「この写真をバラまかれたくなければ、オレと付き合えってばよ!」 「……」 目の前にビシリと突き付けられた写真をしげしげと眺め、男は自分の顎をさすった。 男の名は、はたけカカシ。しがないイチ高校教師である。 その風貌は銀髪長身という目立つルックスでありながら、どこか眠そうな両眼を瞬かせ、鼻と口を白いマスクで覆っている。 特に風邪をひいたとかでもなく、これがカカシの日常的な姿だ。基本的に、素顔はマスクで隠し、常に誰にも、片時も見せずにいる。 ところが、眼前の男子高校生がカカシに突きつけているその写真……そこには、素顔のカカシがバッチリ写っていた。 その背景から、職員室で茶を飲んでいるところだと思われる。 連写でもしたのか、カカシが湯飲みから茶を飲んでいる瞬間や、それから口を離した瞬間、更にはマスクを引き上げる瞬間まで。 場合によってはストーカーがやりそうな隠し撮りの連続写真だ。 カカシにそんな写真を突き付けている少年は、カカシが担任を受け持つクラスの教え子である。 名を、うずまきナルト。金髪碧眼、意志の強そうな眼差しと、気の強そうな顔立ち。 平凡なカッターシャツと学生ズボンに身を包んでいるが、身に纏う雰囲気自体は極めて派手な子だ。 ナルトには日頃、カカシ先生カカシ先生、勉強教えて、ああしてこうして、とやたらと絡まれていて、カカシが相手をしなかったらナルトはムキになったり、ふて腐れたりもしていた、そんな関係だ。 本日、カカシが担当を受け持つ数学の授業を終え、教室を去ろうとした時に、 「カカシ先生」 そんな風に、ナルトから声をかけられた。 振り向くと、やけに不敵な笑みを浮かべ、腰に手を当てたナルトの姿。 「ちっと話があるから来てくれってばよ」と勝気に言われ、 「……?」 カカシは訳が分からないながらナルトの後をついて行った。 教師のカカシに相談でもあるのだろうかと思ったが、どちらかと言えばナルトはカカシの弱みでも握ったように勝ち誇った様子。 これは怪しいと思っていたところ、案の定だった。 教師も生徒も寄りつかない非常階段の傍まで来たナルトはくるりとカカシを振り返り、ズボンの尻ポケットを漁ったかと思うと、かの写真を取り出した。 それが、カカシの素顔の写真だったのである。 「ふっふっふ……オレってばついに撮っちまったんだってばよ、そのマスクの中の秘密」 ここで会ったが百年目といったようにカカシの顔を指差して言うが、どうやらナルトは普段からカカシの素顔を見ようと張り付いていて、且つ、失敗を重ねていたようだ。 「カカシ先生、これ皆にバラまかれたら困るだろ?長年隠してきた素顔がバレちまうもんな」 「んー……」 カカシは何と答えようもなく自身のマスクを摘まみ、眉をハの字にしてしまった。 齢十六歳にして、ナルトの言い方はまるで脅しである。 この為にカカシの素顔を撮ろうと付け狙っていたのだろうか。 いったい、何の要求をしたいのかとカカシが呆れ気味にナルトに目をやると、ナルトのその頬は僅かに赤らんでいた。 そして、 「だから……この写真をバラまかれたくなければ、オレと付き合えってばよ!」 そう言い放たれ、今に至る。 「……」 カカシは呆気にとられ、突きつけられている自らの写真をしげしげと眺めた後で、ナルトの顔に目線を移した。 「……付き合うって?」 「つっ、付き合うって言ったらアレしかねーだろ!?その……アレだってばよ!」 訊ねると、肩を跳ね上げて慌てるナルト。 この反応、もしかしてとは思っていたが、やっぱりそうらしい。 「交際とか?」と一応、カカシが控えめに確認すると、ナルトは「そっそうそう!」と深く勢いよく頷いて口をつぐんだ。 しばしの沈黙。ナルトの手の中で、写真の中の素顔のカカシも固まっている。 「うーん……」 ひとしきり悩んだカカシは少々して結論を出した。 「分かった。いいよ」 「え?」 「だから、いいよ、付き合ってやっても」 それバラまかれちゃ困るしね、とナルトが握っている自分の写真に目線を落とす。 「え……いいの?マジで!?」 ナルトが耳を疑ったように言うが、 「何を今更……お前がそうしろって言ったんでしょ。……ああ、ただしこの写真は没収ね。ネガも、持ってるなら出して」 淡々と返し、その手から写真を取り上げた。 ナルトは半ば呆然としていたが、やがてやっと脳まで伝達が行き渡ったのか飛び跳ねる勢いでガッツポーズした。 「やったー!ネガ、家にあるから明日持って来るってばよ!」 「そ、お願いね」 「うん!うっへっへ!カカシ先生、素顔バラされんのマジでイヤだったんだな!オレってば弱み握ったり!」 もっとも、今手元にある写真をカカシに渡し、明日ネガも渡してしまえば、一度握ったカカシの弱みを全て返上してしまうことをナルトは理解しているのか、いないのか。 「じゃあじゃあ、カカシ先生!恋人同士になったんだから早速今度の土曜、オレと遊んでくれよ!」と食いつき気味に嬉しそうに言うナルトに、カカシは「ハイハイ」と気だるげに返し、「ていうか、ナルト。お前、オレ男なのに好きなの?」と教室に向かって並んで歩きながら訊く。 ――そんなカカシには、別の秘密があった。 基本的に、マスクで隠し、常に誰にも、片時も見せずにいるこの素顔。 ナルトはカカシの弱みだと思っているようだが、実のところ、カカシにとってはそれはたいした弱みではない。 素顔を出していると、周囲の異性がうるさく言い寄って来る。 隠しているのはただそれだけの理由であり、頑なに見せなかったというよりそれらが面倒だったからなるべく見せないようにしていただけだ。 見られたら見られたで終わる程度のもの。それを周りが、ミステリアスだ何だと騒ぎ立て、カカシは決して素顔を見せない、その素顔を隠しているのだと話を大きくしただけであって……。 ……だが、それなら何故カカシはナルトの脅迫に乗ったのかということになるが……。 「ナルト。お前、オレ男なのに好きなの?」 カカシのその問いにナルトは頬を紅潮させ、こう勢いよく答えた。 「……うん!大好きだってばよ!」 カカシはそれで見開いた目を、やがて著しく細めてマスクの下で人知れず口角を持ち上げる。 つまり……たいした弱みでもないのにナルトの脅迫に乗ったのはカカシもそうだからであって、本当の意味でのカカシの弱みは、この子なのである。 FIN(20150601) 前へ 次へ戻る1/1 |