、俺達が同じ想いを持っているからだろう。

その幸せを、ナルトを抱きしめている今、俺は身を以て痛感している。
















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